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13 結末と転落ー1

「んっ…」


 リビングの椅子に4人で腰掛ける。自分の隣に華恋、そして向かい合うように両親が。


 誰の声も聞こえない。誰も言葉を発しようとしていない。床が軋む音だけが度々耳に入ってくる程度だった。


「……う~ん」


 父親がポツリと呟く。言葉と呼ぶには乏しい小さな唸り声を。何を言われるかと身構えたが無言。背もたれに体を倒すと後頭部をボリボリと掻き始めた。


「アンタ、もう治ったの?」


「え?」


「風邪」


「あぁ、うん。熱は下がったから平気。今朝起きたらほとんど治ってたよ」


「……そう」


「ん…」


 葛藤していると沈黙を打ち破るように母親が言葉を発する。しかし会話は一瞬で終了。


「むぅ…」


 出来ることなら今すぐこの場所から離れたかった。玄関から飛び出してどこか遠くへと。


 1人だったならそうしていたかもしれない。けれど隣で俯いている相方を置いて逃げ出す訳にもいかなかった。


「んんっ…」


 顔を動かして本人の様子を窺う。彼女は自分と同じような姿勢を維持。悔しさを堪えるように唇を噛み締めていた。


「……いつからそういう事してたの」


「え…」


「いつからそういう行為をしてたのよ、アンタ達2人は」


 声をかけようか躊躇っている途中で再び母親から話しかけられる。核心に迫る質問を。


「それは…」


「昨日今日じゃないんでしょ。いつからなのか知りたいの、母さん達は」


「夏……かな」


「夏?」


「うん。たぶん夏休みの時…」


 その記憶は今でも鮮明に思い出せた。海の見える街での捜索や公園で告げた告白の言葉を。


「じゃあ2人で旅行に行きたいって言ってたのはそういう訳だったの?」


「ち、違うよ。あれはただ単に18歳になる記念としてであって……純粋に遊びに行く予定だったんだ」


「本当に?」


「……まぁ」


 少なくとも自分はそういうつもりだった。計画中の時点では。


「なら時々同じ部屋で寝てたりしたのは?」


「それも別に変な意味ではなくて、普通に一緒に寝てただけ」


「普通って何よ、普通って」


「だから友達と隣同士で寝るみたいな」


「アンタ達は友達同士の感覚でそういう行為するの?」


「いや、そういう訳じゃないけど…」


 追求の言葉に怯む。崖から落ちる一歩手前まで追い込まれていた。


「夏っていうとお互いに兄妹だって認識があった頃よね。それなのに抵抗は無かったの?」


「あったよ。けどそれを知る前にそういう感情を抱いてたから」


「好意って事?」


「うん…」


「なら母さん達にも責任はあったわけね。せめて最初から話しておけばこんな事にはならなかったのかしら」


「……どうだろうね。分からないや」


 もし華恋をうちに連れて来た日に双子の姉、もしくは妹と紹介されたとしてもすぐにはそれを受け入れられなかっただろう。理屈はそう簡単に感情を上回りはしないから。


「後ろめたさは無かったの。家族間でそういう事してて」


「あるに決まってるじゃん。だから今までずっと話せずに隠してたんだし」


「それもそうか…」


 普通の高校生でも恋人が出来たら親に内緒にしておくハズ。自分達の場合は状況が複雑なのだから尚更だった。


「キッカケとかはやっぱり興味本位? 異性に対する、その……憧れっていうか」


「ん?」


「どっちからそういう意識を持ったの? 雅人? それとも華恋ちゃん?」


「それは…」


 隣にいる相方と顔を見合わせる。答え合わせをする為に。


 自分はいつの間にか好きになっていた。けど告白をしてきたのは彼女の方が先。ならお互いに意識しながら生活していたというのが正解らしい。


「え~と、僕かな…」


「あぁ、やっぱり話さなくても良いわ。母さん達が聞きたいのは経過ではなく結果だから」


「へ?」


「アンタ達2人が何を考えていて何をしようとしてるかって事。それを一番知りたいのよ」


 人差し指でテーブルを叩く音が響き渡る。不快指数を表すように何度も。


「もしアンタ達が自分達のしてきた事を反省してて、もう二度とやらないって誓えるならこれ以上の追求はしない」


「反省って…」


「けど母さん達が想像してるような事を考えてるなら、今の生活環境を見直さなくちゃならなくなる」


「ん…」


 そう言われても一体何を改めれば良いのか。今日までの毎日を振り返ってみるが何も悪い事はしていない。物を盗んだ訳でもないし、誰かを傷つけた訳でもない。ただ好意を抱いただけ。純粋に1人の人間を愛しただけだった。


「どうなの。これから先どうするつもりなの?」


「……華恋と同じ大学に進もうかと考えてる。2人で一緒の学校に通えたら良いなって」


「じゃあ、これからも今みたいな関係を続けていきたいって事?」


「うん。やっぱり別々とか淋しいし」


「そう……なら軽い気持ちでそういう事してた訳じゃないのね」


 素直に心境を吐露する。嘘偽りは通用しないと判断したので。


「そういう意見なら同じ家には置いておけません。悪いけど別々の環境で暮らしてもらいます」


「え?」


「揃って同じ屋根の下で暮らしてたらいつ間違いが起こるとも限らない。もう手遅れな気もしなくはないけど」


「ちょ、ちょっと待ってよ」


「この家には香織だっているし、アンタ達2人を共に面倒見るわけにはいきません。あの子だってアンタ達だって傷ついちゃう」


「あ…」


「けど出ていけなんて言えるハズないし、すぐには引き取ってくれる親戚も見つからないだろうから、しばらくは病院の寮でも使うしかないのかしらね」


 本音を曝した瞬間に母親が1つの解決策を掲げた。最も恐れていた提案を。


 詳しい事情は聞かなくても分かる。引き離す為に再び華恋を遠くへ送り出すつもりだろう。しかも二度と会う事は許さないという条件付きで。


 そして名前を出されてハッとした。今、二階の部屋にいる妹の存在を。


 彼女は母親の命令で部屋で待機させられている。路上でのキス現場を見たのだから何かしらの疑念を抱いているのは間違いなかった。

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