11 居候と大晦日ー2
「はぁ…」
重苦しい溜め息が漏れる。自分ではなく隣で屈んでいる女子高生の口から。
「大丈夫?」
「……ダメっす。全然やる気出ないっす」
「ま、まぁ気持ちは分かるけどさ。せめて普通に立ってようよ。今、バイト中だし」
「だって力が出ないもん…」
「店長が帰って来たら怒られちゃうから。ほら、早く」
「うへぇ…」
うなだれている紫緒さんに立ち上がるよう促した。いくら雪の影響でお客さんが少ないからといって店員が座り込んでいるのはマズいので。
「あぁあ……優奈、優奈ぁ」
彼女が壊れたレコーダーのように同じ単語を連呼。それはつい先日までこの店で働いていた同僚の名前だった。
「……やっぱり淋しいよね。誰かがいなくなっちゃうのって」
「本当ですよぉ。まったく…」
「けど一番辛いのは転校しなくちゃいけない本人かな。新しい環境に慣れないといけないし」
「向こうでイケメンに囲まれてたらどうしよう。ハァ…」
「どういう心配してるの?」
顔を合わせてからずっと妙なテンションを維持している。大袈裟な気もするが芝居でない事だけは分かった。
どうやら鬼頭くんだけではなかったらしい。自分以上にショックを受けている人物は。
「先輩。うち、これからどうしたら?」
「さ、さぁ…」
「こうなったらうちも転校するしかないか。さすらいの美少女という設定で」
「華恋が去年それやったんだけど、質問攻めにあって凄まじくイライラするって言ってた」
「ぐっ……確かに。けど男子にチヤホヤされるなら頑張れるかも」
「努力する方向性、間違えてない?」
1人スタッフが減ったのでその分の負担が上積み。しかも今は冬休み。子持ちのパートの方々はいつもより多く休みを貰っていた。なのでこの数日間はほぼ毎日働き詰めになる予定。その代わり年末年始は店を閉めると店長が約束してくれていた。
「寒ぅ!」
労働を終えると店を出る。年内最後のシフトを。
華恋に貰ったマフラーと香織に貰った手袋、そして母親に貰ったコートを全身に装着。まるで家族に守られているみたいで幸せな気分になった。
「あ、あの…」
「はい?」
「こんばんは」
「……あ」
駅へとやって来た所で何者かに声をかけられる。優しい声の持ち主に。
「久しぶり……かな?」
「そ、そうだね」
「良かった、無事に会えて。もしかしたら現れないんじゃないかと思ってたから」
「何してるの? こんな時間にこんな所で。寒いから風邪引いちゃうよ」
「えっと……雅人くんが来るのをずっと待ってたの」
「はい?」
振り返った先に大きなバッグを持った小田桐さんを発見。意味深な台詞と共に彼女が半歩だけ距離を詰めてきた。
「え? ど、どういう事?」
「ん~とね、その…」
「まさか…」
優奈ちゃんがいなくなったのを良い事に再びチョッカイを出してくるつもりなのかもしれない。その可能性は大いにある。連絡も無しに待ち伏せしていたぐらいなのだから。
「ダメだよ! これから真っ直ぐ家に帰るんで一緒には出掛けられません」
「へ?」
「それに未成年がこんな時間に外出とかマズいって。警察に見つかったら補導されちゃう」
「ち、違う違う。別に遊びに誘いに来た訳じゃないから」
「あ……なら良かった」
口にした意見を彼女が両手を振って否定。その態度を見て愁眉を開いた。
「実は雅人くんに頼みたい事がありまして…」
「頼みたい事?」
「……もし良かったら今晩泊めてくれると助かるかなと」
「はぇ?」
しかし続けざまにとんでもない台詞を発信する。遊びの誘い以上に突拍子もない要求を。
「お願いします。本当に泊めてくれるだけで良いんで」
「ど、どういう事?」
「無理を言ってるのは承知の上なの。でもアナタしかこんな事お願い出来る人はいないから。ごめんなさいっ!」
「だからその理由をだね…」
言葉の真意を問いただすも彼女は頭を下げるの繰り返し。会話がイマイチ噛み合っていなかった。
「伯父さんがどっか出掛けちゃってて、しばらく帰って来ないみたいなの」
「旅行?」
「多分。私に何の連絡も無しに消えちゃったからいつ帰って来るのかもサッパリで」
「は、はぁ…」
「よくある事なんだけど、恐らく年越しまでは姿見せないかな。フラ~っと出掛けた時はいっつも1週間は帰って来ないから」
「えぇ…」
愛人と温泉旅行にでも行っていると予測。それか実家に帰省しているか。どちらにしろあまり良い印象は受けない。会った事はないが彼女の伯父は大嫌いだった。
「てことは小田桐さんは1人で年末年始を過ごさなくちゃいけないって事?」
「……うん。恥ずかしながらそうなんです」
「大変だね…」
「あと大家さんが家賃を取り立てに来るんだよね。でもお金は伯父さんが持っていってしまってるし」
「あ~…」
おおよその事情を把握。家にいたくない理由を。
「で、どうでしょう?」
「いや、そんな事いきなり言われても…」
「やっぱりダメ?」
「ま、まぁ。家族もいるし」
仮に1人暮らしだとしても断るハズ。恋人でもない女性を自宅に泊める訳にはいかなかった。
「……そうだよね。ごめんなさい、突然こんな話しちゃって」
「大丈夫っす」
「七瀬のうちも家族で帰省してるって言ってたし。優奈ちゃんもいないから雅人くんしかこんな話を出来る人がいなくて」
「なるほど…」
「別に気にしないでね。カラオケ屋さんとか漫画喫茶とか探して行ってみるから」
「あっ!」
申し訳なさそうに頭を下げた対話相手が歩き出す。まだネオンが灯っている駅前の繁華街に向かって。
「ん…」
ここで見放してしまったら彼女は1人きりで過ごさなくてはならない。冬の年末年始を。
「あ、あの!」
「はい?」
「妹もいるけど良いですか?」
「え?」
「事情を話したら両親も理解してくれると思うし。だからうちに来ませんか?」
「雅人くん?」
「1人ぐらい増えたってどうって事ないですよ。これでもうち、女の子を預かる事に慣れてるんで」
少し前に交わした約束を思い出した。後輩の前で語った誓いの存在を。もしここで見捨てたらそれが嘘になってしまうだろう。何より後悔するのは自分自身だった。
「ほ、本当に良いの!?」
「まぁ…」
「ありがとうね。雅人くん」
「へっへへ…」
寒いのに体温が高くなる。お礼の言葉と動作が照れくさくて。やはり同じお辞儀でも謝罪と感謝の場合では気分が別物。少しだけ誇らしさを感じる事が出来た。
「小田桐さんってバイトした事ある?」
「うん。少し前までファーストフードのお店で働いてたよ」
「あ、そうなんだ」
「服とか鞄とかは基本的に自分で稼いだお金で買ってるからね。うち、貧乏だから」
「が、頑張り屋さんなんだ…」
電車に乗った後は地元へとやって来る。土地勘の無い同級生を先導して住宅街を移動。そして冷静になればなる程に気付いた。果たしてあの妹が許可をしてくれるのかという事を。
「どうしよう…」
まず間違いなく反発してくる。彼女は小田桐さんに対して尋常ではないぐらい負の感情を抱いているのだから。
「ただいまぁ…」
せめて父親か母親がいれば何とかなるかもしれない。両親の在宅を願って自宅の扉を開けた。




