16 雪解けと卒業ー4
「寒い…」
土曜日の午後、本屋へと行く為に地元の街を歩く。体に堪える冷気に震えながら。
「お~い」
「ん?」
「ヤッホー」
「……なんだ、すみれか」
その途中で隣の家の悪ガキに遭遇。嬉しいハプニングというわけでもないのでテンションは上がらなかった。
「どこ行くの? 恋人とデート?」
「そうだよ。羨ましいでしょ」
「またまた強がっちゃって~。本当は付き合ってる人なんかいないクセに」
「う、うるさいなぁ…」
問い掛けに対してハッタリで答える。バチが当たったのかダメージを負ってしまった。
「雅人くんさ、最近元気ないよね? どうして?」
「……寒いからだよ。だからやる気が出ないの」
「もしかして何かあった? 私が黙って部屋に侵入したから家族に怒られちゃったとか」
「違うってば、そんなんでずっとヘコむ訳ないじゃん。そもそも父さん達にバレてないし」
「なら…」
「もうすぐ卒業するからだよ。だからいろいろ考え事してるのさ」
「あぁ、そっかそっか。私と同じ卒業生だもんね」
適当にあしらって再び歩き始める。しかし何故か彼女も同行する流れに。
「そっちの卒業式っていつ?」
「確か来月の20日。まだ1ヶ月近くあるよ」
「ならまだ今も普通に授業を受けてるわけか」
「テストばっかで面倒くさいけどね。あ~あ、私も早く制服着て学校に通ってみたいなぁ」
「僕はすみれと入れ替わりたいよ。小学生時代に戻ってやり直したい」
「え? 幼女の着替えを覗きたい?」
「……殴って良い?」
「ひいっ!?」
握った拳を頭上に移動。その仕草に反応して小さな体が後退りした。
「でも私は雅人くんの方が羨ましいと思うよ。バイト出来るし、好きな物をいろいろ買ったり出来るし」
「子供の頃は誰でもそう考えるんだよ。でもいざ働いてみたらやっぱり親からのお小遣いで生活してる方が楽なのさ」
「ふ~ん、なら楽して大金稼げるバイトにしよっかなぁ」
「なんと恐ろしい…」
脳内にイメージする。中年男性を相手に色香を振り撒いている性悪女子高生を。
「ところでどうして付いて来るの? 用事があって外に出てきたんじゃないの?」
「違うよ。雅人くんの後をつける為に外に出てきただけだから」
「はぁ?」
「窓から中を覗いてたらコートを着込んでるの見つけて、それで慌てて一階まで下りてきたの」
「も、もしかしてずっと部屋での行動を監視してたの!?」
「うん、双眼鏡使ってよく覗いてるよ。昼間なんてカーテン開けっ放しだし」
「うぐっ…」
プライバシーが崩壊していた事が判明。情報が全て筒抜けだった。
「やった~、漫画買ってもらっちゃった!」
「それ大人向けの作品だけど本当に読むの?」
「ん? 中古の店に持っていってお金に変える算段」
「コラッ!」
それからのんびりと歩いて本屋にやって来る。しかし無理やりねだってくる行為のせいで1冊余分に買う羽目になってしまった。
「ねぇ、これからどうするの?」
「ん? もう用は済んだからこのまま真っ直ぐ帰るけど」
「じゃあ、ちょっと寄り道していかない? 連れて行ってほしい場所があるんだ」
「えぇ…」
何故か行き先のリクエストを出される。ただ特に予定も無かったので付き添う事に。
「え~と、確かこっちの方だったかな」
「どこにあるか分からない場所なの?」
「だってまだ行った事ない所なんだもん。でもよく考えたら雅人くんの方が詳しいか」
「へ?」
目的地までの案内役を自分がやる事になった。購入物を落とさないように気を付けながら道路を歩く。やがて辿り着いたのは天神中学校と書かれた施設だった。
「へぇ、ここがそうなんだぁ」
「どうしていきなり来たいって言い出したの?」
「来年から自分が通う学校を見ておこうかなぁと思って。私、まだこの街に引っ越して半年ぐらいしか経ってないし」
「視察とはまた真面目なお子様で…」
入口を封鎖している門越しに校庭を眺める。華恋と自転車でやって来て以来の母校を。
「雅人くんもこの学校に通ってたんだよね? いつも歩きだったの?」
「そだよ。もう少し家が離れてたら自転車通学だったんだけど」
「ふ~ん、なら私も徒歩通学かぁ…」
グラウンドにはまばらに生徒が存在。ジャージ姿の男子生徒達がサッカーをしたりマラソンをしていた。
「雅人くんは中学生の時って楽しかった?」
「う~ん……どうかな。夏休みも部活があるから微妙」
「何部だったの?」
「卓球部」
「イメージ通りの地味」
「うるさいぁ…」
選んだキッカケは楽そうだからという理由だけ。毎日、颯太とペアを組んで練習していた日々を思い出した。
「……もう少しで私も中学生かぁ」
「楽しみ?」
「どうかな。期待はしてるけどワクワクはしない感じ」
「矛盾してるよ」
2人並んで観察を続行。冬の寒さを吹き飛ばしてしまいそうな勢いで走り回っている運動部を見続けた。
「やっぱり先生って厳しい?」
「それは小学校も中学校も変わらないと思う。ただ叱られ方が変わった」
「どんな風に?」
「そんな事でお前は大人になった時にどうするつもりなんだ。言われた事も守れないんじゃ社会に出てからやっていけないぞって」
「へぇ~」
責任という言葉について説かれた覚えがある。指示された通りに動くのが子供で、1人で行動出来るスキルを求められるのが大人だと。だがその当時の自分には先生の言ってる言葉の意味が分からず自主的に勉強をする事すらしていなかった。
「いろいろ面倒くさそう。遊ぶ時間も減りそうだし」
「ちなみに休み時間になっても外では遊べないよ。校庭に出て走り回ってたら放送で注意されちゃう」
「うわぁ、最悪。やっぱり私まだ小学生のままで良いや」
「意見をコロコロ変えるお子様だ」
ツッコミはしたが考え方までは否定出来ない。同じような思考を持ち合わせていたので。
「んっ…」
しっかりと進路を見据えている人間を見ていると後ろめたさばかりが溢れてくる。それはきっと心の奥底で感じている罪悪感が原因だった。
「どうしたの? 難しい顔しちゃって」
「い、いや…」
まだあの頃の方がマシだったかもしれない。目標なんて持っていなかったけど毎日が楽しかったから。
「お前ら、ポケットに手を突っ込むな! 出せっ!!」
顧問の先生らしき人が大声で叫んでいる。顔を凝視するも見覚えのない人物だった。
「ここの3年生もあと少しで卒業するんだね」
「……うん。僕達と同じだ」
「雅人くんは自分の卒業式って覚えてる? 中学の時の」
「確か泣いてた人がいたハズ。先生も目を真っ赤に腫らしてたよ」
「へぇ、なら雅人くんは?」
「僕は泣かなかった。淋しいって感覚がなかったからさ」
「なんで?」
「何でって……別に泣かなくちゃいけない決まりもないし」
友人だった颯太や智沙とは同じ高校に進学する事が決定。なので心の中にあったのは通う場所が変わるという感覚だけだった。
「……あ」
「何?」
ふと校舎の内部に目を奪われる。廊下を歩く生徒の1人に。
「見間違いか…」
どうやら錯覚を引き起こしてしまったらしい。かつての自分がそこにいると有り得ない勘違いを。
けれどそれは完全な不正解ではない。確かに数年前はここにいたのだから。
「んっ…」
なら未来ではどこにいるというのか。1つ分かっているのは、その場所を見つけ出さなくてはいけないという事。
「……ごめん、用事思い出した」
「え?」
「悪いけど先に帰る」
「ちょ、ちょっと!」
その場を全速力で退散する。後ろから呼び止めてくる声を無視して走り始めた。
「ハアッ、ハアッ…」
かつての自分が写っているアルバムがどこかにあるハズ。将来の夢を記した分厚い本が。その内容までは記憶に無い。ただ今の行き詰まった現状では、それだけが未来へ進む為の指針になる気がしていた。




