7 同居人と転校生ー6
「雅人、帰ろうぜ」
「え? 君、誰?」
「ふざけんなっ! 俺だよ、俺!」
放課後になると颯太が近付いてくる。転校生との距離が縮まったからかウキウキなテンションで。
「今日はどうする? またどっか寄ってく?」
「いや、今日はこのまま帰るよ。用事あるし」
「ちぇっ……なんだよ。せっかく脱衣麻雀の裏ワザ見つけてきたってのに」
「どんな?」
「なんと通常服を脱ぐハズのキャラが脱がなくなるんだぜ!」
「あ、そう…」
また道草でも食おうものなら何をされるか分からない。昨日は胸倉を掴まれただけで済んだが次は平手か拳が飛んでくるかもしれなかった。
「ん…」
友人と別れると真っ直ぐに駅へと向かう。ガラガラの車両に揺られながら1人で下校。
「颯太もこっちに住んでたらなぁ…」
話し相手がいないのは淋しい。風景と睨めっこするしかやる事がなかった。
「よっと」
地元に着くと下車して改札をくぐる。本来ならこのまま真っ直ぐ帰宅する所なのだが今日はそうするわけにはいかない。
「これで良し」
スマホを取り出し、昨日教えてもらったばかりの連絡先を開いた。そのまま到着した事を知らせるメッセージを送信。再びポケットに仕舞うと近くにあった壁にもたれかかった。
「お腹空いたぁ…」
違和感を覚える下腹部を手で押さえる。午後の体育でサッカーをやった影響でエネルギーを大量消費。更に近くにあるパン屋から発せられる匂いが余計に空腹感を刺激してきた。
「……どれぐらいで来るかな」
ホームルーム後にクラスの男子達に声をかけられていたから遅くなるかもしれない。遊びに行かないかと誘われているのだろう。
「まさか乗っかったりしないよね…」
普通なら有り得ないが彼女ならやりかねない。昨日の仕返しとかいう理由で。
「ちゃんと届いてるかな…」
遊びに行くなら行くで良いが一言ぐらい欲しかった。せっかくこうして連絡先を交換したのだから。
「遅いなぁ…」
そしてその予感は見事に命中する事に。一本後の電車が到着したのに待ち合わせ相手が姿を見せなかった。
「ん…」
住み慣れていない街だから迷っているのだろう。先に帰ろうかと思っていた考えを払拭。
それから何度もメッセージを送ってみたが全て不発に。配慮の行いが報われたのは送信数が二桁に及びそうになる直前だった。
「遅いよ。30分も待ってた」
「うっさいわね。グチグチ文句言うんじゃないわよ」
「いやいや…」
姿を見せた彼女に不満をぶつける。にもかかわらず返ってきたのは反省の色が見えない暴言だった。
「電車が違う方に走って行っちゃったのよ。仕方ないでしょ」
「もしかして特急乗らなかった?」
「……乗ったけど」
「ダメだよ、特急に乗ったら。こっちにはほとんど急行か普通しか来ないもん」
「そんなの知らないわよっ! ていうかアンタが先に忠告しといてくれたら良かったんじゃん」
やはり電車を乗り間違えていたらしい。予想通りのミスが発生していた。
「でもそれならそうと連絡ぐらいしてくれよ。返事ぐらい出せたでしょ?」
「だって面倒くさいし」
「はぁ?」
「何よ」
「くっ…」
思い切り歯を食いしばる。イライラを堪えるように。
「……こんな事なら心配して待ってるんじゃなかった」
「心配? なんでよ」
「だっていつまで経っても現れないし、メッセージの返答も無いし」
「アンタねぇ、子供じゃないんだからそうそうトラブルなんて起きる訳ないじゃない。迷子になってピーピー泣いてるとでも思ったの?」
「それは…」
もちろんそんな事は考えていない。道が分からなくなったって人に尋ねたり端末で調べたりも出来るハズ。よほどの事態が起きない限り危惧していた展開にはならなかった。
「だからってそんな言い方ないじゃん…」
「ふんっ。アンタが勝手に不安になってただけでしょうが」
「こんのっ…」
あまりにも投げやりな態度にイライラが止まらない。掴みかかろうと一歩前に前進した。
「あれ? 雅人じゃない」
「……げっ」
「アンタ、ここで何してんのよ」
「え、えっと…」
しかし伸ばした手はターゲットに届く前に止まってしまう。構内から見知った女子生徒が歩いて来た事で。
「なに、アンタ。転校生をこんな所まで連れて来て」
「ち、違う。コイツは…」
「あの……同じクラスの方ですか?」
「え?」
智沙が怪訝な表情で接近。そんな彼女を阻止したのは意外にも隣にいた同居人だった。
「こうやってお話するのは初めてですよね。こんにちは、宜しくお願いします」
「あぁ、よろしく」
「実は私もこの辺りに住んでまして。そしたら偶然会った赤井さんが声をかけてくださったんですよ」
「へ、へぇ……そうだったんだ」
「アナタもこの辺りに住んでらっしゃるんですか?」
「まぁね。こっから歩いて10分ぐらいの場所かな」
「なるほど。なら近所に住んでいるかもしれませんね」
女性陣2人がそのまま会話を開始する。微妙にギクシャクしたやり取りを。
「あの……すみません。私、まだクラスメートの方の名前と顔が覚えられてなくて。もし良かったらお名前伺ってもよろしいですか?」
「アタシ? アタシは新垣智沙。コイツの妹の友達かな」
「新垣さん、ですか。分かりました」
自己紹介をした友人の指がこちらに移動。妹関係の繋がりを主張した所に彼女の要領の良さを感じた。
「じゃあ、私は失礼させてもらいますね」
「あ、うん…」
「それでは」
簡単な挨拶を済ませた後は解散する流れに。丁寧に頭を下げた華恋さんがその場から退散した。
「……ふぅ」
優雅に歩く後ろ姿が商店街の方へと消えて行く。その背中を2人で見送った。
「礼儀正しい子ね~。本当に同い年かしら」
「同い年だよ。僕達と同じ高校2年生」
「アタシの顔覚えててくれてたんだ。一度も話した事ないのに」
「良かったね。ちゃんと存在を認識してもらえてて」
自宅とは違う方角に歩いて行ったが恐らく智沙を騙すための行動だろう。遠回りして家に帰ろうとしているハズだ。
「しっかし何で雅人の名前は知ってたのかしら。アンタ達って学校で喋った事なかったわよね?」
「い、今さっき初めて喋ったんだよ。その時に自己紹介をね…」
「どっちから?」
「えっと、僕から……かな」
「えぇ! へたれで女の子苦手な雅人が?」
「エッヘヘヘ…」
隣から疑いの眼差しが飛んでくる。明らかに驚いている反応が。
「アタシはてっきりあの子の方から声かけてきたと思ってたんだけどな」
「え?」
「意外だったな。雅人の方から話しかけるなんて」
「い、いや……でもさっきは僕が彼女をここまで連れて来たみたいな言い方してたじゃないか」
「冗談に決まってるでしょ。アンタにそんな度胸あるわけないじゃない」
「……まぁ、そうだね」
悔しいがその通り。人見知りの激しい人間にそんな大胆な行動をとれる道理がなかった。
「ならどうしてさっきはあんな言い方したのさ」
「一度も話した事ない子に失礼なこと言えるわけないでしょ。でもまさか本当に雅人から接触してたとはなぁ…」
「あっちから声かけてきたと思ったのは何故?」
「ん? だってあの子、計算高そうじゃない」
「計算高い…」
「裏があるって言うか、本性を隠してるって言うか。ま、アタシの勘なんだけど」
「へぇ…」
教室での様子を見ていただけで内面に気付いたらしい。女性の感性の鋭さに驚嘆するばかり。
「ところでナンパしてどうするつもりだったの?」
「別に何も。ただ声かけただけだよ」
「自宅に連れ込もうと…」
「しません」
そもそも連れ込まなくても家にいる。適当に会話した後、彼女と別れて帰路に就いた。




