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13 結末と転落ー7

「どうしてそういう事を言うのさ。僕の事が好きだったんじゃないの?」


「好きだよ、好きに決まってるじゃん。今この瞬間だって愛してる」


「な、なら…」


「だからだよ」


「え?」


「だから……初めから知り合わなければ、アンタを好きになる事もこんなに苦しむ事もなかった」


 彼女が震える両手を繋ぎ合わせている。そして何かから身を守るように胸元へと移動させた。


「私がこの家に来なければ、雅人はおじさん達と家族のままでいられた」


「……違う」


「私がこの家に来なければ、アンタは香織ちゃんに嫌われる事だってなかった」


「違うってば」


「普通の家族でいられて、普通の生活を送れて、普通の恋愛もしてたんだろうね。優奈とか茜ちゃんとかとさ…」


「違うよっ! さっきから何1人で勝手に話を進めてるのさ」


 意見を真っ向から否定した。怒号にも近い声で。


「私がいなかったら上手く回ってる。私1人がいないだけで雅人の人生は何でも順調に進むんだよ」


「……今のは華恋の作り出したイメージじゃないか。そんなイフストーリー意味がないよ」


「でも雅人だって考えた事あるでしょ? もしあの時ああしてたら、あの場面でこういう行動をとってたらって」


「そりゃ、あるけどさ…」


 もう少しでテストで満点がとれたとか、あとちょっとでクラスの人気者になれたとか。思い返したらキリがない程にそういう妄想経験はある。つい数秒前にだって考えていたばかりだ。


「私が引っ掻き回してただけなんだよ、雅人の人生を。くだらない私情で縛り付けてただけ」


「くだらないって…」


「自分のワガママが原因だった。傷付いたのも後悔したのも全部全部私が悪かったって事」


「恋愛感情をくだらないなんて言葉で片付けないでくれ。そんなものだったの? あれだけ好き好き連呼してた僕への気持ちは」


「……そんなものだよ。ただ血の繋がった兄妹だからという理由だけで反対される程にね」


「華恋…」


 目の前にある顔が綻んでいる。自身を皮肉っているかのような様相で。


「この家に来なかったら私は雅人の事を好きになっていなかった。この家に来たから好きになってしまった」


「そ、そんなの分からないよ。もっと早くに知り合ってたら普通に兄妹でいられたかもしれない」


「うぅん、多分それでも好きになってたと思う。血が繋がった双子だと知っても、やっぱり私は雅人を追いかけてたから」


「……ただの憶測じゃん」


「こう見えても自信あるんだぁ。例え出逢ったのが子供の頃だろうと大人になってからだろうと、雅人の事を一番好きになれる自信が」


「危ない奴だ。それ完璧ストーカーの思考だよ」


「えへへ……そうかもね」


 恐らくその仮定は成立しない。ただ否定する根拠も想像の域を出ないので論破出来なかった。


「私は幸せだった。例え双子だと知っても、大好きな雅人の側にいられたから」


「そりゃどうも…」


「どんなワガママを言っても本気で怒らないし、キスしても許してくれたし、辛い事があるといつも頭を撫でて励ましてくれた」


「それはお互い様じゃん。僕だって華恋に助けられた事は一度や二度じゃないから」


「そしていつまでもこうしていられると思ってた。周りの人に認めてもらえなくても、2人で満足していられる毎日が続くんだって」


「ん…」


「でもそうはならなかった。私は……私達は、しちゃいけない事をずっとし続けていた」


 彼女の言葉が胸に突き刺さる。脳裏に浮かぶのは数日前に両親に叱られた時の記憶。


「私1人が辛いなら良い。それなら我慢も出来る。けど雅人にまで嫌な思いをさせるのはヤダ」


「そういう言い方するのやめようよ…」


「私のせいで雅人がおじさんやおばさん、香織ちゃんとまで仲が悪くなっちゃった」


「だからそれは仕方のない事だったんだってば」


「雅人が今まで頑張って築き上げてきた絆なのに私はそれを崩してしまった。もう二度と修復出来ない傷を作ってしまった」


「……そんなのやってみないと分からないし。元通りとはいかなくても、また仲直り出来るかもしれないし」


 意地を張るように強がってみせた。不安と恐怖が入り混じる心の中で。


「それを思うともう耐えられない。私が雅人の幸せを奪ってしまったって気付いちゃったら自分自身が憎くて憎くて仕方なくなった」


「いい加減に…」


「消えたくなった。消し去りたかった。今日までの私だけじゃなく、今ここにいる自分自身さえも」


「……華恋?」


 ふと吸い込まれそうになった。神秘的なその瞳に、後ろの暗闇に。


「やり直せないならせめて少しでも返してあげたい。足りないかもしれないけど、私がいた事で手に入れられなかったその人生を」


「ん…」


「私は今日でいなくなる。雅人の前から消えれば……そうすればまた元の生活に戻れるかもしれないから」


「え?」


 その表情には見覚えがある。彼女が全てを諦めた時の目だった。


「……ちょっ!」


 事態が予想もしていなかった方向へと転がっていく。目の前にあった体がベランダの壁の上に移動した。


「あ、危ないって。何やってるのさ!」


「はぁ、はぁ…」


「早く下りて!」


 ここは二階。しかも外は雨。打ち所が悪ければ最悪、命を落とす危険性さえあった。


「落ちたら痛いじゃ済まなくなるかもしれないんだよ!?」


「私がいなくなれば雅人は…」


「華恋!」


 全身が悪寒に襲われる。今までに味わった事がない恐怖感に。


 何をしようとしているかが分からない訳じゃない。ただそれをあの強気な妹が行おうとしている現実が理解出来なかった。


「ゴホッ、ゴホッ!」


「やめなって!」


「来ないで…」


「華恋に話したい事があるんだ」


「来ないでってば…」


「今日、休み時間に聞いたんだけど…」


「来ないでよっ!!」


 震えるような叫び声が反響する。悲鳴にも近い声が。


「それ以上近付いて来たら飛べなくなっちゃう」


「それで良いんだよ。馬鹿な真似はやめて…」


「そしたらまた私は雅人の足手まといになる。そんなの嫌だ……やだよ」


「足手まといなんて、そんなわけないじゃないか!」


「嫌われたくない、これ以上迷惑かけたくない。ずっとずっと好きなままでいたい」


「どうして…」


「私は雅人の恋人で、双子の妹で……そして重り」


「……華恋?」


「帰ってくるべきじゃなかった。本当なら別々に生きていくべきだった。だからダメなんだ、私は」


 彼女が黒目を泳がせながら独り言を連発。よく見ると体を支える手が震えていた。


「私がいなくなれば元に戻れる。雅人はまた普通の生活に」


「そ、そんなハズないし。華恋がいなくなるなんてそんなの…」


「好きな人とも付き合えて、私はそれを悲しんだりもしなくて済んで…」


「やめようって…」


「それから、それから…」


 止めようとするが体が動かない。失敗したら向こう側に押し倒してしまうし、1人だけで体を支えられる自信がないから。


 それよりも下から香織を呼んでくるべきかもしれない。事態が事態だから彼女も無視するとは思えなかった。


「……雅人」


「え?」


「最後に言わせて。今までありがとうね」


「最後って何さ…」


「いっぱいいっぱいワガママに付き合ってくれてありがとう。こんな私を好きだって言ってくれて」


「……言わないで」


「出来る事なら違う出逢い方をしたかった。もし生まれ変われるなら今度は妹じゃない私として…」


「それ以上言わないでくれよっ!」


 言葉にすると壊れてしまう。目の前にいる家族が。自分達が堪え続けてきた今日までが。


「好きだったよ、雅人…」


「華っ…」


 名前を呼びながら手を伸ばした。届かないぐらいの場所にいるその人物に向けて。


 たった数メートル。歩けば数えるにも満たない短い距離。それなのに凄まじく長く感じた。何時間もかけて歩く果てしない場所に。


「……え」


 走り始めていた体の動きが止まる。ベランダに出る一歩手前で。何が起きたのかが分からなかった。


 今、そこにいたハズの華恋がいない。すぐ目の前に座っていたハズの妹が。


「あ、え…」


 彼女はどこへ行ったのか。窓から下りて自分の部屋へ帰ったのか。それとも本当は最初からここにいなくて、全て自分の見た幻だったとか。


 認めたくない展開を振り払おうと精一杯に思考を動かす。ただしそれは都合の良い現実逃避。見たくない恐怖感より妹を救わなければという使命感の方が上回っていた。


「華恋っ!!」


 ベランダへと飛び出す。名前を強く叫びながら。


「……あ、あぁ」


 身を乗り出すと大量の雨粒が降り注ぐ地面を発見。その中に見つけてしまった。暗闇の中に不自然に存在するベージュ色のセーターと赤いスカートを。


 信じられなかった。受け入れられなかった。本当に夢でも見ているかのようだった。土砂降りの暗闇の中で芝生の上に横たわる華恋の姿がそこにはあった。

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