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12 錯覚と発覚ー4

「……雅人、いる?」


 しばらくすると部屋の扉がゆっくりと開く。僅かに生まれた隙間から怪訝な表情をした華恋が覗き込んできた。


「あっ、お邪魔してるわよ」


「こ、こんにちわ!」


「やべっ! 見つかってしまう!」


 智沙とすみれが振り返りながら挨拶をする。颯太は床に広げていたエロゲを必死に隠蔽し始めた。


「あ、やっぱり皆来てたんだ。玄関に靴がたくさんあったから変だなぁと思って」


「ごめんね、勝手に上がり込んじゃって。じつはアタシ達で雅人の看病してたのよ」


「そ、そうなんだ…」


「2人っきりの時間を邪魔しちゃ悪いかなぁと思ったんだけどさ。暇してたから遊びにきちゃった」


「……はは」


 また1人追加された事で部屋が一層賑やかに。圧迫感も増していた。


「で、でも雅人は風邪引いてるからここにいない方が良いかも」


「え~、大丈夫だって。ほらこの通り、顔色良いしピンピンしてるじゃない」


「それ気のせいだから。さっきだってずっと咳を繰り返してたし」


「あ~……なら下に移動した方が良いかな。すみれちゃんに風邪引かせたら悪いもんね」


「ていうか帰った方が良いかも。看病なら私がやるから皆はウイルス吸い込む前に退散して」


「ゴホッ、ゴホッ!」


 微妙に華恋の態度が不自然な気がする。口調は穏やかだったが発する言葉の節々に焦りが存在。


「ほら、今も凄く苦しそう。辛そうだから大人しく寝かせてあげて」


「アンタ、心配性ねぇ。雅人もさっき熱は下がったって自分で言ってたわよ?」


「でもまだ微熱あるから。心配かけないように強がってるだけだもん」


「やだこの子、息子を溺愛してるお母さんみたい。超がつくブラコンじゃないの」


「ブラコン…」


 女子2人が言い争いをしている雰囲気に。智沙の発言は冗談だが、華恋のは本気の苛立ちからきているであろう台詞だった。


「早く出ていけって言ってんのが分かんないのかぁ…」


 そして流れの途中で場に図太い声が響き渡る。脅しの意味を含んだ威圧感な言葉が。


「あ……じゃ、じゃあ帰ろうか。ねぇ、すみれちゃん?」


「そ、そそそそうですね! 華恋お姉さんに迷惑かけたらヤバい……じゃなくてマズいですし」


「お前も早くゲーム仕舞え!」


「お、おう!」


 危険を察知した友人達が態度を急変。慌ててコートを着込んだ。


「ではでは、お邪魔しましたーーっ!」


「雅人くん、またね。バイバイ」


「おい、待ってくれよ!」


 3人が一目散に廊下へと飛び出して行く。ドタドタという騒がしい音を立てながら。


 玄関が閉まるのを確認した後に華恋も部屋へと帰還。外界との接触を断つようにやや乱暴にドアを閉めた。


「……ったく」


「ひぃぃ…」


 嵐が去ったかのような静けさが訪れる。芳しくない静寂が。


「……大丈夫だった?」


「へ?」


「ごめんね、私が留守にしてたばっかりに大変な思いさせちゃって」


「あ、あの…」


「こんな事ならずっと付きっきりでいてあげれば良かった」


 叱責を受けるかもしれない。そう怯えていたが彼女の口から出てきた言葉は病人を気遣う内容だった。


「まったく、もう……皆も少しぐらい労る心があっても良いのに」


「……あはは。でも良い退屈凌ぎにはなったよ」


「まだ完全に回復してないんだから大人しく寝てないとダメ! それに智沙達にも感染させちゃったらマズいでしょ?」


「それは自分でも言った。けど聞き入れてくれなかったんだよね」


「買い物の時間ズラすべきだったなぁ……しくった」


 続けて悔しさを表現するように親指の爪を噛み始める。とりあえず責め立てるつもりは無いらしい。


 それから華恋が作ってくれたおじやで腹拵え。食べ終えた後は薬を飲んだ。


「んっ…」


 薬の副作用で眠たくなったので遠慮なく睡眠。額に貼られたシートの冷たさを感じながら。


「う、う~ん…」


「大丈夫?」


「なんて格好してるのさ。その服、どこで手に入れたの?」


「はぁ?」


「そ、それはマズいって。もし取り返しのつかない事になったらヤバいよ」


 痛みを伴う喉から声を出す。必死に絞り出すように。


「あ、あれ…」


「起きた?」


「……ナース服は?」


「はあぁ?」


 そして瞼を開くのと同時に思考が停止。華恋が呆れたような表情で覗き込んでいた。


「今、ナース服着てたよね? それで胸を出して僕のズボン脱がそうとしてたでしょ?」


「……なに言ってんの、アンタ」


「いつの間に私服に着替えたのさ。ナースキャップも付けてないし」


「もしかして寝ぼけてる?」


「ん?」


 冷静に考察してみる。理解出来ない現状を。


 薬を飲んだ後に寝て、そして途中で起床。すると目の前にコスプレした華恋が立っていた。


「んんっ…」


 いきなり服を脱ぎ出した事だけは覚えている。たわわな胸と白いブラジャーを露出するように。逃げ出そうとしたが体がガチガチに固定。まるで金縛りにでも遭ったかのように身動きが取れなくなっていた。


「え~と…」


「どんな夢見てたの? いやらしい事ブツブツ呟いてたんだけど」


「恥ずかしくて口に出来ない…」


「まさか夢の中で他の女とイチャついてたとか!?」


「ち、違う違う。相手は華恋だったからそんなに怒らないで」


 あまりにもマヌケすぎる。内容も展開も。


「え……私?」


「そうだよ。華恋に襲われそうになった夢を見たんだ」


「し、失礼な。私、そんな野蛮じゃないもん!」


「……無理やりキスしてきたり手錠をかけてきた日の事は忘れない」


 原因は友人が持ち込んでいたエロゲだろう。脳内にインプットされた記憶が意識の中で浮き彫りになってしまったようだ。


「私、夢の中で何してたの? ナース服がどうとか言ってたけど」


「さ、さぁ…」


「とりあえずエロい事なのよね?」


「……覚えてないなぁ」


「夢ってその人の深層心理が関わってるってよく言うじゃん? つまり雅人は私とエッチしたがってると考えてOK?」


「うっ…」


 言葉に詰まってしまう。反論の余地がなくて。


「雅人がしたいって言うなら構わないけど…」


「いえ、結構です」


「で、でもしたいんだよね? だからそんないやらしい夢を見たんだよね?」


「違う違う。別に華恋の下着姿が見たいとか胸を触りたいとか思ってないから」


「ほら、図星じゃん。内容が具体的すぎ」


「し、しまったぁっ!」


 罠を回避するどころか自ら突撃。語るに落ちるを見事に実行してしまった。


「やっぱり雅人って胸フェチ? おっぱいが好きなの?」


「はい。どちらかといえばヒップよりバストの方が……って何を言わせるのさ!」


「へ~、そうなんだぁ。ふ~ん…」


「……何?」


「90センチ」


「やめろ。やめてください」


「ほらほら~、ポヨンポヨンだよぉ」


「ぬわあぁああぁぁっ!!」


 華恋が両手で胸を持ち上げて揺らす。豊満なバストを強調するように。


「ん?」


 体を起こすと床に敷いてある布団を発見。それは本来、客間にあるハズの物だった。


「もしかしてここで寝るの?」


「うん。だって1人だと淋しいし」


「……頼むから意識の無い間に変な真似しないでくれよ」


「ちっ…」


「……えぇ」


 忠告に対して舌打ちが返ってくる。看病してくれている人間とは思えない仕草が。


 暴走を警戒しながらも2人で夜遅くまで大騒ぎ。それぞれの寝床に横になりながら雑談を繰り広げた。

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