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14 ゼロとリセットー2

「……うん、うん」


 翌朝、ベッドの上にあぐらをかく。端末を耳に当てて通話しながら。


「分かった。とりあえず手術は無事に終わったんだよね」


 最初に電話に出た時、あまりにも落ち着いた母親の様子に最悪な状況を想起。ただその予感はハズれ、山場を越えた華恋が眠りについている事を教えてくれた。


「後でそっちに行くよ。すぐ出るから1時間もかからないハズ」


 見舞いに向かう旨を伝える。少しでも早く彼女に会いたいので。


「え? 香織も連れてくの? うん……分かった」


 簡単な用件だけを聞き終えると通話を解除。ただし今度は1人ではなく2人で来いとの事。


「……面倒だなぁ」


 本当は嫌なのだが事情が事情なので仕方ないだろう。とりあえず今は一刻も早く華恋の顔を拝みたかった。


「……っ!」


 ベッドから立ち上がった瞬間にドアをノックする音が響く。訪問者の登場を知らせるサインが。


「何?」


「あ……ごめんね。今、お母さんと電話してたでしょ?」


「してたけどそれが?」


「華恋さん無事だったんだよね? 今から病院行くの?」


「む…」


 抵抗を感じながらも廊下に出て対応。どうやら会話を盗み聞きしていたらしい。


 そのデリカシーのない行動に苛立ちが増幅。ただ彼女の瞼を見ると何故か真っ赤に腫れ上がっていた。


「今からすぐ行くの? ご飯どうしよう」


「カップ麺を適当に食べるから」


「あ、そっか」


「悪いけどそこどいてくれない? 邪魔」


「う、うん…」


 進路を妨げていた体をどかす。ぞんざいに扱う台詞で。


「……は?」


「あの…」


「華恋の着替えをバッグに詰めないといけないんだってば。話なら後にしてくれ」


「だから、その…」


「さっきから何がしたいのさ」


 威圧しつつ部屋を出て廊下へ。その瞬間に背後からシャツを掴まれた。


「ごめんなさい…」


「はぁ?」


「だからごめんなさいってば。華恋さんがあんな事になったのって私のせいなんでしょ?」


「……そうかもね」


「だから一言謝りたくて。昨日からずっと…」


「それ僕に言われても困る。本人に直接言ってあげなよ」


 間近で言葉を交わす。それぞれ反省と不満の意思をぶつける為に。


「とりあえず無事だって。救ってくれた父さんに感謝しておきな」


「うん…」


「昨夜も全然寝られなかったし。今も寝不足で頭フラフラでさ」


「……私も昨日は全然寝られなかった」


「ずっと泣いてたんでしょ? 布団に籠もって」


「え?」


 伸ばした手を前方に移動。まだ髪を結んでいない頭に優しく触れた。


「目、充血してるじゃん。一晩中泣いてたんじゃないの?」


「な、何で…」


「そりゃ分かるよ。何年一緒に家族やってると思ってるのさ」


「あ…」


 そのまま少し乱暴に撫でる。自分より頭一つ分低い小柄な体を。


 たかだか4年の付き合い。だけどいつの間にか4年も経過していた。


「もし華恋にとってきた態度を後悔してるなら、これからは優しく接してあげてほしい」


「……許してくれるの。私の事」


「やだって言ったらどうする?」


「え?」


 発した台詞に反応して目の前の表情が変化する。極端に歪んだ物へと。


「嘘だよ、嘘っ! 今さら口論なんてする気はサラサラないから」


「なっ!?」


「だから泣くのやめよう。辛い気持ちはよく分かるからさ」


「うぅ、ううぅ…」


 続けて頬の色も紅潮。からかわれた事が悔しいのか彼女は歯を食いしばり始めた。


「本当は僕も謝らなくちゃって思ってたんだ」


「んっ…」


「長い間、隠しててごめんね…」


 頭を引く形で抱き寄せる。謝罪の言葉を口にしながら。


「うぁっ、うぐっ…」


 華恋を追い込んだのは家族の絆。そして母親達を追い詰めたのもまた家族の繋がりだった。


 香織が冷たい態度をとった事だってよく考えれば普通の反応。元を辿れば原因は全て自分達にあった。


 ただ上手くいかない憤りを八つ当たりしていただけ。そして彼女には華恋と同じような真似だけは絶対にしてほしくなかった。


「もう泣きやんだ?」


「……うん」


「母さんが病院に来いってさ。だから早く着替えて」


「あ、そうなんだ…」


「あと華恋の下着、どれ選べば良いか分からないから手伝ってよ。変なの持っていって怒られるの嫌だし」


「わ、分かったでござる」


 目を腫らしながら笑う顔に注目する。その表情に少しだけ安心感を覚えた。


「忘れ物ない?」


「ないよ。じゃあ行こっか」


 2人でカップ麺を食べた後は自宅を出発する。衣類を詰め込んだバッグを携えながら。


「んっ…」


 街の空気が少しだけ清々しい。駅から電車に乗ると昨日も訪れた病院へとやって来た。




「いらっしゃい。寒かったでしょ」


「まぁね。昨日よりはマシだけど」


「アンタ、風邪引かなかったの? 昨夜帰ってからちゃんとお風呂入った?」


「入ってない。着替えだけしてそのまま寝ちゃった」


「……ったく。またぶり返したらどうすんのよ」


「へへへ。でも咳も鼻水も出てないから大丈夫だよ」


 ロビーで夜勤を終えた母親に出迎えられる。父親は寮で仮眠をとっているらしく不在。


「……華恋」


 3人で歩いて病室へ。中へ入るとベッドに横たわる体を見つけた。


「これ、どんな感じなの?」


「ん~、とりあえず目立った外傷は無くて頭蓋骨にも異常は無かったみたい。ただ落ちた時に右腕から落下したみたいで手首を骨折してたのよ」


「それだけ?」


「あと頭を強く打ってるからいつ意識が戻るか。下手したらこのまま目を覚まさない可能性も…」


「え!?」


「あくまでもそういう可能性があるってだけよ。多分、しばらくしたら目は覚ますとは思う。ただ…」


「ただ?」


 母親が詳しい現状を語ってくれる。あまり芳しくない内容の報告を。


 頭には様々な機能を司る部位が存在。そこに強い衝撃を受けてしまった為、どんな症状が現れるか予想がつかないらしい。


 動くハズの体を動かせなくなっていたり、記憶の一部が欠落していたり。最悪の場合は別人のように生まれ変わっている可能性もあるというのだ。


「全身麻痺って頻繁に起こるものなの?」


「ごく稀にね。母さんが前に見た人は半身だけ不随になってたわ」


「……そういうのって治るものなの? どうなの?」


「分からない。治る場合もあるし治らない場合もあるし」


「じゃあ、もし治らない場合は…」


「一生誰かが面倒見てあげなくちゃならないでしょうね、この子を」


「そんな…」


 寝たきりのままの姿を想像すると居たたまれなくなってくる。やるせない気分に。


「あ……これ、華恋さんの着替え」


「ん、ありがと」


 香織が持参していた荷物を母親に渡した。着替え等が入ったボストンバッグを。


「これからどうすれば良いの?」


「しばらくは様子見ね。もしかしたら頭を打った反動で気分とか悪くなっちゃうかもしれないし」


「この病室に入院するの? いつでも来て良い?」


「お見舞いに来るのは構わないけど会えるのは面会時間内だけよ。例え母さん達の家族だからって、それ以外の時間は病棟には入れないから」


「ならバイトない日に来るよ。もう少ししたら学校も自由登校になるから昼間も暇になるし」


「良いけど勉強もサボらないようにね。アンタ、もうすぐ試験でしょ?」


「そだね。気をつけないと」


 続けて3人で協議を開始。危機的状況に慣れているのかもしれないが母親の態度は至って冷静だった。


「……人形みたい」


 柔らかそうな頬に優しく触れる。まるで生まれたての赤ん坊のような幼い表情に。


「母さんは一旦家に帰るけど、アンタ達はどうする?」


「しばらくここに残っていくよ。今日はバイト休んじゃったし」


「ん。香織は?」


「……私も残っていく。華恋さんが目を覚ますかもしれないから」


「そう…」


 母親が1人で廊下へと移動。何かあったらすぐ連絡するようにと言い残して立ち去った。


「お母さん……目、腫らしてたね」


「泣いてたのかも。どっかの誰かさんみたいに」


「凄く後悔したんだと思う。私だって本当に悔しかったから」


「華恋がそれ知ったらなんて言うんだろう…」


 泣きながらごめんなさいと謝る妹の姿を想像する。ただどれだけ労る気持ちを持とうとも今の彼女には届かない。肝心の意識が無いのだから。


 その後は2人で夕方まで病室に居座る事に。空腹を感じたら外へと出て食事。戻ってきたらまた眠っている華恋の観察。けれどこの日、自分達の滞在中に彼女が目を覚ます事はなかった。

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