17 父と子ー5
「何? 僕に見せたい物って」
「え~と……あった。これだ」
「ん?」
積まれた本の中から1冊のスクラップ帳が出てくる。水色の表紙にDiaryと記されたアルバムが。
「……見ていいの?」
「もちろん。それは元々、雅人の為に作られた本だから」
「僕の…」
確認を取って恐る恐る中を閲覧。視界に飛び込んできたのは生まれたばかりであろう2人の赤ん坊だった。
「これ…」
「2人とも平均体重より少なかったかな。まぁ双子や三つ子の場合はそうなるのが通例なんだが」
「そうなんだ…」
すぐに気付く。これらの人物が一体誰なのかを。
更にページを捲ると何枚もの写真が貼られ続けていた。猫のキャラクターや日付入りの文字と共に。
「これ書いたの、お母さん?」
「あぁ、プリントにも落書きをするのが趣味でな。よくイラストを描いていたよ」
「へぇ。お茶目だったんだ」
「これを書いたのも母さんだぞ。この頃はまだ父さんもヒゲを生やしてなかったのに」
「あ~あ、泥棒みたいになってるじゃん」
2人して1枚の写真に釘付けになる。そこにいたのは赤ん坊を抱いた一組の男女。そして何故か父親の口周りに黒い線が書き足されていた。
「酷い事するだろ? せっかくの男前が台無しだ」
「むしろマシになって見えるのは気のせいだろうか」
「……バカな」
どうやら自分の産みの親は思っていたよりずっとユニークな人らしい。故人という事実を忘れてしまいそうな勢いで。
「ん…」
そして鑑賞を続けているうちにある事に気付く。写っている景色の中から母親と双子の片割れが消えている事に。
「父さんは母さんと違ってあまりカメラを使わない人間でな。デジカメも年に数回程度しか手にする機会は無かった」
「面倒くさがり屋だったもんね」
「今更になって後悔するよ。何故もっと積極的に動画や写真を撮影しなかったのかと」
「あはは…」
その事実に触れないようにしながら閲覧を続行。ただ意思の疎通は図れていた。
「この辺からは何となく覚えてる。誕生日に野球盤を買ってもらったり」
「小学生の頃はオモチャであんなに喜んでいたのになぁ。今では笑いもしてくれない」
「そりゃこの歳になって合体ロボとか貰っても嬉しくないよ…」
「今日まで見せてやらなくて悪かったな。こんな所に仕舞っていて」
「……うん」
一通り見終えた後は空気が変化する。和やかからは程遠いしんみりした物へと。
「ふぅ…」
このアルバムを秘密にしていたのは一緒に写っている赤ん坊の存在を隠す為。同時に義理の親子という事実を隠蔽する為だった。
けど都合の悪い物だけを処分して整理する事も出来たハズ。それをしなかったのは2人が消し去る事の出来ない存在だったからなのだろう。
「それを見てどう思った?」
「……自分は愛されてるなって思ったよ。いい親に巡り会えて幸せだって」
「よ、よせやい。面と向かって誉められたら照れるじゃないか」
「父さんもこの母さんに負けず劣らずのお茶目人間だよね?」
「ハハハ」
数こそ少なかったが最後の方には香織や今の母親も登場。華恋も含めた5人での集合写真もあった。
「あのさ…」
「ん?」
「父さんと僕は血の繋がってない親子なんでしょ? なら……父さんは僕の事をどう思ってたの?」
「……え?」
「結婚相手が産んだ義理の息子? それとも友達の血を受け継いだ他人?」
「雅人…」
「ごめん、突然変な事を言い出して。でもいつか聞こうと思ってた事だから」
自分達が血縁関係のない親子だと告げられたあの日、別の気掛かりが心の中に存在。しかし華恋との交際を反対された時に初めて恐れた。父親や母親が本物の両親では無い事実を。
「……ん~」
質問に対して低い唸り声が返ってくる。普段あまり見せない険しい表情も。
「父さんが離婚して一番後悔したのはな、雅人から母さんや華恋ちゃんを奪ってしまった事なんだ」
「僕から…」
「自分だけならまだしも、子供を辛い目に遭わせてしまうなんて身勝手でしかない。今でもあの決断は失敗だと思っている」
「……そうなんだ」
「そして父さんが結婚して一番良かったと思えたのは、こうして雅人と親子になれた事なんだ」
「え?」
怒鳴り散らされるかもしれない。そう覚悟していたが予想とは違う展開を迎えていた。
「ずっと楽しみだった。大切な息子が成長していく姿が」
「ん…」
「写真なんか無くても覚えてる。初めて自転車に乗った日も、中学や高校に入った日も」
「父さん…」
「大人になった雅人と2人で酒を酌み交わす妄想も繰り広げているんだぞ? 父さんがいつか叶えたいと思っている夢なんだ」
「そっか…」
アルバムの中には無かった記憶が次々に蘇ってくる。数え切れないぐらいに過ごした父親との思い出が。
「家族なのに気持ちがバラバラになってしまう事は悲しい。離れ離れなんて…」
「……だね」
「華恋ちゃんも香織も今の母さんも、父さんにとっては大切な存在だ」
「僕もだよ…」
「だから雅人とは本当の親子だと思っている。今日までも、そしてこれからも」
「んっ…」
心の奥底から堪えきれないような感情が発生。それが流れ出る雫として次々に姿を見せた。
「うぁっ…」
想像しただけでどれだけ辛いのかが理解出来る。大好きだった女性を失ってしまう世界を。
なのに残された子供を見放しもしないで生活。それは同情や責任感なんかでは到底耐える事の出来ない大きな苦労だった。
「んっ、ぐっ…」
「いつの間にかこんなに成長してたんだなぁ」
「……ありがとうね」
「父さんも同じ事を言おうと思ってたよ。ありがとうな」
「あ…」
瞼を擦っていると頭に何かが触れる。武骨で大きな掌が。
「今度、またどこかに出掛けたら一緒に写真撮ろうな?」
「そうだね…」
「このアルバムの空白を埋め尽くすぐらいに」
「……うん」
懐かしい感覚がどこか心地良い。置かれている境遇を忘れてしまいそうな勢いで。
添えられた手はやや乱暴に何度も左右に移動。それは世界一優しくて大好きな温もりだった。




