12 錯覚と発覚ー3
「キャハハハハハッ!」
「う~ん、う~ん…」
ベッドに横になるが上手く寝付けない。すぐ近くで漫画を読んでいる子供の笑い声が邪魔をしてきて。
「お?」
早く華恋に帰ってきてほしい。そんな事を考えていると再び玄関のチャイムが鳴り響いた。
「誰だろ? 私、ちょっと見てくるね」
「え?」
今度こそ居留守を決行しようと決意する。だが隣にいた不法滞在者がドアを開けて一階へと下りていった。
「……ん~」
もしかして華恋だろうか。荷物で両手が塞がってしまい玄関を開けられなくなったとか。
けどそれは有り得ない。唯一の住人がこんな状態なのを知っていながら呼び出すハズがなかった。
「ここ、ここ~」
「お邪魔しま~す」
「ち、智沙!?」
しばらくすると階段を駆け上がってくる音が聞こえてくる。直後に部屋に姿を見せたのはコートを着た同級生だった。
「あらら、マジで風邪引いて寝込んでやんの」
「どうして遊びに来てるの? 約束とかしてないよね?」
「かおちゃんがメールくれてさ。不甲斐ないお兄ちゃんが部屋で寝たきりになってるから助けてやってくれって」
「香織が…」
「だからこうしてわざわざお見舞いに来てあげたのに。まさか小学生を連れ込んでイチャイチャしてるなんて思わなかったわ」
「違うぅうぅぅっ!!」
どうやら病気という情報を聞いて駆けつけてくれたらしい。嬉しいがありがたくない行動だった。
「そういえば華恋も残ってるって聞いたんだけど。あの子は今どこにいんのよ?」
「え~と…」
「あっ、この子か。しばらく見ない間に小さくなっちゃって、まぁ」
「え? え?」
友人が伸ばした手で優しく撫でる。すぐ横に立っていたツインテールの頭を。
「まるで小学生みたいじゃない。すっかり様変わりしちゃって」
「……ツッこまないからね」
「うわっ、ノリ悪いわね~。いつもなら乗っかってきてくれるのに。アンタ、どうかしちゃったんじゃないの?」
「だから風邪引いてるって言ってるじゃないかっ!」
現状をこれでもかというぐらいに絶叫。2人に出ていくよう促したが、その意思に反発するように立てこもりを決行してきた。
「あぁ……頭がクラクラする」
「キャハハハハハッ、これ面白~い」
「でしょでしょ? アタシ、この人の作品大好きなのよね」
「へぇ、ファンなんですか?」
「そだね。デビュー作の読み切りからずっと追いかけてるわよ」
女性陣が床に座り込んで騒いでいる。まるで病人の存在を意に介さずに。
「むぅ…」
会話を耳に入れないように布団を被って防御。しかしまたしても鳴り響くチャイムの音が安眠を妨害してきた。
「ん? 誰か来たみたい」
「私、見て来る~」
立ち上がったすみれが再び廊下へと飛び出して行く。軽やかな足取りで。
「ここ、ここ~」
「よう、雅人。一緒にエロゲやろうと思って遊びに来たぞ」
「……なんというか予想通りの展開すぎて泣けてくるよ」
そして僅か数秒という間を置いて帰還。彼女の背後には手に紙袋を携えた颯太が立っていた。
「あれ? もしかして風邪引いてんのか?」
「そうだよ、ゴホッゴホッ……だから悪いけど今日は帰ってくれないかな」
「んだよ仕方ねぇな~。ならエロゲは1人で堪能するとしようかな」
「いや、あの……話聞いてる?」
回れ右の合図を送ったのに彼は部屋へと進入。そして何を思ったか紙袋の中から怪しげなソフトとノートパソコンを取り出した。
「あっ、あんたマジで買ったんだ。ノーパソ」
「へっへ~ん。冬休み中にも父ちゃんの仕事手伝っててよ。それで給料の代わりにコレ買ってもらったんだ」
「羨ましい。アタシにも半分よこしなさいよ」
「はぁ? 意味わからん。半分ってどうやって分解するんだよ」
友人達が部屋で騒ぎ出す。教室での休み時間のように。
「デヘヘヘ」
『や、やだもう! 巡回中はダメだって言ったでしょ』
「いやぁ……可愛いなぁ、メイちゃん。俺もこんな可愛い子に看病されたいぜ」
『……他の患者さんの巡回が終わってからね。そしたらまた来てあげるから』
「ウホホホッ」
『今日は私が気持ちよくさせる番。この前のお、れ、い』
「ぎゃーーっ、フラグきたぁぁぁぁ!」
しばらくすると床に置かれた機械からいやらしい声が反響。その内容は思わず耳を塞いでしまいたくなるような恥ずかしい物だった。
「ちょっと、アンタ! さっきから何やってんのよ」
「ん? ナースの男仕事。お前もやりたいの?」
「んな事聞いてんじゃねぇぇぇ! 小さな子供がいる場所で何を不健全な物やっとるのか聞いとるんじゃあぁぁっ!」
智沙が顔を真っ赤にして怒鳴り散らす。気まずい空気を払拭するように。
「今すぐそのゲームを停止しろ。じゃないと本体ごとブッ壊す」
「ふ、ふざけんなしっ! 何の権限があってそんなムチャクチャな真似すんだ」
「場をわきまえろっつってんの。ここアンタの部屋じゃないから。人様の家だから」
「お前の家でもないだろうが。なに威張ってんだ、このクソ女」
「お~しおし、分かった。そういう態度とるわけね。ならアタシにも考えがあるわ」
「あ?」
彼女が颯太の腕を引っ張り部屋を退出。すみれがその光景を呆然と見ていた。
「えぇ…」
恐らく実力行使に出たのだろう。5秒も経たないうちにドアの向こうから激しい断末魔が聞こえてきた。
「す、すいません。俺が悪ぅございました…」
「分かりゃあ良いのよ、分かりゃあ」
「はい…」
「別にどんな趣味を持ってようが個人の自由だけど小学生の子がいる前でそういうゲームはやめようね?」
「……うぃっす」
部屋に戻って来た後は説教が始まる。片方は椅子に腰掛け、もう片方は鼻血を垂らしながら正座した状態で。
「あ…」
その途中で階下から扉を開く音が反響。朦朧としていた意識がハッキリと目覚めた。
チャイムを鳴らさずに入ってきたという事はこの家の人間。どうやら期待していた救世主が帰宅したらしい。




