11 居候と大晦日ー2
「おかえり~」
「う、うん」
「おでん買って来てくれた? てか後ろの人、誰?」
ドアを開けた瞬間に廊下を走るドタドタという音が聞こえてくる。姿を見せたのは風呂上がりと思われる義理の方の妹だった。
「えっと……学校の同級生」
「は、初めましてっ! こんばんは」
「……こんばんは。まーくんのお友達?」
「そうなんだよ。実はさっきそこでたまたま会ってね」
「へぇ、珍しいじゃん。ちーちゃん以外の女の子連れて来るなんて」
「色々と話が盛り上がっちゃってさ。んで、ついでだからうちに泊まってもらおうって流れになって」
「はぁ?」
テンパってるせいか口調が早口に。先程まで考えていた言い訳の数々が全てどこかに吹き飛んでしまっていた。
「と、父さん達いる? 大事な話あるんだけど」
「今日は夜勤だよ。明日と明後日が休みだからその分頑張るんだってさ」
「げっ!」
期待していた思惑が外れてしまう。唯一の希望が帰宅早々に消滅してしまった。
「と、とりあえず上がって」
「お邪魔……します」
背後でオロオロしている小田桐さんを中へ入るように促す。今さら追い返す訳にもいかないので。
「あれ? 華恋は?」
「ん~、そういえばいないね。自分の部屋かな?」
「香織は今まで何してたの? 1人?」
「まーくんのゲーム機借りて遊んでた。面白い番組やってないし暇だったから」
「やるのは良いけど人のデータは消さないでくれよ…」
「女キャラを全部私の名前に変えておいた」
「コラッ!」
リビングにやって来るが魔物の姿がどこにも見あたらない。トイレにいるのか外出中なのかは不明だが。
「あ……何か飲みます? コーヒーか紅茶か」
「うぅん、気にしないで」
「自分も何か飲むんでついでです。本当に遠慮とかしなくて良いんで」
「けど…」
「風邪引いて寝込まれたらそっちの方が迷惑になります。だからここは大人しく言う事を聞いてください」
「……ごめんなさい。ならコーヒー貰います」
「了解っす。お店のとは違うんで味は期待しないでくださいね?」
やや脅迫めいた言葉でお客さんに行動を強制。こうでも言わないと縮こまってしまうだろうと判断しての台詞だった。
「ねぇ、いくらお母さん達がいない時だからって女の子を連れ込むのはマズいよ」
「そういうんじゃないんだってば。ちょっと事情があってうちに避難してもらう事になったんだよ」
「事情って何? まさか妊娠…」
「違うっ!」
的外れの指摘に声を荒げて反論する。家族の帰省中に自宅の鍵を無くして閉め出しを喰らったという嘘を説明した。
「……てわけで可哀想だからうちまで連れて来たの」
「へぇ、それは大変でしたね」
「本当にごめんなさい。突然押し掛けてしまって…」
「あのさ、悪いんだけどこの事は華恋には内緒にしててくれない? もし知られたらややこしい事になるから」
「何で?」
「な、何でってそれは…」
会話中に言葉が詰まってしまう。当然の質問をされたせいで。
「でも華恋さんにも話しておかないとそっちの方が面倒にならない?」
「とりあえず適当に部屋に隠れててもらう予定。だから内緒で」
「ふ~ん…」
言い訳になっていない台詞で無理やりゴリ押し。状況を察知してか香織は深く尋ねてこなかった。
「という訳で後で二階の部屋に移動って事で。申し訳ないですけど今夜はそこで寝てください」
「は、はぁ…」
「必要な物があったらこっちで用意します。食べ物とか飲み物とか毛布とか」
「そこまで迷惑をかけるのはちょっと…」
「アナタの為なんです。お願いします。一晩だけ我慢してください」
「んっ…」
強いて言うなら自分自身の為。危険から身を守る為に他ならない。
「この人と華恋さんは知り合いじゃないの?」
「知り合い……といえば知り合いなんだけど事情があって顔を合わせられないというか」
「やっぱり妊娠…」
「違うっ!!」
テレビでは神秘的な遺跡の内部が映し出されている。中断中のゲーム画面だった。
「とにかく華恋には内密で。見つかったら本当に面倒くさい事になるのよ」
「別に私はバラしたりしないから良いんだけどさ…」
「さっすが。助かる」
「でももう本人に聞かれちゃってんだけど」
「う、うわぁーーっ!?」
会話中に背後を指差される。廊下へと繋がっている扉の方を。
「……どういう事、これ」
「あの、その…」
「騒がしいと思って来てみたら何で女がいるのよ。しかもどっかで見た事ある奴だし」
「……ぉ、お邪魔してます」
「それに私に内緒ってどういう事かしら。ちゃんと納得出来る理由を説明してもらおうかしらね、お兄様」
そこにいたのは無表情の人間。寝起きなのか瞼をゴシゴシと擦っている華恋が姿を現した。
「ん…」
事態を飲み込めていない女3人が固まる。互いを交互に見つめながら。
「いつから雅人はそんなチャラ男になったわけ? 両親がいない隙に同級生の女を自宅に連れ込むなんて」
「か、華恋! ちょっと聞いてほしい話があるんだけど」
「あん?」
「実は小田桐さんがどうしても言いたい事があるらしいんだよ」
「え? え?」
とりあえず一番手のかかりそうな猛獣から落ち着かせる事に。素早く近付いて肩に腕を回した。
「ほら、この前いろいろあったじゃん。その時に迷惑かけてしまったお詫びをしたいんだってさ」
「はぁ?」
「それに自宅でトラブルがあってね、しばらく帰れないらしいから助けてあげてほしいんだよ。友達として」
「待て待て、友達って何よ。私がいつその女と友達になったっていうのよ」
「いやいや、いくら小田桐さんが華恋の大好きなアニメを知らなかったからってそういう言い方はないでしょ」
「あぁ?」
「いつまでもヘソ曲げてるなんて子供じゃないんだからさ。もういい加減許してあげようよ」
「何言ってんのよ、さっきから。訳のわからん事を…」
大声で言葉を発する。彼女の台詞を遮る為に。
「お願い、今はとりあえず大人しくこの状況を受け入れて。ちゃんと後で納得いく理由を説明するから」
「ちょ……近い近い」
「それに小田桐さんとの関係を香織に聞かれたらマズいでしょ? 別に変な意味で連れて来た訳じゃないから信じてくれよ」
「……本当に?」
「うん。もし嘘ついてたら顔面殴っても良いから」
「30発ね」
「いや、それはちょっと…」
続けて内緒話を開始。ギャラリーの2人には聞こえないボリュームの声量で密約を交わした。
「分かったわよ。とりあえず今だけは引いてあげる」
「やった! ありがとう」
「ただもし私が考えてるような理由であの女を連れてきたと分かった時は覚悟しなさいよ?」
「……はい」
恐ろしい顔で睨み付けられる。思わず怯んでしまうレベルの脅迫も付け加えて。
話し合いを終わらせた後は全員でテーブルへと移動。煎れたコーヒーを前に4人で椅子に座った。
「コーヒーか。私、紅茶の方が良かったんだけどなぁ」
「やった後に文句言われても。そんなに飲みたいなら自分でやってきなさい」
苦い液体をすすりながら日常的な会話を繰り広げる。ただし喋っているのは自分と香織だけで残り2名は沈黙を維持していた。
「あの、おかわり欲しかったら言ってくださいね。すぐ用意しますんで」
「あ、うん。ありがとう」
「着替えとかって持ってきてますか? あとでお風呂入ってください。温まりますから」
「本当にごめんね。いきなり押し掛けておきながら何から何までやってもらって」
「いやいや、これぐらい平気ですって。自分だって親に世話になってる身分ですし」
「……迷惑かけてごめんなさい」
「本当よ……ったく」
小田桐さんが申し訳なさそうな態度の謝罪を口にする。そんな彼女に対して華恋が舌打ちしながら呟いた。
「あ、え~と……何か食べます? お腹空いてません?」
「ちょ、ちょびっとだけ。でも平気だから」
「なら何か口に入れよう。僕も働いて帰って来たからお腹ペコペコで」
「あ、そういえばそうだったね」
「じゃあ華恋」
無理やり話題を転換させて話しかける。向かいの席で1人そっぽを向いてる妹に。
「嫌よ。自分でやりなさい」
「え?」
「私、別にお腹空いてないもん。知らない人の為に体動かすとかマジ有り得ないから」
「そんな…」
しかし彼女からは拒絶を示した台詞が炸裂。普段持ち合わせている優しさがまるで無かった。
「な、何よ…」
「……華恋」
空気を読まない発言のせいで場が気まずくなる。同時に空腹を示す間抜けな音が辺りに反響した。
「私じゃないからね、今の。分かった、犯人は雅人でしょ!」
「いやいや、どう考えてもそっちから聞こえてきたじゃないか」
「レディの私が、んなみっともない失態晒すわけないでしょうが! 有り得ないから。絶対に有り得ないから!」
「言い訳は見苦しいよ…」
彼女はいつもバイトが終わって帰宅するまで待ってくれている。今日だって晩御飯はまだのハズ。今も空腹と戦っているのだろう。
「なら皆で何か作ろう。それなら良いでしょ?」
「ま、まぁ…」
「小田桐さんも一緒にやる? 好き嫌いとかあれば事前に教えてくれると助かるし」
「うん、もちろん。作ってもらうだけとか悪すぎるから手伝わせて」
「了解っす。なら共同作業という事で」
メニューは話し合って考えるという方向で決定。コーヒーを飲み干した後は椅子から立ち上がった。
「どうする?」
「寒いから温かい物のが良いでしょ。冷凍のハンバーグなら解凍するだけで済むけど」
「あっ、ソバあるじゃん。ラッキー」
「これは明日食べるヤツだからダメ。年末だとスーパー閉まってたりするから予め買っておいたの」
「あぁ、年越しソバか」
小田桐さんにリクエストを聞いてみたが特に無いとの返答。ハンバーグをレンジで解凍して、鍋でコーンスープを温めた。
「う、美味い!」
再び椅子に腰掛けると勢いよくありつく。体の冷えを解消してくれる食品の数々に。
「あの……聞きたい事あるんですけど良いですか?」
「はい?」
「いつからまーくんと付き合ってるんですか?」
「ゲホッ、ゲホッ!」
黄色い液体で喉を潤している最中に香織が小田桐さんに接触。2人の会話内容が衝撃的すぎでむせてしまった。
「え? え?」
「すみません。私、まーくんからそういう人がいるって聞かされてなかったし……だから突然家に彼女連れて来て驚いちゃって」
「いや、私は…」
「どっちから告白したんですか? 普段はお互いに何て呼んでるんでしょう?」
「あの…」
「ゴホッ、ゴホッ、ゴホッ!」
気管支にコーンの粒が入った影響で咳が止まらない。何とか正常に呼吸出来るまでに回復させるが、その間に妹からの興味本位な質問が次々に投げかけられていた。
「やっぱりまーくんに付き合ってくれって言われたんですか? この人、今までに彼女いた事なかったからいろいろ迷惑かけちゃうと思いますけど」
「うぅ…」
「でも許してあげてくださいね。人見知りが激しいだけで本当はアナタともたくさんお喋りしたがってるハズだから」
「ストップ、ストップ」
「ん?」
横から2人の会話に割り込む。酷使した喉から必死に声を絞り出して。
「だから違うんだってば。彼女とはそういう関係じゃないんだよ」
「嘘ばっかり。普通は有り得ないじゃん。恋人でもない人を家に連れて来るなんてさ」
「ま、まぁ…」
「でしょ? わざわざ男のまーくんの所に頼ってくるのもおかしいし」
「それは小田桐さんの友達も実家に帰省してて他に頼める人がいないからで…」
慌てふためいた様子で意見を否定した。食事をする手を止めて。
別に恥ずかしいとか照れくさいからムキになっている訳ではない。例え勘違いだとしても女の子を恋人だと間違えられれば嬉しいし、ニヤけた顔にもなるだろう。ただ怖いのだ。この状況が引き起こすであろう、もう1人の妹が抱く感情が。
「……あぁ」
「ひいぃぃ…」
目が合った華恋が睨み付けてくる。肉食動物ですら怯んで逃げ出すぐらいの威圧感で。




