15 強制と矯正ー1
「……あ~あ」
ベッドに寝転がり一点を見つめ続ける。何の模様も記されていない真っ白な天井を。
無気力だった。頭のてっぺんから足のつま先まで全てを動かしたくない気分。
それでも痒みに襲われたら自然と手は動くし、姿勢が苦しいと感じたら体を動かしてしまう。本能には逆らえなかった。
「ん…」
帰って来てから華恋とは一言も口を利いていない。逃げ出すように階段を上がり、部屋へと引きこもっていたから。買ってきた菓子類も机の上に放置。
「好きじゃないかも、か…」
頭の中で何度も反芻する。コンビニの帰り道で告げられた言葉を。
何かの冗談とは思えない。悪巧みをしているとも。だから彼女のあの態度は芝居ではないハズ。華恋の心はいつの間にか雅人という人間を恋人以外の存在として認識していた。
「ふぅ…」
夕方になるとリビングに下りてくる。そこで自分以外の家族を発見。
父親は椅子に座って端末を弄り、香織はソファに寝転がってテレビ鑑賞。母親と華恋はキッチンで作業をしていた。
「ん…」
何もおかしな部分はない。いつも通りの日常風景。けどそうであってほしくなかった。期待していたのは気まずそうにしている妹の姿だった。
「雅人」
「ん?」
「今からホットケーキ焼くけどアンタもやる?」
「いや、遠慮しとく…」
「残念。楽しいのに」
母親がキッチンから話しかけてくる。手慣れた様子でボールの中身をかき混ぜながら。
「はぁ…」
華恋は話しかけても無視しない。声をかければ返事をしてくれるし、退院してからは皆とも前以上に親しい。
だからそんな態度を見て確信してしまった。昼間のやり取りが紛れもない真実なのだと。
「寒ぅ…」
トイレを済ませた後は再び部屋へと戻ってくる。出発前と同じローテンションで。
「飽きちゃったのかな…」
賞味期限が切れてしまったのかもしれない。うだつの上がらない彼氏に愛想を尽かしてしまったとか。
客観的に見たら自分はとても魅力がある男とは思えない。だからその可能性は充分考えられた。
そしてそれは同時に家族間での恋愛行為の消滅。認めたくない現実が互いを真っ当な道へと戻していた。
「お~い」
「ん?」
感傷に浸っていると人の声が聞こえる。部屋の出入口ではなくベランダの方から。
「ちょっ…」
「開けてぇ~」
ガラスの向こう側に人が存在。よく見ると隣の家の悪ガキだった。
「どうしてこんな場所にいるのさ!」
「た、助かった。凍え死ぬかと思った」
「また屋根伝いに歩いて来たんでしょ。あれほど危険だからやめてくれと忠告したのに」
「とりあえず中に入れて。ここ寒くて死にそう」
「人の話、聞いてる?」
彼女が脇をすり抜け部屋へと侵入してくる。両手を交差させ全身を震わせている状態で。
「下から家に戻りなって。家族の誰かに見つかったらヤバい」
「ムリムリ。だって私、靴履いてきてないもん」
「なら逆立ちして帰りな。それなら地面で足を汚さずに済むから」
「ねぇ、履き物を貸してやろうとか、おんぶしてやろうっていう優しい意見は出せないの?」
「出せないっていうか、そんな意見は最初から存在していない」
追放を目的とした威圧を開始。相手は小学生だが遠慮する気は微塵も無かった。
「とりあえずしばらくは家に帰りたくない。ここでかくまってよ」
「何で? 怒られるような失態をやらかしたの?」
「まぁ、うん。お姉ちゃんと喧嘩した」
「……またですか」
「お姉ちゃんが寝てる間に顔に落書きしてさ。そしたらお姉ちゃん、そのまま気付かずに学校行っちゃって」
「それは全面的にすみれが悪い」
「朝に顔洗う時に流れ落ちると思ってたんだけどなぁ。油性で書いたからしつこく残っちゃった」
聞いた話を脳内でイメージする。何とも微笑ましい光景を。しかし今の自分には滑稽な姉妹喧嘩に笑える心の余裕がなかった。
「雅人くん、もしかして泣いてるの?」
「へ?」
「だって目が赤いし。ウルウルしてない?」
「ち、違う。泣いてなんかない!」
「うわぁ、ツンデレのテンプレ」
指摘に反応して慌てて目を擦る。大袈裟なリアクションも付け加えて。
「何かあったの? もしかして彼女に振られたとか」
「……すみれの所と一緒だよ」
「ん?」
「ケンカしたんだ。華恋の奴と」
素直に本音を暴露。1つだけ違うのは争っている訳ではなく距離を置かれただけという点だった。
「そうなんだ。でもまたどうして?」
「さぁ」
「華恋お姉さんの顔に落書きしたんでしょ。だから私みたいに怒られたんだ」
「まぁ、やろうと考えた事はある」
「やっぱりね!」
鬱憤晴らしの為に幼稚な計画を企てた過去が存在。ただ後々の報復が怖いので最終的には断念する結果に。
「とりあえずしばらくお姉ちゃんと顔合わせたくないからここに隠れさせてよ」
「やだよ。どうして面倒くさい姉妹喧嘩に付き合わなくちゃならないのさ」
「私と雅人くんの仲じゃん。ねぇねぇ良いでしょ?」
「そこまで親しくなった覚えはないのだが…」
「あ~あ、昔はあんなに優しく接してくれたのに。家に上げてゲームやらせてくれたり」
「昔っていってもたかだか半年前ですよ、お嬢さん」
彼女がこんな裏表のある人間でなかったなら普通に接していたハズ。冷たく扱ってしまうのは深く関わってはいけないと本能が訴えかけているからだった。
「む~、どうしてもダメぇ?」
「ダメダメ。早く出てってくれよ」
「こんなに必死にお願いしてるのに?」
「当たり前じゃん。そんな芝居がかった顔されても心は動かされない」
「泣いて土下座したとしても?」
「この足で踏んづけたる」
「もし私をかくまってくれたらお姉ちゃんの下着見せてあげるけど」
「……君は自分のお姉ちゃんを何だと思ってるんですかねぇ」
まともに会話をした事はないが哀れでならない。目の前にいる悪童のお姉さんが。
「マンガ読むぞーーっ!」
「こらこら」
必死に抵抗したが勝敗は黒星。身勝手な家出少女は立てこもりを決行してきた。




