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17 父と子ー4

「もうすぐ華恋ちゃんも家を出て行ってしまうな」


「……そうだね」


 雄大な山々を観賞中に父親が小さく呟く。ここにはいない家族の名前を。


「淋しくなるな。また離れ離れになって暮らすわけか」


「まぁ…」


「母さんも悲しんでいたぞ。自分の娘が家を出て行ってしまう気分だと言っていた」


「ふ~ん…」


 発言に対して気返事で対応。今までの言動から推測して素直に信用が出来なかった。


「雅人はどうだ。やっぱり淋しいか?」


「どうかな。連絡を取り合おうと思えばいつでも出来るからあんまり…」


「でも顔が見れないんだぞ? 会って会話したり、並んで食事をとる事も出来なくなる」


「そ、それは…」


「父さんはやっぱり不安だ。いくら友達が一緒だからといって未成年の女の子だけで東京で暮らすなんて」


「ん…」


 なら引き止めれば良いだけの話。華恋によれば両親は自立の件を快く承諾したらしい。


 もし2人に反対されていたなら彼女は上京なんてしなかったハズ。率先して追い出したも同然だった。


「まさかあの子があんな思い切った決断をするとはなぁ」


「別に親戚の家にお世話になるかならないかの違いじゃん。今までとあまり変わらないよ」


「なら雅人は家を出て1人だけで生活が出来るか?」


「……無理」


 想像するが困難でしかない。特に食事関係の辺りが。


「あの子はきっと、これ以上迷惑をかけたくなかったんだろう」


「迷惑?」


「父さん達が雅人達の事を問い詰めた時だ。あの日から華恋ちゃんの様子はおかしかった」


「……まぁね」


「ベランダから落ちたのも恐らく事故ではない。アレはお前達を追い詰めてしまった父さん達の責任だ」


「ん…」


 胸の中でドス黒い物が蠢く。不気味で歪な感情が。


「本当にすまない事をしてしまったと思っている。雅人にも華恋ちゃんにも」


「僕は別に…」


「最初から全てを話しておくべきだったんだ。あの子をうちに連れて来る事になったあの日に」


「……ごめん」


「なぜ謝る? 頭を下げなくてはならないのは父さんの方だ」


 少しだけ毛嫌いしていた。関係を引き裂いてきた家族の存在を。


 同時にそれは八つ当たりを含んだ責任転嫁。失敗を認めたくない思考が生み出した身勝手な意見だった。


「雅人は今でもあの子の事が好きか?」


「……どうかな。分からないや」


「父さんは大好きだぞ。家族全員」


「でも華恋は言ってた。もう僕の事なんか好きじゃないって」


「なら雅人はこのままで良いのか? 黙ってあの子を行かせてしまっても構わないのか?」


「それは…」


 引き止めたい。本当はずっと残っていてほしい。計画が中断してしまった旅行や、2人だけでの遊園地にだって行きたい。


 けど今さら何を言っても聞く耳を持ってくれないハズ。彼女の気持ちはずっとずっと先へと進んでしまっているのだから。


「実はな、父さんも今の母さんと結婚する時に周りに反対されたんだ」


「どうして?」


「父さん達が親戚関係だったからさ」


「え!?」


 脳内に衝撃的な言葉が飛び込んでくる。慌てて運転席の方に振り向いてしまう内容の台詞が。


「血縁関係は離れてたんだが家系が繋がっていてな。共通の親戚に猛反対されたんだ」


「そ、そうなんだ…」


「それでも半ば強制的に押し切って結婚したがな。父さんよりも母さんが周りに反発していた」


「イメージ出来るかも、それ」


 強気な母親が頑なに意見を主張。想像通りだった。


「でもやはり心の中にある罪悪感だけは拭いきれなかった。互いに二度目の結婚になるわけだし」


「……うん」


「今でも実家に帰ると嫌味のように言われるよ。後悔はしていないのか、と」


「へぇ…」


 突然の告白に対して当たり障りのない相槌を打つ。理解は出来たが素直に受け入れられなかった。


「今の話を聞かされてどう思った?」


「……ん、やっぱりショックだった。ていうか驚いた」


「だろうな。自分達でも時折違和感を感じてしまうぐらいだから」


「どうしてその話をしようと思ったの? ていうか何で今まで隠してたの?」


「説明が必要か?」


「いや…」


 聞かなくたって分かっている。自分と華恋の関係が2人の繋がりに似ているからだろう。


 同時に母親が怒りを撒き散らして猛反対してきた理由に納得。自らが経験した不遇を息子と娘にさせない為の教示だった。


「父さんも今の母さんと初めて会ったのは高校生の時でな。だから親戚というより他人に近い感覚を抱いていた」


「僕も親戚の人とは喋る時は遠慮しちゃうなぁ。慣れない敬語を使ったり」


「うちの家系は厳しかったから父さんも母さんも医大に入れられたんだ。高校時代は勉強ばかりしていた記憶がある」


「大学に入ってからも?」


「いや、大学生になる頃には自立してたからある程度の自由はきいたぞ。だから遊びほうけていた」


「へぇ、良かったじゃん」


 よほど厳しい躾だったと予測。子供の進路まで決めてしまうような両親なのだから。


 しかし自分はそのような台詞を聞いた事がない。今だってだらしない生活を送っているのに何一つ文句を言われなかった。


「父さんも母さんも、お前達には自由に生きてほしいんだ。しがらみにとらわれず、自分のやりたいように」


「……うん」


 決して見放されてる訳ではなかったらしい。そして嫌われてる訳でも。


 進路に口出ししてこなかったのは縛り付けない為と信用してくれていたから。華恋との付き合いを反対したのは将来を懸念しての行動。


 様々な経験をしてきたからこそ分かるのだろう。無計画な子供が歩もうとしていた道がどれほど辛く困難だったのかを。


「……ならさ、もし僕が華恋を追いかけて東京に行くって言ったらどうする?」


「ん? 一緒に上京したいのか?」


「もしもの話。華恋を追いかけて向こうで生活するとしたら」


「雅人が本気でそうしたいなら父さんは止めないぞ。悲しんで泣く真似はするがな」


「そっか…」


 どこまでが本心かは分からない。けど頭ごなしに否定する気配も感じられなかった。


「実はな、ずっと雅人に見せたいと思っていた物があるんだ」


「見せたい物?」


「あぁ」


 走る車は順調に道路を進む。そして自宅へと帰ってくると2人して書斎に足を踏み入れた。

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