10 雪の日と別れの日ー1
昼休みに人気のない体育館裏に足を運ぶ。気温を著しく下げてくる曇り空の下で。
「あの、その…」
「……用件あんならハッキリ言いなさいよ。いつまでも黙ってたら分かんないじゃないの」
「ご、ごめんなさい…」
「ちっ…」
隣には華恋、そして目の前には呼び出して来た張本人が存在。小田桐さんが俯きながら指先を擦り合わせていた。
「ア、アナタ達を呼び出したのはこの前の事を謝ろうかと思ったの」
「はあぁ?」
「すいませんでしたっ! 一方的にワガママを振りまいてしまって本当にごめんなさい!」
張り詰めた空気の場に陳謝の言葉が投下される。これでもかというぐらいに深々と頭を下げる動作と共に。
「え……ちょ、いきなり何?」
「雅人くんは許すと言ってくれたけれど、まだアナタには謝罪してなかったので……本当にごめんなさい」
「ま、待って待って! 意味わかんない。どうしていきなり頭下げてくんのよ」
事態が飲み込めていない華恋がパニック状態へと変化。焦った口調で対話相手を問い詰め始めた。
「だからアナタ達を脅していた事を謝ろうと思って…」
「それが意味不明だっつってんの! あれだけ好き放題やってきたクセにさ」
「……雅人くんのバイト先の後輩の子に叱られてしまって。それで反省して謝る事を決めました」
「優奈が…」
「本当にすいませんでしたっ!」
2人が繰り広げる会話をすぐ横で黙って観察する。お互いに言い分があるだろうし、当人達に任せた方がスムーズに進むと考えていたから。
「じゃ、じゃあ私と雅人の関係を皆にバラしたりはしないって事?」
「はい。それと雅人くんを引っ張り回すのもやめます」
「なら破局って事で良いのかしら。偽りの関係は敢えなく破綻したという結論で」
「……そうですね。悔しいですが私の恋は叶いませんでした」
「ふっふ~ん、残念だったわね。私達の愛の絆を断ち切ろうだなんて所詮最初から無理だったのよ」
おおよその事情を把握した華恋が勝ち誇った態度で対応。浮かべているのは嘲笑にも近い笑みだった。
「アンタも運が無かったわね。私みたいなパーフェクト人間がいなかったら雅人と付き合えたかもしれないのに」
「え?」
「私があまりにも魅力的すぎて雅人は他の女を見れなくなっちゃったみたいだから」
「そ、そうみたいですね。私と過ごしている時も終始アナタの事ばかり考えていた様子でしたし」
「誰が何と言おうと雅人は私以外の人とは付き合ったりしないもん。例え間柄が家族ではなく赤の他人だったとしてもね」
「は、はぁ…」
「ま、アンタも見た目は悪くないんだから中身を磨きなさい。中身を」
自慢を連発する行為に小田桐さんがやや呆れ気味。傍から見ていても引いてしまうテンションだった。
「……あの」
「はい?」
この場にやってきて初めて声を出す。恋愛の話題はヤバいと感じたので2人の間に割って入った。
「恋人として付き合ったりとかは出来ませんが友達にはなれると思うので」
「え…」
「だから何か困った事があったらいつでも言ってください。すぐに助けに行きます」
「すぐに…」
「今までみたいに一緒にご飯を食べたり、並んで帰ったり。華恋がいれば何も問題はないと思うから」
「……ありがとう、雅人くん」
告げた台詞に対して優しい微笑みが返ってくる。嫌味の無い明るい表情が。その反応が表しているのが肯定か否定かは分からない。彼女は最後にもう一度だけ頭を下げると静かに立ち去ってしまった。
「どうしてあんな事言ったのよ。黙って突き放せばもう関わる事もなかったのに」
「このまま関係を断ち切るのも可哀想かなと思ってさ。友達としてなら付き合い続けたいと思うんだ、あの子と」
「ちょ……アンタまさか」
「へ?」
2人して立ち尽くす。静かになった体育館脇で。
「あの女にやられたんじゃないでしょうねっ! 一緒にいるうちに本当に好きになっちゃったとか」
「ち、違…」
「恋人のフリするだけだって言ったじゃない。なのになんで本気で好きになってんのよっ!」
「ぐえぇぇ! ぐ、苦しい…」
「こんのバカああぁぁぁっ!!」
取り乱した妹が大暴走。首を掴んで前後に揺さぶってきた。
「きいいぃぃぃっ、息の根を止めてやるううぅぅぅ!」
「し、死ぬ…」
「思い出せーーっ!! 私に一途だったあの頃をぉぉ」
喉元を圧迫された事で呼吸困難に陥る。重度の意識障害にも。
その後、どうにかして状況を説明する事に成功。友人として打ち解けあったと伝えた。
「ゲホッ、ゲエッホッ!」
「……全くぅ、不安にさせるような発言するんじゃないわよぉ」
「そっちが勝手に勘違いしたんじゃないか。首絞めて殺す気かっての」
「もしあの女と密会してる現場を見つけたら海に沈めるからね。グルグル巻きにして身動きとれなくしたあと放り投げてやるんだから」
「そしたら化けて華恋の所に現れてやる。毎晩枕元に立っててやるから」
「や、やめてええぇぇぇ!」
目の前にはあった体が耳を塞いで座り込んでしまう。怯えた様子で。
「あ、でも雅人の幽霊なら怖くないかも」
「そういう問題?」
また以前のような繋がりに戻れた事に胸を撫で下ろした。散々かき乱されたとはいえ結果的に仲直りは達成。こうして悪ふざけしている時が一番落ち着いた。
「……華恋」
「ん?」
「ゴメンね」
名前を呼びながら抱き締める。愛しく感じる体を。
「え、え…」
「いろいろ傷付けちゃって」
「急になんなのよ。どうしちゃったのさ、いきなり」
「無事でいてくれて良かった。今まで生きててくれて本当に…」
「……雅人?」
ひょっとしたら彼女が小田桐さんのような人生を送っていたかもしれない。育ての親に乱暴されたり、自らの腕を切りつけたり。
その光景を想像しただけで気分は最低最悪。人生に絶望して泣いている家族の姿なんか見たくなかった。
「どんな事があっても命を粗末にするような真似はダメだからね。もし死にたくなったら必ず相談するんだよ」
「……うん、何かあったら絶対助けてって言う。誰を差し置いてでも真っ先に雅人に泣きつくから」
「約束だからね。絶対に1人で悩みを抱えたりなんかしないで…」
「雅人…」
鬼頭くんみたいに頼り甲斐のある兄にはなれないかもしれない。それでも人を見捨てるような薄情者にだけはなりたくなかった。
「なんかこうしてると恋人同士みたい」
「恋人じゃなかったっけ? それとも戻る? ただの双子に」
「やだやだやだ。それだけは死んでもやだ」
「こっちだって嫌だよ。華恋が他の男に靡いてる姿なんか見たくないし」
「雅人はさ、これからも私の事を大切にしてくれるのかな?」
「そうだね。なるべく華恋の事を優先させて生活するようにするよ」
「な、なら頼んだらエッチしてくれるとか…」
「とうっ!」
耳に入ってきた言葉に反応して体を離す。そのまま目の前にある頭に手刀をお見舞い。
「あだっ!?」
「……まったく」
「いちちち…」
あれだけ荒れたというのに全く懲りていない。淫乱な部分だけは成長するばかり。
無事に仲直りが出来たのでまた昼休みや放課後も共に過ごす事に。学食も悪くないが、やはり食べなれた弁当の方が落ち着いた。




