14 ゼロとリセットー4
「いつ起きるんだろうね」
「……うん」
翌日も放課後はバイトだったので華恋の顔を拝む事は叶わず。妹が撮影してきてくれた動画で様子を確認。
生きているのに微動だにしない。まるで彼女だけ時間が停止しているかのようだった。
「あ~あ…」
更に翌日は直接病院に向かう。バイトが休みなので香織と2人で。
智沙や数名の女子生徒からは『メッセージの返事が無い』と苦情が殺到。真相を打ち明ける訳にはいかないのでケータイが修理中という尤もらしい言い訳で対応した。
「……は?」
病室へとやって来ると予想外の現場に遭遇する。華恋が指先で目元を擦っているシチュエーションに。
「お、起きたの?」
「え?」
「目、覚ましたんだよね。意識、取り戻したんでしょ?」
「……何?」
彼女が虚ろな表情で辺りをキョロキョロ。それは自身が置かれている状況を理解出来ていない仕草だった。
「か、華恋さん起きたの? いつ?」
「えっと、分かんない…」
「さっきだよね? 多分、私達が来る少し前だよ」
「……どうだっけか」
「あ……そうだ。母さん達呼んできて。病院のどこかにいるハズだから」
「わ、分かった。すぐに連れてくる」
「廊下は走らないようにーーっ!」
歩いて来た通路を引き返す形で香織が駆け出す。持っていた鞄を投げ捨てて。
「しまった。ナースコールあったじゃん…」
直後に思い出したのは便利品の存在。ただ飛び出していった背中は既に見えなくなっていたので手遅れだった。
「……本当に起きたんだよね?」
「まぁ。頭がボーっとするけど」
「調子はどう? 気分は悪くない?」
「ダルい……全身に力が入んないっていうか」
「え? ちょっと腕上げてみて」
「ん…」
焦りながら指示を出す。体を動かす内容の命令を。
「痛っ!?」
「あ、そういや右の手首骨折してるんだった。気をつけないと」
「そ、そうなんだ…」
「足はどう? 動かせる?」
「ぐっ…」
続けて別の指令も発動。ベッドを覆っていた布団が小さく盛り上がった。
「……良かった」
どうやら部分的な麻痺は無いらしい。目立った言語障害も。
「数日間意識を失ってたんだよ? 寝たきりだったんだから」
「そっか…」
「皆でずっと心配しててさ。毎日入れ替わりで様子を見に来たり」
「む…」
「でも本当に良かった。目を覚ましてくれて」
「ていうかアンタ、誰?」
「え?」
ベッドの下から椅子を取り出して腰掛ける。その瞬間に有り得ない台詞が耳に入ってきた。
「……僕が誰なのか分からない?」
「知らない。見た事もない」
「華恋の兄貴だよ。もしかしたら弟かもしれないけど」
「私には兄弟なんていない。1人っ子だもん」
「違うって、僕達は双子なんだってば。同じ家に住んでる家族なんだよ」
「嘘つき。騙されないからね、私」
「そんな…」
最悪な状況が訪れる。予想していた中でも一番恐ろしかったケースが。
「ん…」
何を言えば良いのかが分からない。現実の厳しさは覚悟の量を遥かに上回っていた。
「……冗談だってば。アンタ、雅人でしょ」
「へ!?」
頭を抱え込んでいるとまたしても衝撃的な言葉が意識の中に入ってくる。間抜けな声を出してしまうような報告が。
「い、今なんて言った!?」
「雅人の事が嫌いって」
「いやいや、ごまかしても無駄だから」
「ちっ…」
指摘に対して彼女が舌打ちで対応。それは普段から見慣れた無愛想な表情だった。
「なんだ。ちゃんと覚えてるじゃないか」
「何よ。記憶喪失のフリしたらダメなの?」
「この状況でそんな事やったらシャレにならないよ…」
カナヅチの人間が海で溺れてる真似をするようなもの。性質の悪いイタズラだった。
「自分の名前は分かる? ちゃんと言える?」
「当たり前でしょうが。どうして雅人の名前は言えて自分のを忘れてなきゃなんないのよ」
「もしかしたら勘違いしてる可能性もあるじゃないか。違う誰かと錯覚してたり」
「ないない。普通に記憶はあるっての」
「じゃあ言ってみてよ。あとは誕生日とか年齢とかスリーサイズとか」
「私のスリーサイズ知ってんの?」
「知らない」
「おい」
2人して他愛ない会話で盛り上がる。空いていた空白を少しずつ埋めるように。
それから間もなくして家族も登場。意識を取り戻した彼女を前に皆で大興奮した。
父親は誇らしげな笑みを浮かべ、母親と妹は涙をながしながら嗚咽。その行動に釣られて華恋まで泣き出す始末。何度もごめんなさいと謝る家族の姿を見ていられなかったので逃げ出すようにトイレへと避難した。




