10 雪の日と別れの日ー6
「ちゃんと帰って来たじゃん。偉いね」
「……黙って行っちゃおうかなぁとも一瞬考えたけどさ。殴られるのが怖いからやめといた」
「賢明な判断ね。もし私に内緒であの子に会ってたなら今頃アンタは蜂の巣状態だから」
「まさかのマシンガン乱射!?」
雪がかなり小降りになっている。傘を差さなくても済むレベルで。
「バイト忙しかった?」
「まぁまぁかな」
「そっか…」
「……ん」
言葉を交わすが長続きしない。珍しく互いに口数が少なめだった。
「あ、あのさ。先に寄りたいお店あるからそっち行かない?」
「ん? 良いよ」
目的地付近までやって来た所で華恋が別の方向を指差す。彼女の先導で近くにあった雑貨屋へと移動した。
「もしかして皆のプレゼント買うの?」
「……うん、まぁ。正確には雅人のプレゼントなんだけどね」
「僕の…」
店へ入った後は一直線にレジ付近へ。冬用の衣類が置かれているコーナーへと進んだ。
「アンタさ、マフラーも手袋も持ってなかったでしょ? だから何か買ってあげようかと思って」
「なるほど…」
「ちゃんと約束守ってくれたご褒美。好きなの1つ選んで良いよ」
「う、うん」
照れくさいのか目を合わせようとしてくれない。適任に物色して赤と紺色が混ざっているマフラーを手に取った。
「ならコレで」
「ん。じゃあ買ってくるね」
「華恋も好きなの1つ選んで良いよ。僕からのクリスマスプレゼント」
「……あ、ありがと」
立場を入れ替える。贈与者と受贈者を。
屈み込んだ彼女が品定めを開始。悩んだ末に選んだのは真っ赤なマフラーだった。
「コレにしようかな」
「了解。ついでに父さん達のも買って行こうっと」
「アンタ、まさか何にも用意してなかったの?」
「あは、あははは…」
厳しいツッこみを誤魔化す。不自然な薄ら笑いで。
どうやら華恋は既に用意済みらしい。お互いに精算を済ませた後は再び寒い外に飛び出した。
「うひゃあ、冷える」
「ううぅ、寒い…」
「早いとこケーキ買って帰ろう。風邪ひいちゃう」
「そ、そうね」
転ばないように気を付けて移動する。雪が敷き詰められた白い道路を。
「結構並んでるなぁ…」
「やっぱりクリスマスだからね。おばさんが予約しておいてくれて良かった」
「だね。普通に買いに来てたら売り切れてて買えなかったと思う」
店にやって来ると受付で予約の時間を確認。名前を呼ばれるまで椅子に座って待つ事にした。
「いやぁ、まさかこんな可愛いプレゼントを貰えるとはね」
「……ん」
「でもワガママを言わせてもらうなら家族全員じゃなく2人っきりで過ごしたかったかな。初めてのクリスマス」
「初めて…」
「来年はデートとかしたいかも。仲良く手を繋いでイルミネーション見に行ったり……キャーーッ!」
相方が次々に言葉を発している。周りの人達に怪しまれそうなハイテンションで。
「ねぇ、聞いてる?」
「……うん。聞いてるよ」
「嘘。なら今、私がなんの話してたか言ってみてよ」
「うん…」
もう日は沈んで辺りは暗い。道路を走る車のライトが何度も目の前を通過していった。
20分ほど待った後に無事にケーキを購入。店員さんの優しい接客態度に癒されて店を出た。
「じゃあ帰ろ。みんな待ってるから」
「……そだね」
「もうっ! さっきからどうしたのよ。魂が抜けたみたいにボーっとしちゃってさ」
「あぁ…」
伸びてきた彼女の手が額に当たる。風邪による発熱を疑っているらしい。
「……しっかりしてよ。雅人が元気ないと私まで落ち込んじゃうじゃない」
「ごめん…」
「せっかくのクリスマスイブなんだからテンション上げてこ。楽しもうよ」
「んっ…」
不安を抱えているのに笑えるハズがない。傷付けてしまっているのではないかという罪悪感が込み上げてきた。
せめて待ち合わせ場所には来ていないでほしい。こんな寒い日に長時間も外にいたら体調を崩してしまうから。
「雪やまないなぁ…」
空からは相変わらず白い物体が降り注いでいる。一向に収まる気配を見せない勢いで。このままのペースでいけば明日には交通規制がかけられるだろう。そうなれば強制的にバイトは欠勤だった。
「雅人」
「……何?」
「アンタ、私の事好き?」
「へ? どうしたの、急に」
「いいから答えて」
歩いている途中で華恋が話しかけてくる。脈絡の無い質問を。
「……好きだよ。今も昔も」
「そっか。それ聞けて安心した」
「いきなり何なのさ。周りのカップルに触発されてイチャつきたくなったの?」
「ちょっと待ってて。そのままじゃ寒いでしょ」
立ち止まったかと思えば持っていた袋の中に手を移動。先程購入したばかりのマフラーを取り出した。
「んっ」
「あ…」
「少しフライングだけどクリスマスプレゼント。可愛い可愛い彼女からへたれな彼氏さんへ」
「ありがと…」
照れくさくなりながらお礼の言葉を告げる。心地いい布が首回りを覆ってくれた。
「どう? 暖かい?」
「そだね。これ1枚あるだけで全然違う」
「へへへ、似合ってるよ。センス良いね」
「……そりゃどうも」
手袋を纏った拳で胸元を叩かれてしまう。痛みを感じない威力で。
「本当言うとね、不安だったんだ。ちゃんと帰ってきてくれるかどうか」
「ギリギリまで迷ってたからね。だからそれに対しては何も言い返せないや」
「あの子は良い子だと思う。私達の事情を知っても誰にもバラさなかったし、クソ女の事を相談した時も助けてくれたし」
「クソ女って…」
「でも私にとっては相対する敵なの。雅人との仲を引き裂こうとする悪の化身な訳よ」
「んっ…」
彼女は話題にしている人物の名前を出さない。だけど誰の話をしているかはすぐに分かった。
「そしてあの子の気持ちも痛いほど理解出来る。雅人を想っている気持ちが。だって私がこんなにも大好きなんだもん」
「……あの、面と向かって言われると恥ずかしいんですが」
「でもいくら親しくなった子だからといっても素直に好きな人を差し出せるほど私は良い人にはなれなかった」
「えっと…」
「ただ今の雅人を見てると心の中はあの子の事でいっぱいなんだなぁってすぐに気付いたよ」
「ご、ごめん…」
「やっぱり最後ぐらいちゃんと別れたいよね。それなのに……私のワガママで雅人を縛り付けちゃってる」
すぐ目の前には陰りを含んだ表情がある。普段あまり拝む機会のない真面目な顔付きが。
「行っていいよ、あの子の所に。そうしたいんでしょ?」
「え!?」
「ケーキは私が持って帰ってあげる。だからアンタは早く行ってあげて」
「いや、あの…」
そしてその口から飛び出したのは有り得なさすぎるセリフ。動揺して持っていた荷物を落としそうになった。
「最後のケジメだもんね。雅人にとっても私にとっても」
「……華恋」
「あっ、でも勘違いしないでよ? 別にアンタ達2人の仲を認めた訳じゃないから」
「は、はぁ…」
「ちゃんと帰って来なさい。それが条件。もし朝帰りとかしたらブン殴ったる」
「いや、さすがにそれは…」
戸惑う反応を無視して話が進んで行く。願ってもない方向へと。
「あくまでも会いに行くのを許可しただけなんだからね。手を繋ぐの禁止、キスとか論外」
「んっ…」
「今日だけ特別。もう二度とない大サービス」
「……特別」
「返事は?」
「え?」
用件を言い終わると距離を詰めるように一歩前進。やや前傾姿勢で下から覗き込んできた。
「今言った約束守れる?」
「ま、守れます」
「そっ」
問い掛けに対して首を小刻みに振る。直後に口元に真っ赤な唇が接近してきた。
「ちょ…」
「エッヘヘ。またしちゃった」
「せ、せめて言ってからにしてよ。ビックリするじゃないか」
「だって言ったらアンタ抵抗するじゃん。だからいつも不意打ちなの」
照れくさいし恥ずかしい。サプライズに困惑していると彼女が預けていた雑貨屋の袋を漁り始めた。
「これ持っていってあげて。手ブラじゃ悪いし」
「え? こ、これさっき自分で選んだヤツじゃ…」
「良いの、私は。プレゼントなら今貰ったから」
「……華恋」
胸が熱くなる。上手く言い表せない何かが込み上げてきて。
「ボケッとしてないでさっさと行ってあげなさい。こんな天気の中で待たせたら悪いでしょ?」
「いって!?」
「もしあの子に風邪引かせたら鼻フックの刑だから。そして変な真似したらブチ殺すからね」
「ひえぇ!」
続けて思い切り背中を叩かれた。気合いを注入するかのように。
「……ありがと」
その場から駆け出すのと同時に小さく呟く。嘘偽りない本心の言葉を。当たり前だがその声は本人に届かない。それでも心の中は感謝の気持ちでいっぱいだった。




