13 結末と転落ー2
「あの…」
「え?」
「今までずっと内緒にしていてごめんなさい。私も雅人も咎められるのが怖くてずっと言い出せませんでした」
「……やっぱり華恋ちゃんも雅人と同じ気持ちなの?」
「はい。彼の事が好きですし、これからも一緒にいたいと考えています」
「そう…」
言い訳を模索していると相方が言葉を発する。彼女は顔を上げずにテーブルの下に隠された自身の手を見つめていた。
「時々一緒に寝たりしてたから変だなぁとは思ってたのよね。でもまさか本当にそういう関係になってただなんて…」
「ねぇ、もし家を追い出されるとしたらやっぱり華恋の方なの?」
「ん?」
「僕が出て行くわけにはいかないかな。ここを離れてどこかで1人暮らしとか」
「マンションかアパート借りてそこに住むって事?」
「うん。さすがにまた転校させるのは可哀想だし。卒業目前の今にさ…」
どこの親戚にお世話になるかは知らないが学校を移り変わる事が必須条件となってしまう。だが自分が近場のアパートにでも避難すれば現状維持が可能に。
「それはダメよ。そしたら今度は2人してそこに住み始めちゃうでしょうが」
「でも母さん達には迷惑かからないじゃん。少なくとも香織の事は考えなくて良くなると思うよ」
「あのねぇ、母さん達が反対してるのは別にあの子の事だけが理由じゃないのよ? 世間体だってあるし、他にも気を巡らせなくちゃならない事がいろいろ。何より一番辛い目に遭わなくちゃならないのはアンタ達なのよ?」
「そんなの覚悟の上だよ。分かってて付き合ってるんだから」
「分かってない。ならもし喧嘩して別れるってなったらどうするの?」
「……謝って仲直り?」
「それが出来れば良いけど無理でしょ。普通のカップルと違って別れたら即バイバイなんて事にはならないんだから」
「まぁね…」
家族なんだから当然。切っても切れない縁で自分達は繋がっていた。
「ならさ、夫婦みたいな認識じゃダメかな。僕達が結婚してて一緒に暮らしてるみたいな」
「はぁ? アンタ、何言ってんの?」
「僕が嫁さんとして華恋をこの家に連れて来たと考えれば良いじゃないか。そうすれば今まで通り一緒に暮らせるよ」
「無理に決まってるでしょうが。近所の人や知り合いになんて言えば良いの。まさか自分の息子と娘が付き合ってますって説明させる気?」
「そんなの知らないし。母さん達の世間体なんか僕達には関係ない」
「あるでしょうが。じゃあアンタ、もし母さん達が何かしらの事情で警察のお世話になる事になったり、治療費がたくさんかかる病気で入院する事になっても自分には関係ないって言うの?」
「そ、それは…」
「香織が将来結婚相手を連れてきた時にアンタ達はどんな顔してその人に挨拶するわけ? 傷付くのはあの子なのよ」
「確かに…」
母親が次々に正論を掲げてくる。考えていなかったビジョンを。
思ったよりもずっと深刻だったらしい。自分達が今日まで犯し続けていた罪は。
「お父さんも黙ってないで何とか言って!」
テーブルを強く叩く音が辺りに反響。乱暴な行動がキッカケで協議に不参加だった人物が引きずり込まれた。
「う~ん…」
「……ん」
「雅人は本当の親がいない事を聞かされた時、どんな気持ちだった?」
「え? 前に父さんが病院帰りにしてくれた話?」
「うん。お前に事情を説明したあの時だ」
「……やっぱりショックだったかな。自分の人生を否定された感じがした」
衝撃を受けた事だけは覚えている。父親と義理の親子だったり、本当の親が他界していたその全てが。
「そうか。だよなぁ」
「だからこそ失いたくないんだよ。せめて華恋とだけは一緒にいたい」
「やっぱり最初に打ち明けておくべきだったかな。父さん達のミスだ」
武骨な手が口元に移動。そのままうっすらと髭の生えた頬を優しく撫で始めた。
「なら父さんも反対してるんだね。僕達の交際に」
「父さんはな、お互いが愛し合ってるなら構わないと思うんだ。例え相手が誰であろうとも」
「え?」
「もしお前達が本気だっていうなら後押ししてあげたい。それが親友の残してくれた大事な息子と娘の願いだとするならば」
予想外の言葉が場に広がる。肯定を意味した台詞が。
「な、なら…」
「でも考えてみてほしい。もし子供が産まれてその子が大きくなった時に、自分達の事をどうやって話すんだ?」
「……子供」
「父さんだって随分悩んだんだ。だから雅人達が双子だとなかなか言い出せなかったんだから」
「うん…」
華恋が我が家にやってきた時、なぜ様々な事情を隠していたかは理解していた。全てを話してしまうと血の繋がっていない親子だという情報もバラさなくてはならないからだろう。
両親はその状況を恐れていた。秘密を暴露する事によって今まで築いてきた絆が崩れ落ちてしまう展開を。
あの時は華恋の件があったから普通に接する事が出来た。けどそうじゃなかったら見えない壁が作られていたかもしれない。
「2人が周りの目を気にせず生きられるならそれでも良いかもしれない。しかし産まれてくる子供はそういう訳にはいかないんだぞ?」
「……だね」
「子供なんか作らないと宣言したとしても、その誓いを生涯守り通せるかの保証なんてない」
「そこまで考えてなかったよ」
「付き合いを認めてもらったら次は同棲を、なら次は子供をとどんどん欲が出てくる。人間とはそういう生き物なんだ」
「うん…」
頭ごなしに否定する母親と違いその口調は驚くほど穏やかだった。怒りの感情を微塵も感じさせないレベルで。
最後にそれぞれでもう少し考えなさいと言われ話し合いは終了。重たい足取りでリビングを後にした。
「……怒られちゃったね」
「うん…」
「まぁ、いつかはこんな日が来るんじゃないかと思ってたけどさ。やっぱり覚悟しててもダメージは大きいや」
華恋と2人して床に座り込む。二階にある自室ではなく一階にある客間に。
「……どうしようね、これから」
「ん…」
「母さん達の言う通り別れるか、それとも離れて暮らすか」
「……どっちもヤダ」
「だよね。うん…」
何をしても満足のいく結果は得られない。だが自らの決断でどれかを手放さなくてはならなかった。
「……うぅ」
「ん?」
「うぁあぁ……あぁぁ」
「華恋?」
無音の室内に奇妙な声が響く。足元に顔をうずめて泣き始めた部屋主の嗚咽が。
「あぁあぁ、うあぁぁ…」
「泣きたくもなるよね。あんな風に怒られちゃったら」
「えぐっ……うっ、あぅぐっ」
「……はぁ」
「うああぁっ、あぁ…」
予想はしていたから驚きはしない。泣き虫な彼女が声を荒げない訳がなかった。
そして何も出来ない現状が悔しかった。励ます事も頭を撫でる事も出来ず、ただひたすらその姿を前に耐え続けなくてはいけない状況に。
「はあぁ…」
自分だって泣きたかった。泣いて誰かにすがりつきたかった。
けれどそれは出来ない。泣けば誰かが救いの手を差し伸べてくれる訳でもない歳に、いつの間にかなっていた。
「とりあえず部屋に戻るよ」
「……え」
動揺している華恋を置いて部屋を出る。1人になって考えたかったので。
「……あ」
そのままゆっくりと歩いて廊下へ。そして階段付近までやって来た所で1人の人物に遭遇した。
「香織…」
頭上を見上げると無意識に視線がぶつかる。喜怒哀楽を感じさせない表情を浮かべている女の子と。
「……サイテー」
「え?」
どんな言葉をかけようか。そんな事を悩んでいると彼女が先に口を開いた。
「嘘…」
立ち去る後ろ姿を見つめながら呟く。現実逃避するかのような台詞を。
「んっ…」
喧嘩ならうんざりするぐらい繰り返してきた。くだらない物から深刻な内容の物まで何度も。
しかし今回のは違う。今の彼女が浮かべていたのは全てを否定してきたような顔だった。
「えぇ…」
もしかしたらとんでもない物を生み出してしまったのかもしれない。二度と修復不可能な亀裂を。得たいの知れない不安が徐々に心の中を覆い尽くしていった。




