8 敵意と悪意ー2
「お?」
脳内作戦会議を開いている途中、机の上に置いていたスマホが鳴り出す。確認すると階下にいる人物からメッセージが届いていた。
「えぇ…」
その内容が部屋へ訪問する為の許可を問うもの。目的は不明だが、どうやら用事があるらしい。
「しょうがないな…」
返事を返して待つ事5分。外からドアを優しくノックする音が聞こえてきた。
「入っても良い?」
「良いけど……何の用?」
「随分な言い方ね。私はここに来ちゃいけないのかしら」
「……別にそんな事はないけどさ」
対面早々に睨み合いを開始する。数分前に穏やかな会話をしていたとは思えない雰囲気で。
疑いながらも客人の部屋への進入を認可。彼女は促すより先に椅子へと座り込んだ。
「で、何の用?」
「アンタ、明日ヒマ?」
「え? 何、急に?」
「質問してるのはこっち。暇かって聞いてんのよ」
問い掛けに対して更に問い掛けが返ってくる。威圧感満載の態度が。
「暇……だけどさ。どうしてそんな事聞いてくるの?」
「ふ~ん、なら良かった。私、明日出掛けるからアンタ付き合ってよ」
「はぁ?」
「良いでしょ。予定ないんだし」
「いやいや、出掛けたいなら1人で行ってくれば良いじゃないか」
「……ったく、もう」
彼女が視線を逸らしながら舌打ち。不機嫌な面を浮かべると徐に口を開いた。
「あのね、私はこの家に居候させてもらってる身なの。普通なら進んで手伝いとかしなくちゃいけないわけ」
「は、はぁ…」
「それなのに休みの日に遊びに行って来ますなんて真似、出来るわけないでしょ!」
「なるほど…」
指摘されて気付いたが確かにその通り。家族だと思っていた彼女はまだ気を遣って生活していた。
「ちなみに出掛けるってどこへ?」
「……コスプレイベント」
「はい?」
「だからコスイベントに行くって言ってんのよ。何回も言わせんなっ!」
「ど、怒鳴らなくても。何て言ったか分からなかったから聞き直しただけなのに」
「ふんっ…」
聞き慣れない言葉が耳に入ってくる。意味を尋ねたが速攻で怒鳴られてしまった。
「なら余計1人で行って来たら良いじゃないか。僕が付いて行っても楽しくないよ?」
「それが出来るなら、こうしてアンタに頭下げてお願いとかしてないし」
「誰が頭下げてるって?」
「……殴られたいの、アンタ」
「い、いえ…」
物凄い剣幕で睨みつけられる。女の子とは思えない表情で。
「私が1人で出掛ける訳には行かないでしょ。だからアンタの方から私を連れ出したって事にしてほしいのよ」
「えぇ……嫌だよ、そんなの」
「なんでよ? どうせ暇なんでしょ、明日」
「それだと僕が君に夢中みたいに思われちゃうじゃないか。こっちが困る」
「あぁ、なるほど」
ただでさえ香織に『華恋さんに惚れた』と勘違いされているというのに。自分の方から彼女を誘ったとなれば益々その誤解が進んでしまうハズだ。
「そっちは良いの? 僕と2人っきりで出掛ける事に不満とか」
「あるわよ。そんなの無い訳ないじゃない」
「……あのさ、なら出掛けるのやめようよ」
「嫌よ、ずっと楽しみにしてたんだから。絶対に行くもん」
「えぇ…」
一歩も怯まない展開が続く。いたちごっこのような堂々巡りのような口論が。
2人で出掛ける事になってでもイベントには行きたいらしい。そして2人で出掛ける事になってでも体裁は守りたいらしい。
「ちなみに断ったらどうするの?」
「そうねぇ……私が服をビリビリに破かれた状態でおじさん達に泣きついたら2人はどんな反応をするかしら」
「やめてくれよ、そういうのっ!」
彼女がシャツの襟元を捲って肩を露出。羞恥心が無いのかブラの紐を見せつけてきた。
「はぁ、仕方ないなぁ…」
「え、何? 協力してくれる気になったの?」
「どうせやる事ないから構わないよ。それで具体的にはどうすれば良いわけ? ただ付いて行けばいいの?」
「やった。じゃあアンタさ、キャリーバッグ持ってない?」
「キャリーバッグ?」
話を聞くと衣装を運ぶのに使うとの事。荷物がかさばるから大きめのバッグが必要なんだとか。
「僕は持ってないけど香織が持ってたハズ」
「そうなの? う~ん……どうしようかしら」
「借りてこようか? 言えば貸してくれると思うけど」
「ちょっと待った!」
「ん?」
ベッドに手を突いて立ちあがる。そのまま部屋を出ようとしたが呼び止められてしまった。
「借りてくる時の言い訳は考えてあるの?」
「言い訳?」
「旅行に行く訳でもないのにキャリー借りるなんて変でしょ。あの子に何か変な勘違いでもされたら困るわ」
「いくらなんでもそれは考えすぎじゃ…」
旅行鞄を借りただけでそこまで疑われるだろうか。そもそもうちの妹はあまり頭が良くないから何も言わずに貸し出してくれる気がする。
「ならどうするのさ。君はバッグ持ってないの?」
「小さめのならあるんだけどね。ステッキが入らないのよ、あのバッグ」
「ステッキ?」
耳に入ってきたキーワードにある光景を想起。彼女の趣味を知ってしまった日の出来事を思い出した。
「う~ん、どうしてもキャリー欲しいなぁ」
「やっぱり借りて来るよ。もし何か言われたとしても漫画を売りに行くのに使うって言っておくからさ」
「そ、そう。ならそうしてくれるかしら」
「他には必要な物ないの?」
その後も明日の予定についての打ち合わせを展開。出発時刻や、電車の乗り換えについてを話し合った。
「とりあえず9時出発ね」
「えぇ……ちょっと早くない? 昼過ぎとかじゃダメなの?」
「ダメに決まってるでしょ。せっかく行くんだから少しでもたくさん楽しみたいの」
「……はぁ」
週に一度の日曜日だというのに。なぜ興味もないイベントの為に早起きしなくてはならないのか。
「じゃあ私は明日の準備してくるわ。キャリーは朝、部屋に持って来て」
「ん、了解」
「そうそう、アンタの漫画借りて読んだわよ」
「へ?」
「結構面白かったわ」
彼女が部屋のドアを開けて出て行く。最後に意味深な台詞だけを残して。その言葉に脳内の思考が一瞬停止した。
「こらあぁぁーーっ!!」
腹の底から叫ぶ。不満を全力で発散した。




