10 雪の日と別れの日ー5
「ふぅ…」
翌日は午前中から雪がチラついている。クリスマスイブに相応しい天候で。本来なら喜ぶべき出来事なのだろう。だが大きな悩みを抱えている人間にはただの自然現象でしかなかった。
「雅人くん、店長がもう上がって良いってさ」
「え? でもまだ昼過ぎですよ?」
「雪でお客さん来ないから早めに店閉めるって。私も上がるからもう帰って良いよ」
「は、はぁ…」
瑞穂さんに言われた通りフロアからロッカーへと引き返す。身に付けていたエプロンを外しながら。
雇用者なりの気遣いと予測。粋な計らいに感謝しながら裏口を通って店を出た。
「冷たっ!」
しかし一歩外へ出た瞬間に厳しい寒気に襲われる。思わず声が漏れてしまう厳しい気候に。
「うあぁ、深刻にマフラー欲しいなぁ」
ずっと暖房の効いた室内にいたせいでダメージは倍増。中へ引き返したい衝動に駆られた。
「ん…」
駅までやって来ると無意識に視線を移す。反対側のホームへと。
もし待ち合わせ場所に向かうならあちら側の移動しなくてはならない。ただ時間が有り余っている為、向かったとしても2時間以上は潰さなくてはならなかった。
「……帰るか」
本人には行けないと宣告済み。だから来ていないかもしれない。考えるのは外れているであろう予想。
それでも約束を果たそうとする勇気は無かった。大切な人を傷付け泣かせてしまう状況が怖いから。
「凄い……何これ」
地元へと戻って来ると雪がうっすらと敷き詰められた道路を歩く。そして自宅付近で派手な装飾で飾り付けられている隣の民家を発見。朝は気付かなかったがカラフルな電球がチカチカと点滅していた。
「イルミネーションか…」
今日はすみれの家も家族団欒のイブを過ごすのだろう。自宅を留守にしがちな家族が揃っている事を考えると、何故だか嬉しい気持ちが込み上げてきた。
「ただいま」
「あれ? アンタ、早かったじゃない。帰って来るのもっと遅いと思ってたのに」
「店長が早めに店閉めちゃったから。それよりそのツリーどうしたの?」
「予約してたのがさっき届いたのよ。飾り付けしてるんだけどアンタもやる?」
「いや、遠慮しとく」
リビングにやって来るとパーティーの準備をしている家族を見つける。身長と同じ高さのツリーを囲んでいる女性陣を。
「ウヒヒヒヒ…」
父親は1人でソファに腰掛けながら端末を操作。何をしているかはそのニヤついた顔で判断出来たので声はかけなかった。
「ねぇ、まーくんまーくん。雪どんぐらい積もってた?」
「地面がうっすら出てるぐらいかな。外見てないの?」
「だって寒いじゃん。窓開けると風邪ひいちゃうし」
「とうっ!」
「ぎゃぁぁーーっ!?」
冷えた手を思い切り突っ込む。近付いてきた香織の背中に。
「ちょ、ちょっと何すんのさ! 私を殺す気?」
「これぐらいで死ぬとかどんだけ虚弱体質」
「手袋していかないからそうなるんだよ。いっつもポケットに突っ込んじゃってさ」
「なかなかワイルドな生き方してるでしょ。香織もこの逞しい兄を見習って野性的になるんだよ」
「べーーっ」
彼女が舌を出しながらツリーの方へと退散。年下にあるまじき反抗的な態度だった。
「ふぅ…」
今日は両親揃って仕事が休み。毎年特別な日だけは一緒に過ごしてくれるのが嬉しかった。
「雅人。働いて帰ってきたとこ悪いんだけど、後で予約してたケーキ取りに行ってくれない?」
「えぇ……どうして僕が」
「アンタ、足速いでしょ? 走って行ってきたらすぐじゃない」
「走るスピードとか関係なくない?」
冷蔵庫から飲み物を取り出していると母親から無慈悲な台詞が飛んでくる。唯一の労働者に向ける物とは思えない言葉が。
「香織に行かせたら? 超元気そうじゃん」
「ああぁ、ゴホッゴホッ! なんだか熱っぽいなぁ…」
「ほら、本人もああ言ってるし」
「ゲェッホッ、ゲェッホッ! 息が苦しい…」
「ゴリラの物真似が出来るほど元気が有り余ってるっぽいよ」
「ダメかもしれない。誰か助け、て…」
「もうケーキ受け取り担当は香織で決定だね」
「最後にケーキを一口食べたかっ、た……ウホ」
お使いを近くにいた義妹に強制バトンタッチ。胸を何度も叩く彼女はワザとらしい演技と共に床へと倒れ込んだ。
「じゃあ悪いけどお願いね」
「……どうしてこの寒い中また外に出なくちゃならないんだ」
「お兄ちゃんなんだから我慢しなさい。あの子には後で料理の手伝いさせる予定だから」
「えぇ! 香織に料理任せるの!?」
「そうよ。それなら公平でしょ?」
しぶしぶ頼み事を引き受けるも有り得ない発言を聞かされる。少しも嬉しくない報告を。
それは罰ゲームも同然。つい先日も電子レンジでゆで卵を作ろうとして爆発させていた人物を信用出来るハズがなかった。
「あの…」
「ん?」
「私も雅人と一緒にケーキを受け取りに行ってきます」
文句を垂らしていると声をかけられる。やり取りをただ傍観していただけの華恋に。
「あらそう? 悪いわね」
「いいえ。それに雪が積もってる道路も歩いてみたいですし」
「さっきも買い物に付き合ってもらったばかりなのに。けど華恋ちゃんがそう言うならお願いしちゃおうかしら」
「はい!」
振り向いた彼女と視線が衝突。良い所をアピールしたいからなのか付き添ってくれる事になった。
それから1時間ほどリビングで待機。予約時間を見計らって家を出た。




