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11 居候と大晦日ー3

 それから気まずい空気のままで晩御飯は進行。食器を片付けた後は順番で入浴する事になった。


「着替えはこの中に放り込んでおいてください。明日、一緒に洗濯しちゃうから」


「え? でも…」


「大丈夫っす、洗濯は妹がやってくれるんで。だから本当に気にしないでください」


「ごめんね。無理やり上がりこんだ身分なのに一番先に入る事になっちゃって」


「いやいや、何度も言うけど本当に平気だから。人数が増えてこっちも楽しいし」


「やっぱり雅人くんは優しいね。アナタみたいなお兄ちゃんがいたら良かったなぁ」


「お兄ちゃん…」


 聞き慣れない言葉に動揺を受ける。誉められた事も嬉しかったが、それ以上の衝撃が発生した。


「ウヒャヒャヒャヒャ!」


 家族ではなく、まさか同級生の女の子に言われてしまうなんて。あまりの嬉しさに廊下の壁に何度も頭を打ち付けた。


「じゃあ、お兄ちゃん。暴れてるとこ悪いけど私の部屋に来ようか」


「……はい」


 油断していると背後から優しい声で呼びかけられる。邪気塗れの笑顔を浮かべている妹に。


 彼女に続いて客間へと移動。そして部屋に一歩足を踏み入れた瞬間に迷わず頭を床に擦りつけた。


「すいません許してくださいお願いしますごめんなさい勘弁してください本当に心の底から反省してますから」


「んな言い訳はいいから何でこうなったのかの事情を説明しなさい。あれほど私が嫌ってた女をわざわざ家に連れて来た理由は?」


「え、えっと……これには深い訳がありまして」


「何よ?」


「話すと長くなるんだけど聞いてくれますか?」


 少しだけ躊躇う。全てを打ち明けるべきかどうかを。


 彼女を納得させる為には小田桐さんと伯父の関係も伝えなくてはならない。だがその内容は誰かに軽々しく暴露していいような内容ではなかった。


「ん~と、どこから言えばいいかな…」


 とはいえその場しのぎの言い訳は一切通用しないだろう。言葉を選んで慎重に話を進める。本人には悪いと思いつつも。


 以前に優奈ちゃんと共に聞かされたエピソードを個人的な解釈を付け加えて説明。最初は半信半疑だった華恋も途中からは驚きや戸惑いの声を発していた。


「……って訳でうちに来てもらったんだよ」


「ん…」


「き、聞いてる?」


「……何それ。可哀想すぎる」


「へ?」


「どうしてそんな辛い目に遭わなくちゃいけないのよ。まともに食事を与えられないだけじゃなく手まで出されるなんて」


「あ、あの…」


「しかも自分で自分の体まで傷つけるとか……酷すぎるじゃない」


 俯いた彼女が口元に手を当てて喋っている。充血した両目からポロポロと涙をこぼしながら。


「な、何で泣いてるの!?」


「私だったらそんな生活絶対に耐えられない。そのクソ親父をブン殴って警察に突き出してやる」


「いや、それが出来ないから困ってたんだが…」


「じゃあさ、あの子の腕にはまだその時の切り傷が残ってるの?」


「……まぁね。前に見せてもらった事あるけど痛々しかったよ」


 思い出す度に胸が苦しくなった。泣きながら告白してくれた同級生の姿を。


「もしかして私達の関係を毛嫌いしてたのって…」


「多分、トラウマになってたんだと思う。身内に手を出された過去が」


「ただのワガママじゃなかったんだ。助けてほしかったんだね。誰にも必要とされてない自分を」


「うん…」


「どうしよう……私、あの子に酷い罵声浴びせちゃった。クソ女とか言っちゃったし」


 2人して真面目なトーンで会話を展開。数分前の賑やかな空気はどこにも存在していなかった。


「雅人」


「へ?」


「私達であの子を助けてあげよ。世の中にはちゃんと自分の事を守ってくれる人がいるんだって教えてあげなくちゃ」


「は、はぁ…」


「全力で手助けしてやる。もう二度とリスカなんて馬鹿な真似はさせないんだから」


「……華恋」


 伸ばしてきた腕に手を握られる。決意を漏らした言葉と共に。


 心地良い温もりで思い出した。彼女が本当は優しくて義理堅い人間だという事を。だから共感してしまったのだろう。似たような境遇で生きてきて、自分よりずっとずっと辛い人生に身を置いていた同級生に。



「茜ちゃん、お腹空いてない?」


「え……いや、さっきご飯食べたから大丈夫ですけど」


「ならお菓子は? ポテチやら煎餅やらいっぱいあるわよ?」


「はぁ…」


「ならアイスとか。あ、でも寒いからいらないか」


「……で、ですね」


 会議が終わった後の華恋は態度が豹変。優しい口調でお客さんに話しかけていた。


 入浴前と180度違う華恋の様子に小田桐さんだけでなく香織も戸惑い全開。そのやり取りは傍から見ていて笑える物だった。



「寝る場所どうしよう…」


 就寝時間になった時に問題が起きる。1人増えた事による悩みが。


 夏ならその辺に寝転がっても構わないのだが今は冬。そんな真似をしたら風邪をこじらせるだけだった。


「僕のベッド使ってもらうよ。それで良いよね?」


「え? 雅人くんの?」


「二階にあるんでトイレ行くのちょい面倒ですけど。でも面積広いから寝やすいですし」


「不便なのは全然構わないんだけども…」


「ちょ、ちょっと待ったぁぁぁぁ!」


「ん?」


 無難な意見を提案する。直後に華恋が凄まじい剣幕で間に乱入してきた。


「ど、どうしてアンタ達が2人一緒に寝るのよ。おかしいでしょうが!」


「はあぁ?」


「そんな事するなら私が一緒に寝る。茜ちゃんには客間を使ってもらって雅人とは私が寝るから!」


「お、おおお落ち着いて」


「これが落ち着いていられるかあぁっ! 目の前で堂々とセクハラとか絶っっっ対に認めないからね!」


 何やら妙な勘違いを繰り広げている様子。顔を真っ赤にして喚き散らしてきた。


「違うって。一緒には寝ないから」


「あぁ!?」


「前に智沙が泊まりに来た事あったでしょ? あの時みたいにベッドを貸してあげて自分はここで寝ようって意味だよ」


「……あ、なるほど」


「まったく、いつもいつもすぐ早とちりするんだから」


「だ、だって…」


 相変わらずのオッチョコチョイ。浮気だの不倫だのと口走らなかっただけまだマシだが。


「え……でもこんな所で寝たら風邪引いちゃうよ? ここ広いから寒いし」


「毛布被れば大丈夫でしょ。暖房もつけて寝るつもりだし」


「喉を乾燥させて体壊すってば。私、前にそれやってお母さんに叱られた事あるもん」


「そっか。弱ったな、う~ん…」


 話し合いはアクセルとブレーキの連続。上手く捗ってはくれなかった。


「あ、ならまーくんが私の部屋に来る? 私達が一緒に寝たらベッド1つ空くでしょ?」


「えぇ……香織の部屋?」


「なんで? 嫌なの?」


「だって部屋ゴミだらけじゃん。床が見えないぐらいビッシリ汚れてるし」


「し、失礼なっ! お客さんのいる前で変な事言わないでよ」


 住人同士で揉めまくる。就寝前とは思えないハイテンションで。


 深夜なのに大騒ぎ。戸惑っている同級生を前に激しく意見をぶつけ合った。


「……で、結局こうなるわけか」


 自室のベッドに横たわる。隣には華恋が存在。そして小田桐さんは彼女の部屋で寝る事になった。


「いくら私と一緒に寝られて嬉しいからって襲うのはやめてよ。今日はそんな気分じゃないから」


「あぁ、それは悪かった。物置から鎌とかスコップを持ってきておけば良かったかな」


「今のはどういう意味か説明してくれるかしら、あぁん?」


「す、すいません。ただの園芸ジョークです…」


 照明が点いていないので辺りは暗い。僅かな物音さえ皆無。


「……なんかさ、不思議じゃない。1ヶ月ぐらい前に喧嘩した奴を家に泊めてるなんて」


「そうだね。普通は有り得ないよね、こんな事」


「もし私がここに来る前にあの子が雅人にアタックしてたとしたら、やっぱりアンタ達2人は付き合ってたのかな」


「どうだろ……分からないや」


「私は喜ぶべきなのかな。知り合う前の雅人が誰とも付き合っていなかった事に」


「ん…」


 仮にそうなっていたら自分は華恋の事を好きにはなっていなかったのかもしれない。逆もまた然り。


 それは過ぎ去った今だから考えられる結果論。真相は確かめようがなかった。タイムマシンでも作られるような時代にならない限りは。


「おやすみ…」


「……うん」


 2人してしんみりとした空気に浸る。就寝の挨拶を最後に会話を打ち切った。




「ただいまぁ」


 そして翌日に帰宅した両親にも小田桐さんの事を報告。家を閉め出されて帰れないエピソードを語ると2人は嫌な顔一つせず宿泊許可を出してくれた。


 その反応に女性陣は大喜び。ただまた恋人と間違われては困るので彼女は華恋の友達という紹介をしておいた。

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