16 雪解けと卒業ー6
「……今日でこの制服も見納めか」
数日後、自室で鏡に映った姿をジッと見つめる。頼りなさげな表情で立っている男を。
本日は高校に登校する最終日。学生生活の中で最も重要ともいえるイベントの日だった。
「準備出来たぁ?」
「バッチリさ。そっちは?」
襟のズレを正していると開いた扉から訪問者が話しかけてくる。在校生として参加する後輩が。
「私は別にいつも通りだから。授業が潰れてラッキーって感じだし」
「……それが卒業生を見送る下級生の態度かね」
「だって何かが変わる訳じゃないしね。また帰ってきたらまーくん達と顔合わせるんだも~ん」
「つまらない反応。少しは悲しんでくれてもいいのに」
「ケケケケ」
ゲラゲラと笑う仕草と共に彼女は退散。駆け足で階段を下りて行った。
「ふぅ…」
今日の式には父親も母親も顔を出す予定。血の繋がっていない息子と、そして引き取る事になった娘の為に仕事を休んでくれていた。
「ぐわあぁあぁぁっ!?」
「あっ、雅人」
「いつつ……おはよ」
「アンタに手紙来てたわよ」
「手紙?」
「はい、これ」
「あ……うん」
転がった状態で一階へと下りてくるとスーツを着た母親が話しかけてくる。白い封筒を差し出しながら。
「着替え終わったならさっさとご飯食べちゃいなさいね。最後の登校日に遅刻とか格好悪いから」
「分かった」
「靴、どこやったかしら…」
「……誰だろう」
立ち去る後ろ姿を見送りつつ差出人を確認。そこには見覚えのある名前が記されていた。
「優奈ちゃん…」
無意識に呟く。住所の隣に書かれていた文字を。
どうやら今日の為にわざわざ手紙を書いてくれたらしい。中の便箋には卒業をお祝いするメッセージが論文のような文章で綴られていた。
「覚えててくれたんだ…」
あれからほとんど連絡を取り合っていなかったのに。まさかこんなサプライズを用意してくれるなんて。
「んっ…」
スマホを取り出して耳元に当てる。いてもたってもいられず電話をかける事にした。
「あっ、もしもし?」
『……もしもし』
「久しぶりだね。覚えてる?」
『はい、覚えてますよ。私を振ってきた人ですよね?』
「え~と、あの…」
繋がった瞬間に懐かしい声が聞こえてくる。皮肉タップリの悪態も。
「手紙ありがとうね。丁度読んだ所だよ」
『無事に届いたみたいですね。式の前に読んでもらえるか不安だったんですが、間に合って良かったです』
「きっと母さんが隠してたんだよ。昨日届いてたなら早くに見せてくれれば良かったのに」
『あはは、まぁそのお陰で絶妙なタイミングで手紙渡せた訳ですし。先輩のお母さんに感謝ですね』
「う~ん、悔しいけどそうなっちゃうのかな」
互いに声を出して笑いあった。数ヶ月というブランクを感じさせない勢いで。
『……先輩もとうとう卒業なんですね』
「そだね。まだ実感湧かないけど」
『卒業後に寝ぼけて学校に行ったらダメですよ。いくらOBとはいえ無断で進入したら不審者扱いされるんですから』
「へいへい。そういえばお兄ちゃんにも出したんだよね、手紙?」
『え? 先輩にしか出してませんよ』
「……なんで」
普通は身内を真っ先に選ぶハズなのに。優先順位がおかしかった。
『嘘です。ちゃんとあのバカ兄にも出しました』
「なんだ。なら良かった」
『自分の名前は書かずに『この手紙と同じ内容の手紙を10人以上に送りつけろ』って書いておきました』
「不幸の手紙キターーッ」
なんやかんやで兄妹間の仲は良い。ツンデレのツンが強い妹だった。
『妹さんとは仲良くやってますか?』
「……ま、まぁボチボチかな」
『あの人も3年生ですよね。ちゃんと卒業出来そうですか?」
「あ~、多分大丈夫。今日、先生をブン殴ったりしなければ」
『なら確率は五分五分ですね。無事に卒業出来る事を祈りましょう』
「そうするよ。お礼参りに行かないように監視しておかなくちゃ」
ヘビーなジョークで盛り上がる。真相を濁すように。
それから他愛ない会話に没頭。転校先での生活について教えてもらった。
『とりあえず上手くやってますよ。仲の良いクラスメートも出来ましたし』
「そっかそっか」
『あの、時間大丈夫ですか? ずっと電話してたら式に遅れません?』
「ん~、ならそろそろ支度しようかな…」
壁にかけられていた時計で現在時刻を確認する。ピンチという訳ではないが、あまり余裕もない。
「んじゃ、朝食を食べて出掛けてくるよ。最後の登校に」
『行ってらっしゃいませ。お友達や先生と悔いのない別れをしてきてくださいね』
「うん」
『それでは。卒業おめでとうございます』
「ありがと…」
感謝の言葉と共に通話を切断。気温は低いのに不思議と心が温かくなった。
「何? 誰と電話してたの?」
「友達。卒業おめでとうってさ」
「ふ~ん、まーくんって意外に人望あったんだね」
「失敬な妹だ…」
リビングにやって来ると食事している家族を見つける。自分以外の4人を。
「母さん達、タクシーで行くけどアンタ達はどうする?」
「いつも通り電車で行くよ。一緒に行っても結局は別行動になっちゃうし」
「そう。なら母さん達は少し遅らせて家を出ようかしらね」
「式の時間わかる? あんまり早く行くと体育館に入れないかも」
食事をしながら会議を開始。テーブルが普段とは違うソワソワした空気感に包まれていた。




