15 強制と矯正ー5
「んんーーっ、楽しかったぁ!」
カラオケ終了後は外へと出る。すっかり暗くなってしまった繁華街へと。
「小田桐さんっていつも明るいよね。常に笑ってるっていうか」
「ん? そう? 自分ではそんなつもりないんだけど」
「前向きっていうかポジティブっていうか。時々羨ましくなるんだよ」
「だって楽しいんだから自然と笑顔になるに決まってるじゃん。雅人くんは今、楽しくないの?」
「……どうかな。楽しいとは思うんだけど」
もし何も悩みがなかったなら一緒にハシャげていたかもしれない。あんな事があったのに心の底から笑えるハズがなかった。
「そりゃ私とデートとか不満かもしれないけどさ。そういう暗い反応されると傷付く」
「ご、ごめん…」
「私が羨ましいなら雅人くんも笑えば良いじゃん。そうすれば自然と楽しくなるよ」
「無理だよ。僕は小田桐さんと違ってネガティブなんだから」
「ダウト」
「え?」
「その考え方、違う。根本的に間違ってるから」
不機嫌になった対話相手が眉間にシワを寄せる。伸ばした指で顔を指すのと同時に。
「な、何が?」
「私がポジティブで雅人くんがネガティブだってとこ」
「え、え…」
「私だって嫌な事があったら落ち込むよ? 雅人くんだっていつもいつもヘコんでる訳じゃないんでしょ?」
「まぁ…」
その指摘は間違いではない。今の自分の姿は日常ではなく特別な物だから。
「ネガティブな人ってさ、ポジティブな人は何があっても落ち込まないって考えてるでしょ。そんな訳ないから」
「……そうなんだ」
「人間誰だって失敗したらヘコむし、嫌な事があったら傷付くじゃん。そんなの当たり前だよ」
「うん…」
「ただネガティブな人はそのまま落ち込んでるだけ。ポジティブな人は前向きに進もうとするのが違うんだよ。結局、ネガティブな人ってポジティブな人より怠けてるだけなんだよね」
「怠け…」
反論意見に素直に納得。同時に身勝手な己の思考回路に嫌気が差してきた。
「こう見えてもね、私も昔は根暗だったんだ。大人しい性格だったからよく男子にイジメられて」
「へぇ」
「毎日のように泣かされてさぁ。学校に行くのも嫌になっちゃった」
「それは……意外だ」
「でもだんだんとウジウジしてる自分自身にムカついてきちゃって。それから少しずつ前向きに生きようって考えるようになったの」
「……うん」
「それでも悪口とか言われたら傷付くし、泣きもする。ただやられっぱなしで引き下がるのだけはやめようって思ったんだ」
「そうなんだ…」
話を聞いてると彼女は生まれつき明るかった訳ではない。引っ込み思案な性格を努力で変えてしまったのだ。
「だから雅人くんも大丈夫。前向きに考えられる人間になれば良いんだよ」
「なれるかな……こんなへたれな奴に」
「なれるよ。だって私を助けてくれたような人だもん」
「いや、あれはたまたまっていうか偶然っていうか…」
「それでも私にとっては救世主みたいな存在だったんだよ? もっと自信持ちなって」
「いたっ!?」
伸びきた握り拳が胸元に衝突。マイナス思考の人間に活を入れる攻撃が飛んできてしまった。
「この前、学校で会った時の雅人くん……凄く哀しそうな目をしてた」
「え?」
「最初は声もかけづらかったんだよね。近付いたらいけないようなオーラも出してたし」
「別にただ考え事してただけなんだけど…」
咄嗟に強がってみせる。ポケットに手を突っ込みながら。
「華恋さんの事で悩んでたからだよね? 落ち込んでたのは」
「……まぁ」
「私は今でも2人の関係に疑問を持ってる。けどアナタ達の事は好き。だって私の隠し事を知っても普通に接してくれたから」
「ごめん。小田桐さんから聞いた話を華恋にも話しちゃったんだ…」
どうやら彼女は気付いていたらしい。自身の体験談が別の人間にも拡散されている状況に。
「うぅん、謝らないで。むしろ知った上で優しくしてくれた事が嬉しかったもん」
「本当にごめん。せめて許可を貰ってから打ち明けるべきだったよ」
「アナタ達2人も私みたいに色々な壁にブチ当たってきたんだなって。そう考えたら頭ごなしに否定するのもどうなんだろうって気分になってきちゃった」
「華恋はともかく僕はそうでもないよ。小田桐さん達に比べたら生温い人生かも」
「何度も修羅場を経験してきてるのに?」
「ま、まぁ…」
確かにこの1年半の間に女性関係のトラブルが増加。全ては双子の妹が我が家にやって来てからだった。
「華恋さんが雅人くんの事を好きになった気持ちは分かる。だって私もそうだから」
「は、はぁ…」
「アナタ達2人は私にとって恩人。だから困ってたら何とかしてあげたい」
「ん…」
「それに約束したもんね。私を救ってくれたあの子と」
「……あ」
彼女の言葉で1人の人物が脳裏に浮かぶ。遠くへ引っ越してしまった後輩の姿が。
「別に華恋さんから雅人くんを奪おうだなんて考えてないよ。2人の仲を切り裂こうだなんて、これっぽっちも思ってないから」
「うん…」
「でも雅人くんが困ってたら助けてあげる。大切な友達として」
「小田桐さん…」
「だから話して、雅人くんがこれからどうしたいのかを。もし私が力になれる事があったら協力するし」
そこでようやく気付いた。今日、彼女が無理やり呼び出してきたのはこの為だったんだと。
微笑みかけてきた優しい表情に心安らぐ。そして抱えていた不安をぶちまけるようにゆっくりと口を開いた。
「華恋の事、好きだった。この世界で一番必要な存在ってぐらいに」
「ふふふ」
「ずっと一緒にいられるって思ってた。卒業して大人になってからも」
「仲良かったもんね。嫉妬しちゃうぐらいに」
「だからショックだった。もう好きじゃないって言われた時は……凄く悲しかった」
記憶を頼りに情報を伝える。思い出したくないやり取りの一部始終を。
「なんかもうよく分からなくて。受験の事とか家族の事とかも投げ出したくなっちゃって」
「……混乱しちゃったんだね、きっと」
「気付いたら毎日華恋の事ばかり考えてた」
「うん…」
彼女はこの世界から消えたりはしていない。家に帰ればちゃんといるし、顔を合わせようと思えばいつでも可能。ただ自分を好きでいてくれた感情だけがどこかへと消えてしまっていた。
「今日、小田桐さんと出掛ける事についても話したんだよ。女の子とデートして来るよって」
「華恋さん、何て?」
「行ってらっしゃいって。無表情でそれだけ言われちゃった」
「そっか…」
経験した事のない大きなショックが発生。覚悟していたハズなのに突き放すような反応をされて。
自惚れていたのだろう。いつまでも慕ってくれていると思い込んでいた結果がコレだった。
「ゲームオーバーだよ。今までやってきたデータが全て壊れちゃった感じ」
「でも雅人くんはまだ好きなんでしょ? 華恋さんの事…」
「……凄く悔やんだんだ。どうして華恋の気持ちに応えてあげちゃったんだろう。どうして華恋の事なんか好きになっちゃったんだろうって」
「それは……仕方のない事だよ」
「せめて家族にバレなければ良かったんだ。そうすれば今も2人で一緒にいられたのに」
「き、気付かれちゃったんだ。妹さん達に」
「意味が分からないよ。どうして喧嘩した訳でもないのに嫌われなくちゃいけないのさ…」
だんだんと視界がぼやけてくる。望んでいない自然現象のせいで。
「何で…」
「……雅人くん」
「あんなに仲良かったのに、ずっと側にいるって言ってたのに…」
「んっ…」
「なん、でっ…」
流れる雫を拭う為に手を目元に移動。聞いていて情けなくなるような声を口から出していた。
「……あ」
「大丈夫。今は私が付いてるから」
瞼を擦っている最中に全身を強く引っ張られる。愚痴を聞いてくれていた話し相手に。
「辛い時は誰にだってあるよね。男の子にだって弱みを見せたくなる時はあるもん」
「うっ、ぐっ…」
「私もそうだった。いっぱいいっぱい泣いた」
「うぁあっ…」
「だから今だけは泣いて良いよ。今度は私が雅人くんの全てを受け止めてあげる」
「……うぁっ、ああぁあっ!」
周りの目を気にせずに嗚咽した。顔に当たるコートの感触に心地良さを覚えながら。
何度考えてもどうしたら良いかが分からない。違う誰かを好きになれば良いのか。それともしつこく食い下がれば良いのかが。
本当は進むべき道を把握している。なのに感情がそこに向かって歩き出す事を拒んでいた。
「むっ、ぐっ…」
背中を何度も擦られる。母親に甘える子供のようにひたすら友人の胸の中で泣き続けた。




