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11 居候と大晦日ー4

「お~い、まだぁ?」


 厚手のコートに身を包むと玄関先に立つ。買ってもらったばかりのマフラーや手袋も装着して。


「茜ちゃん、そんな格好で寒くない? 私の帽子とか貸してあげようか?」


「うぅん、大丈夫。これフードついてるからいざとなれば被るし」


「我慢出来なかったら遠慮しないで言ってね。私、まだ予備の手袋とか持ってるからさ」


「ありがとう。華恋さん」


 大晦日なので年明けを狙って近くの神社に初詣に行く予定。なのに香織がまだ下りて来なかった。


「いつもいつも何してるんだよぉ…」


 化粧を施している訳でもないのに遅れる意味が分からない。そしてしびれを切らし始めた時、二階からドタバタという騒がしい音が反響した。


「ぐおおぉおぉぉっ!!?」


「よし、揃ったね。なら出発だ」


「あ、あの……妹さん良いの、あれ?」


「あぁ、平気平気。いつもの事だから」


「えぇ…」


 最後のメンバーが階段を転げ落ちながら現れる。留守番組の両親を残して風が冷たい外界へと移動した。


「お~い、雅人くん」


「ん?」


 自宅前の道路に出た所で誰かに名前を呼ばれる。隣の民家から。


「あれ、すみれじゃん。そっちも初詣行くの?」


「そだよ~、お姉ちゃん達と。雅人くんちも?」


「まぁね。てかこんな時間に1人で外いたら危険じゃないか」


「だってお姉ちゃんもゆうと君も遅いんだもん。さっきからずっと待ってるのに全然出てこなくてさ」


「ゆうと君って誰なんだ…」


 どうやら目的は同じらしい。心の中に妙な連帯感が発生。


 とはいえ彼女の家族はまだ支度に時間がかかるらしいので一足先に出発する事に。暗がりの道を4人でゆっくりと歩き始めた。


「ちーちゃん達、もう来てるかな。もしかして忘れて寝てたりして」


「さっきメール返ってきたから大丈夫だと思う。颯太はコタツでうたた寝してそうな気がしなくもないけど」


「新年かぁ……実感湧かないなぁ」


「実感が湧いてきた頃にはまた新年だからね」


「本当だよ」


 左側には香織、右側には華恋と家族に挟まれながら道路を進む。そして4人の中で会話に上手く入り込めていない小田桐さんだけが一歩後ろを歩いていた。


「寒くない?」


「うぅん、平気」


「眠たくないかな? ゴメンね。無理やり付き合わせちゃって」


「謝らないでよ、別に嫌々付いてきた訳じゃないんだから。私だってワクワクしてるもん」


「そ、そっか…」


「エヘヘ…」


 さすがに彼女を両親と置き去りにする訳にはいかない。なので深夜の散歩に同行してもらっていた。


「人、多いなぁ」


 しばらくすると目的地に辿り着く。除夜の鐘が鳴り響いている神聖な空間に。


「わっ!」


「うおっ!?」


 境内だけでなく近くにあったコンビニにも参拝客がたむろ。その中から知り合いを捜していると背中を強く押された。


「あっ、ちーちゃん」


「や~っと来た、アンタ達。遅いから待ちくたびれちゃったじゃない」


「ごめんごめん、香織が支度するのに手間取ってたんだよ」


 振り向いた先に見覚えのある人物を見つける。オシャレより健康を優先してズボンを穿いている女友達を。


「ずっと待ってたからお腹空いちゃった。なんか奢って、雅人」


「やだよ。その辺に落ちてる雪にシロップでもかけて食べとけば?」


「……あ?」


「いででででっ!?」


 ジョークの直後に暴行事件が発生。頬を摘まれ引っ張られてしまった。


「よう、雅人」


「え? 君、誰?」


「ふざけんなっ! 俺だよ、俺!」


 彼女のすぐ隣では厚手のコートを着ている颯太が存在。彼はコンビニで買ったであろうフランクフルトを食べていた。


「ん? この人だぁれ?」


「え~と……同じ学校の同級生」


「は、初めましてっ!」


 待ち合わせ相手が1人多い事に彼らが気付く。顔を指された小田桐さんが丁寧に頭を下げた。


「あら、そうなの。ならアタシ達とも同級生なわけか」


「そうなりますね」


「同い年なんだから敬語使わなくても良いわよ。タメ口でいこ、タメ口で」


「あ、はい」


「雅人達のクラスメートかな? よろしくね~」


 即席の自己紹介を済ませる。事情によりしばらくうちで住まわせている事についても説明しながら。


「へぇ、大変そう」


「ま、まぁ慣れてますから。うち、いっつもこんな感じなので」


「でもちょっと楽しそう。ねぇ、アタシもアンタ達の家に泊まりにいっていい?」


「可愛い女の子なら歓迎だけど智沙はダメ」


「あぁ!?」


「ぐふっ!?」


 ジョークを口にするとまたしてもダメージが発生。飛んできた蹴りが腹部に直撃した。


「冗談だっつの。おじさん達いるから迷惑かかっちゃうだろうし」


「私、ちーちゃんの家に泊まりに行きたい。また一緒にゲームとかしたいなぁ」


「あはははは、おいでおいで。冬休み中ならいつでもウェルカムだから」


「わ~い」


「雅人、ちょっとこっち来て」


「ん?」


 会話中に智沙にコートの裾を引っ張られる。誘いを受けたので皆から少し離れた場所に移動した。


「何?」


「あの子ってアンタ達とクラス違うでしょ。なのにどうして一緒にいるの?」


「へ?」


「中学だって違うし接点が無いから不思議でさ。どうやってあの子とお近付きになった訳?」


「ク、クラスメートじゃないって気付いてたの!?」


 気温は低いが人が多いのであまり寒さを感じない。境内を離れて近くにあるコンビニへと入店した。


「え~と、色々ありまして…」


「教えなさいよ。アタシ達の間で隠し事が通用すると思ってんの?」


「……思ってます」


「華恋じゃなくて雅人の知り合いよね? あの子に告白でもしたの?」


「なんで分かったの!? いや、告白はしてないけどさ」


 突発的な質疑応答がスタート。あまり好ましくないデリケートなやり取りが。


「だってアタシ達に紹介する時も雅人が喋ってたし。華恋の友達ならあの子が紹介するハズでしょ?」


「そういう事か…」


「愛しい妹がいるのに堂々と二股? アンタ、本当に修羅場が大好きなのね」


「別に好きではないし。むしろ嫌いな方だし…」


 頭の回転が良い性格が今だけはとても恨めしい。とりあえずバイト先で知り合ったという当たり障りのない嘘で説明。


 事情を理解してもらった後は皆の元へ戻った。人数分の飲み物を購入して。


「颯太って卒業したらどうするの?」


「就職するよ。父ちゃんの会社で雇ってもらう予定」


「へぇ。お父さんの会社って何やってるんだっけ?」


「造園業。夏休みに俺もいろいろ手伝いさせられてさぁ」


「あぁ、そういえばそんな事言ってたね」


「それより賽銭箱の所にいる人、可愛くね? 屋根の上から参拝客を見下ろしてる黒い服を着た女性」


「待って待って! そんな人どこにもいないんだけど!?」


 成績があまり芳しくない彼は就職組。母子家庭で経済状況に余裕がない智沙も。ちなみに華恋は無謀にも進学組だった。


「華恋さんっ!」


「は、はい?」


「俺……ずっと待ってますから」


「え?」


「華恋さんがどんな理由で迷っているのかは知らないけれど、俺はいつでもOKです。今もこれからも他の人とは付き合わずにいる覚悟です」


「はあぁ?」


「だから安心して迷いを振り切ってきてください。どんな華恋さんでも受け止める覚悟は出来ております」


 颯太がプロポーズとも思える台詞をぶつける。不恰好なサムズアップを決めながら。その一連の行動に全員が呆れ顔を浮かべていた。


「ちょっとアンタ、まだ華恋のこと追いかけてたの?」


「当たり前だろうが。諦めなくちゃならん理由が無い」


「大人しく身を引きなさいよ。しつこい男は嫌われるって言ったでしょうが、バカ」


「ふっ……お前は俺と華恋さんの秘密を知らないからそんな事が言えるのさ。関係ない奴は引っ込んでいろ」


「なに言ってんだ、コイツ」


 やり取りを見ていた智沙が間に割り込む。コンビニで購入したおでんを食べつつ。


「智沙は知らないだろうけどな、華恋さんは俺の事を…」


「だああぁあぁぁっ!」


「お、おい! 何すんだ、雅人!」


「そろそろ並ばない? 参拝しに来たんでしょ?」


「おぉ、そういえばそうだな。なら屋根の上にいる女の人に挨拶しに行くか」


「だからそんな女性どこにもいないってば…」


 話題が危険なゾーンに突入していたので全力で妨害。境内前に出来た行列に向かってゾロゾロと歩き出した。


「鐘って何回鳴った?」


「う~ん……300回ぐらいじゃないかな」


「煩悩どんだけあるの」


 人混みが凄いので息苦しい。ボーっと突っ立っていたら押し倒されてしまいそうな程の混雑具合。6人で固まっていたハズなのに少しずつズレが生じてくる。時間が経つにつれ会話をする事が不可能になっていた。


「危ないな…」


 斜め前を歩いていた華恋に視線を移す。デニムスカートの後ろポケットから大きくはみ出ている財布を。目立つ上にチェーンで繋がれてもいない。あれでは盗ってくれといっているようなものだった。


「お~い」


 そんな不安が的中したかのように彼女の背後に不審な男がいる事に気付く。忠告しようと声をかけたが無反応。


 仕方ないのでもう一度呼びかける事に。その瞬間、男が財布に手を伸ばしている光景が見えた。


「きゃっ!?」


「何々、どうしたの」


「だ、誰か私のお尻触った!」


 辺りに大きな声が反響する。確認するまでもなく妹の悲鳴が。


「ちょ……ちょっとアンタ! 何、こんな場所で堂々と痴漢してんのよ」


「華恋!」


「アンタでしょ。今、私のお尻触ったの!」


 必死に呼び掛ける声もスルー。彼女は後ろに振り向くなり中年の男に怒鳴り散らしていた。


「ふっざけんな。ムカつく、マジムカつく!」


「え……何、痴漢?」


「そう! この男が私のお尻触ってきやがった!」


 そのまま愚痴るように状況を説明する。隣にいた智沙に。


「あっ、逃げた!?」


「待ちなさい、アンタ!」


「誰かそいつ捕まえてぇーーっ!!」


「え? え?」


 対峙している最中に男が逃走。周りにいた人を押し退けて走り始めた。


「待って待って!」


 スリ師を追いかける為に自分もその場を駆け出す。状況を理解していない香織や小田桐さんをその場に残して。


 幸い財布は盗られなかったみたいだが未遂でも犯罪。そして参拝客の列を抜けた所で女2人が男に飛びかかっている姿が目に入ってきた。


「オラァッ! なに勝手に逃げとんじゃい、貴様!」


「お、おい! 離せって!」


「人様の体を触っておきながらこの態度。全然反省してないみたいね、コイツ」


「いってぇな、バカ! 何すんだよ!」


「痴漢は歴とした犯罪よ。私が泣き寝入りする女に見えた?」


「は、はぁ?」


 背後からタックルでもされたのだろう。男が地面に横這いになって押さえつけられている。智沙が上半身に乗っかっている為、身動きがとれないようにされていた。


「ボッコボコにして警察に突き出してやる。最後に何か言う事は?」


「だから俺は痴漢なんかじゃ…」


「はぁ? じゃあ何だっていうのよ」


「そ、それは…」


「偶然私のお尻に手が当たったとでもいうの? ハッキリと鷲掴みにしてきたじゃない」


「誰がお前みたいなガキのケツなんか触るか、くそアマッ!」


「だらぁっ!!」


「ぐほあっ!?」


 男が暴言とも思える台詞を吐く。その瞬間に華恋の蹴りが男の下半身に炸裂。


「お前、今なんつったコラァッ!?」


「い、痛い…」


「金玉握り潰すぞっ!」


「ひいいぃっ!?」


「おらっ、おらっ、おらっ!」


「ギャアアアァァァ!?」


 そのままキックの応酬を始めた。よほど無神経な発言が逆鱗に触れたのだろう。周りの目などお構いなしに暴れまくっていた。


「よ~し、アタシが許す。思う存分制裁を喰らわせてやりなさい」


「しゃあっ、オラァッ」


「ぶっ!?」


 智沙は馬乗りになってプロレス技をかけている。腕に関節技をかけ、足で男の頭を踏んづけて固定。


「あ、あの…」


 2人に話しかけるがその声は届かない。せっかく助けようと飛び出してきたのに全くの役立たずだった。


「テメェ、俺の華恋さんに痴漢するとは良い度胸だ!」


 続けて乱闘現場に新たなメンバーが参戦する。力強く拳を握り締めた颯太が。


「死ね死ね死ねぇーーっ!」


「ギャアアアァァァ! すいません、本当は財布盗もうとしてました!」


「財布ぅ? 嘘つけ! 言い逃れしようとしても無駄じゃ、ボケェッ!!」


「ぐっふっ!?」


 観念したのか男が大人しく罪を白状。なのに血迷っている友人達はその言い分に耳を貸そうとはしない。


「ひえぇ…」


 少しだけ同情の念が発生。それほどまでに目の前で行われている暴行は悲惨な状態だった。


 しばらくすると誰かの通報によって駆け付けた警察官が登場する。しかし何故か被害者側の人間達が暴行犯と間違えられていた。

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