16 雪解けと卒業ー1
「ほい、先輩どうぞ」
「ん?」
バイト後の帰り道で紫緒さんに茶色い袋を渡される。彼女の大好物のチョコバーを。
「いや、いらないよ」
「先輩への貢ぎ物っす。遠慮しないで貰ってやってください」
「別に良いってば。お腹空いてないし」
「じゃあ帰ってから食べてください。今日渡さないと意味ないから」
「……あの、もしかしてこれバレンタインのプレゼント?」
「そっすよ。つかそれ以外なんだと言うんすか?」
「なるほど…」
どうやら記念日に渡す贈呈品のつもりらしい。疑問を抱きながらも差し出された菓子を受け取った。
「まさかコレをくれるとはなぁ」
「だってバレンタインって女が野郎にチョコ渡す日っすよね? ならうち、何も間違えてないですよ」
「一応お礼は言っとく。ありがと」
「ん。来月のお返し期待してますから」
「いや、でも来月には店を辞めてるから渡せないと思うのだが…」
空気が冷たいせいか星がいつもより瞬いて見える。流れ星でも現れそうな雲一つない夜空が存在。
「どうしてバイト辞めたらうちと会えないんすか! 普通に連絡取り合えば良いでしょうよ!」
「ま、まぁね…」
「それともうちと顔合わせるの嫌なんすか!?」
「そんな事は…」
「うちは毎日登下校で海城の前を通るんですからね。なんなら待ち伏せしても良いんですよ?」
「待ち伏せしても良いが僕は卒業しちゃうから学校にはいないよ?」
「く、くそったれぇーーっ!」
卒業と同時にバイトを辞める予定。店長や他の人にも既にその話はしてあり、最後のシフトの日も決まっていた。
自分と入れ違いに同じ海城高校の生徒が新人として入ってくるとの事。なので従業員数はプラマイゼロだった。
「あ~あ、先輩までいなくなったらうち淋しくて泣いちゃうかも」
「新人の子、よろしくね。今度は紫緒さんが先輩になってその子を助けてあげてよ」
「先輩もバイト続けたら良いのに。姉さんだって大学行きながら働いてるんだから」
「……気分転換したいんだよ。今までの生活を変えたいっていうか」
「ふ~ん、大人」
言い訳めいた言葉を口にしたが本当は違う。ただ単に逃げ出したかっただけ。失恋し、受験にも失敗した現状では辛い思いをしてまで働こうとする意欲が消え失せていた。
「じゃあ、また明日」
「んむんむ、んむむっ!」
「……食べながら喋るのやめたら?」
「うぇえぇぇっ!? ゲホッ、ゲホッ!」
「ちょっ……こんな場所で吐かないでおくれよ!」
駅までやって来ると2人で電車に乗り込む。そして途中で下車した後輩を車内から見送った。
「3つか…」
地元に戻って来た後は1人で歩く。街灯や信号の光が目立っている住宅街を。
今日の収穫は上々。学校で小田桐さんから、喫茶店で瑞穂さんから貰い、そして先ほど紫緒さんからチョコバーを受け取った。
教室では鬼頭くんが数名の女子から箱入りチョコを渡されている姿を目撃。コンビニで買った安い物から綺麗にラッピングされた高そうな物まで内容は様々。彼は見た目が爽やかだから女子にモテる。同級生より下級生に人気があった。
「はい、ど~ぞ」
「サンキュー」
帰宅すると自室で香織から差し出された箱を受け取る。4つめとなる贈り物を。
「おぉ! 綺麗な板チョコ」
「へっへ~ん。帰って来てから頑張って作ってみたんだ」
「だから朝くれなかったのか。去年は日付が変わった夜中に持ってきてくれたのに」
「フヒヒヒヒ」
蓋を開けた瞬間に手作り感満載の四角いチョコを発見。丁寧に切れ目となる溝まで彫ってあった。
「どうどう? 嬉しい?」
「そだね。毎年くれるけどやっぱり嬉しいよ」
「やった! 今年は特に頑張ったから余計にそう言われたかったんだ」
「初めての手作りだもんね。料理苦手な香織が」
「エヘヘヘ」
「ちなみにこれってどうやって作ったの?」
手を伸ばして中身を取り出す。落として割らないように気を付けながら。
「ん? 市販されてるチョコを溶かして作ったんだよ」
「それって板チョコ?」
「そだよ。大抵、こういう時に使うのって板チョコじゃん?」
「……もしかして板チョコ溶かして板チョコ作ったの?」
「あっ!」
盛大なミスか判明。それは無駄とも思える謎の作業だった。
「し、しもうた……なんという失敗を犯してしまったんだ」
「まぁ、大丈夫だよ。何を食べても消化されたら一緒に出てくるんだから」
「だらあっ!」
「ぐふっ!?」
落ち込む彼女に励ましの言葉をかける。その直後に鋭い拳が腹部に直撃した。
「もうっ、そういう下品な話はしないでって昔から言ってるでしょ! しかも食べ物を持ってる時は特に」
「ご、ごめん。つい…」
「次にそういう話したら絶交だからね。二度と口利いてあげないから」
「そんな……罪が重すぎやしませんか?」
「形はともかく一生懸命頑張って作ったチョコだから大切に食べてよ?」
「分かってる分かってる。大切に保管して来月の14日に返してあげるよ」
「オラアッ!」
「ぶへっ!?」
もう一発だけ掌底を喰らわすと訪問者は部屋を退散。1人残された部屋でボリボリと長方形の物体を噛み砕いた。
「バレンタインか…」
女の子にこんなにもチョコを貰ったのは初めて。けどあまり嬉しくはない。一番欲しかった人から貰えていないから。
「ん…」
去年は彼女がうちにいなかった。その前は知り合ってすらない。二度と華恋からチョコを貰えないのかと思うとタイミングの悪さを呪いたくなった。




