8 敵意と悪意ー4
「着いたーーっ!!」
改札をくぐった瞬間に華恋さんが大声で叫ぶ。遊園地にやって来た子供のように。
「うぅぅ、緊張してきたぁ」
「お、落ち着こうって」
「オラわくわくしてきたぞぉ」
「あっそ」
周りを見れば同じようにキャリーバッグを引いて歩いている通行人をチラホラ発見。中には既に着替えを済ませ、衣装を着たまま会場に向かう強者もいた。
「……凄い服だ」
「ちょっと何ボサっとしてんのよ。さっさと行くわよ」
「あ、うん」
自分達も目的地へと向かう事に。途中、参加者っぽい人達と何度も遭遇しながら。そして5分ほど歩いて会場と思われる場所に到着。屋外施設で行われるイベントだった。
「うおおぉぉぉっ!!」
自然と口から驚嘆の言葉が漏れる。まだ会場の一部しか見えていないが中は様々な衣装に身を包んだ人で溢れていた。
「凄いでしょ」
「うん。まさかこんなに大規模なイベントとは思ってなかったから驚いたよ」
「フッフ~ン。恐れ入ったか」
「どうしてこの人が偉そうなんだ…」
少し離れた場所にあるテント小屋にやって来る。コスプレをする人はここで受付をしなくてはいけない決まりらしい。
「へぇ、勝手に着て歩き回ったらダメなんだ」
「ねぇ。私、更衣室で着替えてくるから」
「あ、うん。じゃあ行こっか」
「……何で付いて来ようとしてんのよ、アンタは」
「え? 一緒に入ったらダメなの?」
「当たり前でしょうが、なに人の着替え堂々と覗こうとしてんのよっ! アホ、変態!」
彼女が人目も憚からず怒鳴り散らしてきた。顔を真っ赤にしながら。
「えぇ……ならどうすれば良いのさ」
「その辺で待ってなさい。着替え終わったら出てくるから」
「へ~い」
ビルの入口で一時的に別れる。中へと入って行く背中を見送ると近くにあった壁際へと避難した。
「またこうやって待たされるわけか…」
先週、一緒に買い物に行った時もこうして外で待機させられていた。駅から並んで帰る約束をした時も。今日は着替えるだけなのでそこまでかからないハズ。しかし予想に反して相方が姿を現す事は一向になかった。
「遅いなぁ…」
別れてから20分以上が経過しても音沙汰が無い。ひょっとしたら中で遊んでいるのかもしれない。
「お待たせ」
「え?」
スマホを弄っていると建物から出てきた人物に話しかけられる。派手なデザインの制服を着た女の子に。
「……んん?」
「なにボケーッとした顔してんのよ」
「あ、君か」
少しの間を置いて状況を理解。声をかけてきたのは待ちかねていたその人だった。
「これどうなってるの? カツラ?」
「ウィッグよ、ウィッグ。ちょっと触んないでよ」
「あっ、ごめん」
「ズレたら付け直すの大変なんだからね……ったく」
ピンクの髪に優しく触れる。彼女の手には見覚えのあるオモチャの杖が存在していた。
「これ何の格好なの?」
「これ? これはね、美少女モリモリ学園のうららちゃん」
「あ、ごめん。アニメとか全然見ないから言われても分かんないや」
「……なら最初から聞くなや」
質問に対して目の前にある表情が明るく変化する。直後に眉間にシワが寄り始めた。
「そうだ。コレ預かってて」
「おわっとと、投げないで」
殴られるかもと身構えていると拳とは違う物が飛んでくる。赤い色のポーチが。
「何これ?」
「私の財布とスマホが入ってるから。アンタ預かっててよ」
「えぇ……ロッカーの中に入れておきなよ。鍵ぐらい付いてるんでしょ?」
「付いてるけど、やっぱり自分で持っておきたいじゃない。更衣室が絶対に安全とは言い切れないし」
「……はぁ、しょうがないなぁ」
「ロッカーの鍵も入ってるんだからね。無くさないでよ」
「はいはい…」
渋々ながら意見を聞き入れる事に。ここで文句を言えばまた襲われる可能性もあるから。
「じゃあ行きましょっか」
「会場の中ウロウロするの?」
「そうよ。あと、どこかで友達と会う予定」
「友達?」
「サイトの友達よ」
「へぇ」
それ系専用の場所があるらしい。詳しい話を聞くと、そこでお互いの写真を掲載して見せ合ったりしているんだとか。
「そこのサイトってさ……エロいのとかもあるの?」
「死ねっ、バカ!」
気になった点について尋ねると彼女が激怒。否定されたが辺りを見回せば際どい格好をしている人がチラホラ存在していた。
「……あの人、パンツ見えそう」
超が付くぐらいスカートが短い女性を発見する。少し動いただけで中が見えてしまいそうな衣装の参加者を。
「やっぱり良いわね。こういうイベント」
「来て良かった?」
「あったり前じゃん! 来なきゃ損ってもんだわよ」
「そっか」
少しだけホッとしていた。華恋さんのこんな楽しそうな顔を見るのは初めてだったから。
彼女が我が家に来てから1週間ちょい。その間に見た表情と言えば、いつもの作り笑いと不機嫌な怒り顔だけ。だけど今はそのどちらでもない。心の底から楽しんでいる笑顔を浮かべていた。
「うひょおぉぉーーっ! あのロリっ娘、可愛い」
数歩進む度に発狂が響き渡る。スケベなおじさんを彷彿とさせる台詞が。
「女の人の方が多いんだね」
「そりゃ、女なら男女どっちのキャラでもいけるし」
「確かに……男性が女装すると骨格で違和感が出ちゃうからなぁ」
「けどアンタみたいなヒョロガリならごまかせるから今度やってみない?」
「お断りします」
行く先々で撮影をお願い。カメラ係はスマホを所持している自分。全身を鎧で武装した人や、カラフルなドレスを着たグループに。そんなハシャぐ彼女をすぐ隣でずっと冷静に眺めていた。
「まだ歩くのかぁ…」
「はぁ? もうへばったの? どんだけ体力ないのよ、このへたれ」
「だって君は楽しいから良いけどさ、僕はただ歩き回ってるだけなんだよ?」
「あっ!」
「ん?」
文句に反論していると対話相手が走り出す。同じような衣装に身を包んでいる2人組の女の子の元に。
「はぁ……疲れたぁ」
どうやら先ほど言っていた友達らしい。これ幸いにと近くにあった柱へともたれかかった。
「……最初からあの子達と廻れば良かったのに」
この位置からでは何を喋っているのか聞き取る事は出来ない。確認出来るのは楽しそうで砕けた雰囲気だけ。
「暑ぃ…」
襟を動かして首元に風を通す。人混みを歩き続けた影響で全身汗だくになっていた。
「あっ!」
通行人に目を配っていると少し離れた場所にスーツを着た人物を発見する。子供の頃に見ていたアニメのキャラを。
「へっへへ」
思わず立ち上がって移動。なかなか前に進めなかったが何とかトイレ近くで写真を撮らせてもらう事が出来た。
「懐かしいなぁ」
頬の緩みが止まらない。この会場に来て初めての喜びを実感した。
「あ、あれ?」
撮影に成功した事に満足しながら元いた場所へと戻って来る。しかし相方の姿がどこにも見当たらなかった。
「嘘でしょ…」
先程は友達と仲良く喋っていたハズなのに。辺りを見渡してみたが彼女達の存在も確認出来ない。
「まったく、勝手にどっか行くのやめてくれよなぁ」
自身にも同じ理屈を言い聞かせながら歩き始める。ピンク色の髪をしたうららちゃんとやらを捜す事にした。




