15 強制と矯正ー2
「そういえばもうすぐ卒業だね」
「え?」
「私も雅人くんも」
「……まぁ」
「4月から中学生かぁ。いろいろ不安だなぁ」
「ん…」
彼女の言葉で想像する。未来の自分の姿を。
考えなくてはならないのに意識したくない。停止も巻き戻しも出来ない時の流れをこれほどまでに恐れた経験は無かった。
「ねぇ、お腹空いてきちゃった」
「家に帰ってご飯食べなよ。お母さん、いるんでしょ?」
「お父さんと映画観に行ってる。帰ってもお姉ちゃんしかいないから」
「なら早く謝って仲直りしなよ…」
しばらくすると立てこもり犯がワガママを振り撒き出す。欲求を満たす為の意見を。
「……下から適当に持ってきてあげる。パンとラーメンならどっちが食べたい?」
「え? ご馳走してくれるの?」
「まぁ暇だし。自分も何か食べようかと思ってたところだから」
「やった! なら流しそうめん食べたい」
「時季外れだし、道具ないし、部屋を汚したくないから却下」
「ケチケチケチ」
要求を断ってもいいのだが叫ばれる方が面倒。腰を上げて一階を目指した。
「ほい。作って来たよ」
「ん、サンキュー」
「ちょっ……何してるのさ!」
カップ麺にお湯を注ぐと二階へと戻ってくる。しかしドアを開けた瞬間に本棚の裏を物色している小柄な背中を見つけた。
「うわぁ、雅人くんってこういうの読むんだ……幻滅」
「どうして勝手に引っ張り出してるんだよぉ……ていうか見ないで!」
「見た目が幼い女の人ばかり。雅人くんってロリコンだったんだね」
「うわあぁあぁぁっ!」
「あっ!?」
所持品を机に置いて彼女の元に突撃。喚きながらブツを奪い取った。
「まったく……油断も隙もない悪ガキだ」
「えへへ。てか何でラーメン1つなの?」
「2つも作ったら怪しまれるでしょ? 部屋にすみれがいる事は家族の誰も知らないんだから」
「あぁ、なるほど」
2人して腰を下ろす。椅子は1つしかないので床の上に直接。
「おいひぃ~」
「慌てて食べると火傷するよ。あと床にスープこぼさないでね」
「雅人くんも食べる? お腹空いてるんだよね?」
「いらない。食欲が失せた」
「そんな事言わずに。ほら、あ~ん」
「んむっ…」
目の前にフォークに巻き付いた麺が出現。言葉では否定していだが口が勝手に反応してしまった。
「どう? 美味しい?」
「うむうむ。やっぱりコッテリ味噌味は最高だ」
「良かったね。ラーメンも食べられたし私と間接キスも出来たし」
「……急に不味く感じてきたかも。気持ち悪くて吐きそう」
「そういう意地悪言うとコレで刺すよ。それでも良いの?」
「や、やめてくれっ!」
咄嗟に身構える。プラスチック製のフォークを前に。
食べ終えた後は食器を片付ける為に再びキッチンへと移動。その間、自然現象を催したすみれも堂々と一階へと下りてトイレへ。そして家族の誰にも見つかる事なく2人で部屋へと戻ってきた。
「いつ帰るのさ。いい加減、自分の巣に戻りなって」
「やだやだ、居心地いいからずっとここにいるもん」
「お母さん達が心配するじゃん。もうそろそろ帰ってくるんじゃないの? 夕方だし」
「ねぇ。そういえばこの前、救急車が来てたけど何かあったの?」
「あ~、アレか…」
「お姉ちゃんも心配してたよ。誰かが倒れたんじゃないかって」
帰宅命令を濁すように別の話題を振られる。数日前に起きた事故の話を。
家が隣同士なのでサイレンの音が丸聞こえ。真相を打ち明ける訳にはいかないので風邪による高熱と誤魔化しておいた。
「はぁ……あらかた漫画も読み終えたし、そろそろ帰ろうかな」
「やったぜ」
「あ、やっぱりまだ残っていく」
「本当に勘弁してください…」
それから完全に日も沈んだ頃に立てこもり犯も重い腰を上げる事に。彼女を自宅へと逃がす為に慎重に一階へと下りた。
「こっちこっち」
「うん」
「……あ」
しかし玄関までやって来たタイミングで扉が開く。中からではなく外から。開いた隙間からコートを着た華恋が入って来た。
「雅人…」
「えっと…」
「た、ただいま。本屋に行ってたんだけど寒いから走って帰って来ちゃった」
「……そっか。おかえり」
空気が微妙に気まずくなる。昼間のやり取りを思い出して。
「すみれちゃん、遊びに来てたんだ」
「お邪魔してます……した!」
「珍しいね。雅人とゲームでもやってたの?」
「あ、はい。お医者さんごっこやってました」
「違うっての…」
「へぇ、そうなんだ」
場に意味不明なジョークが投下。ツッこまれると思ったが大した追求もなく終了した。
「優しいじゃん。昼間は元気なかったのに」
「……今からこの子、送ってくる。風呂沸いてるから入ってくると良いよ」
「ん、分かった。外暗いから気をつけてね」
華恋がブーツを脱ぐとすぐ隣へ。そのまま明るい笑顔を残してリビングへと消えてしまった。
「ん…」
前回は顔を真っ赤にして怒鳴り散らしてきたのに。今日は誉められただけで終了。
別に怒られたかったわけではない。ただ呆気ない対応が期待外れだった。
「どうしたの?」
「……何でもない。んじゃ、行こうか」
足拭きマットに腰掛けてスニーカーを履く。背中に乗っかってきた幼女を抱えるとドアを開けて外へと出た。
「なんやかんや言って、やっぱりおんぶする事になっちゃうんだね」
「誰かさんが靴も履かずに侵入してくるから」
「エヘヘ、だって雅人くんの部屋は私の部屋みたいなもんだもん」
「ならすみれの部屋は僕の部屋でもあるって事だよね? 今度、無断で侵入して私物を漁ってやるから」
「うわぁ……この人、危ない奴だ。小学生の部屋で変な事しようとしてる」
「あのさぁ…」
吹く風に抵抗を感じながら道路を歩く。そして僅か数秒で目的地に到着した。
「ほら、着いたよ」
「サンキュー。助かっちゃった」
「もうベランダから訪問なんて危ない真似はやめてくれよ? 落ちたら危険だからさ」
「大丈夫だって。私、運動は得意な方だし」
「そういう問題じゃないんだってば。危ないからやるなって言ってるの!」
「ど、怒鳴る事ないじゃん。別に嫌がらせしたかった訳じゃないのに」
「ごめん…」
ついカッとなって大声を出してしまう。慌てて口元を塞いだ。
「じゃあ、もう戻る」
「……ん」
「もしまた屋根伝いにうちに来たら二度と口利いてやんないから」
「え?」
「でも普通に玄関から来たら一緒に遊んであげるよ。ゲームの対戦とかで」
「え、え……え?」
冷えた手をズボンのポケットに突っ込む。長居しては家族の人に見つかってしまうかもしれないのですぐにその場から退散した。
「……妹か」
振り向き様に自宅の中へと入っていく小さな背中を見つめる。その姿を昔の華恋と重ね合わせながら。
自由奔放でワガママな部分がそっくり。そしてこんな自分に懐いてくるところまで2人は似ていた。つい先日までは。
「はぁ…」
望まずにはいられない。また以前のような親密な間柄に戻れる毎日を。




