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9 対峙と対決ー7

「あの…」


「……え?」


「さっきはキツい事を言ってごめんなさい」


 困惑していると1人の人物が前へと踏み出す。隣に立っていた後輩が。


「凄く強い人です、アナタは」


「強い…」


「理不尽な目に遭いながらも、その男達を誰1人として傷付けようとしなかった。一歩間違えたら犯罪に走っていたかもしれないのに」


「……ぐすっ」


「私だったらその伯父や罵声を浴びせてきた男共に仕返ししてます。躊躇いもせずに刺し殺していたかもしれません」


「ちょ…」


 彼女の口からはとんでもない台詞が炸裂。恐怖感を抱かずにはいられない暴言だった。


「なのにアナタはずっと耐え続けてきた。自分がこの世界からいなくなる事で不幸の連鎖を終わらせようとしていた」


「んっ…」


「あまり責めないでください。アナタは悪くありません。悪いのはアナタをここまで追い込んだ愚かな人間達です」


「……え?」


「私がさっきアナタに浴びせた酷い発言についても謝罪します。本当にすみませんでした」


 2人が冷静な口調で言葉を交わす。肌が触れそうなぐらいの至近距離で。


「アナタが先輩を強く想っている事は分かりました。けど恩を感じている人間に対して迷惑をかけるのだけはやめてあげてください」


「だからそれは自分でも分かってて…」


「もし本当に先輩を想っているのなら、困らせるのではなく助けてあげましょう。それが今アナタがすべき最善の策だと思います」


「……助ける」


「はい。そうすれば先輩だってアナタを必要な人間として見てくれるハズです」


 彼女達の周りを多くの人達が通過。そのほとんどが訝しげな視線を送っていた。


「そしてアナタの事は私が助けます。これからは何があっても味方でいますから」


「あ…」


「決して1人になんかさせません。裏切らないって約束します。だから……もうこれ以上は自分の体を傷付ける事だけはやめてください」


「な、何で…」


「さぁ、何ででしょう」


「あ、あぁ……あぁぁっ!」


 ここからでは2人の顔がハッキリと見えない。確認出来るのは抱き締め合っている後ろ姿だけ。


 もしかしたら泣いているのかもしれない。小田桐さんだけではなく、優しい言葉をかけた後輩も。




「立てますか?」


「ありがと…」


 しばらくすると状況が変化する。地面に腰を下ろしていた2人が立ち上がった。


「うぉっと!?」


「……あ」


「だ、大丈夫?」


 足元が覚束ない小田桐さんが倒れそうになる。すかさず接近して体を支えた。


「ごめんね……雅人くん」


「謝らなくて良いです」


「だって私、アナタにいっぱい迷惑かけちゃった。アナタだけじゃなくて妹さんにも」


「もう平気です。華恋だってこの腕の傷を見てもバカにしたりしません。だから謝ったりなんかしないでください」


「ありがと……本当にありがとうね」


 耳元に弱々しい声が入ってくる。とても芝居とは思えない囁きが。


 彼女が今までどんな人生を歩んできたかなんて聞いた話だけでは分からない。ただ辛い境遇に追い込まれている事実だけは理解出来た。


「んっ、ぐすっ…」


 少し離れたベンチに座らせる。取り乱している小田桐さんを。


「あの、寒くないですか?」


「……大丈夫」


「もし寒いなら言ってくださいね? そこのコンビニでマフラーでも手袋でも買ってきますから」


「ありがと。でも本当に平気だよ…」


 彼女の手元には近くの自販機で購入したコーンスープが存在。缶の蓋は開いていないが寒さを和らげる為の役割を果たしてくれていた。


「先輩は大丈夫ですか? 薄着みたいですけど」


「え? あぁ、大丈夫」


「そうですか。なら良かったです」


「……っくし!」


「大丈夫じゃないっぽいですね」


「面目ないです…」


 強がってはみたものの肌寒さを感じていたのが本音。昼と夜との温度差を実感。


「それでこれからどうするんですか? 家に帰るんですか?」


「……そうですね。お2人に迷惑をかけてしまいましたし、大人しく引き下がろうかと思います」


「もし家に帰りたくないならうちに泊まりませんか? ここからなら歩いてでも行けますよ」


「え?」


 この後の予定を話し合っていると優奈ちゃんが思いがけない意見を持ちかける。大胆すぎる提案を。


「うち、両親が外出ばっかりしてて留守にしてる事が多いんですよ。だからもしアナタさえ良ければ泊まりに来てください」


「で、でも…」


「遠慮なんかいりません。友達を自宅に招待する事は全く不自然ではありませんから」


「友達…」


「それにもっとアナタの事が知りたいです。先輩の事をどう思っているのかとか、この女らしさをどうやって身につけたのかを」


「……アナタ、優しいのね」


 数分前、彼女達は顔も合わせた事がない他人だった。普通に生活していたらおよそ関わる事のない間柄。それがこんなにも親しく会話しているのだから人生は何が起こるか分からなかった。


 示された提案を小田桐さんは快く承諾。丁寧なお礼の言葉と共に頭を下げた。


「なら寒いからさっさと退散しましょうかね。ずっとここにいたら風邪を引いてしまいますし」


「本当にお邪魔しちゃって良いの? 家族の方に迷惑じゃない?」


「平気です。うちには私と両親以外にはゴキブリみたいな奴しか住んでいませんから」


「ゴキブリ…」


 配慮の言葉とは正反対に不適切な発言が飛び出す。実の兄を罵る台詞が。


「それじゃあ雅人くんも……今日は色々とごめんなさい」


「いや、大丈夫っす。こっちも結構楽しかったですし」


「……そういう事を言うとまた好きになっちゃいますよ? それでも良いんですか?」


「え、え~と…」


 良くはない。だけど強く否定も出来やしない。


 華恋がこの場にいない状況に一安心。もしいたら容赦なく殴りかかってきただろうから。


「先輩」


「へ?」


「以前にした約束、覚えていますか?」


「約束…」


 微かに微笑んだ小田桐さんと入れ違いに後輩が接近。彼女の言葉で思い出したのは夏休み中に交わした取り決めの存在だった。


「華恋がいる時に3人で話してたアレ?」


「はい、それです。良かった、忘れてなくて」


「……まぁ自分に関わる事だしね。あんまり意識はしてなかったけども」


 2人が勝手に決めたのであって本人に決定権は皆無。しかも今の今までそんなやり取りをした事を忘れていた。


「もうすぐその約束も期限がきてしまいます。このままではあと1ヶ月もしないうちに先輩とお別れしなくてはなりません」


「……お別れ」


「でも私は先輩と離れ離れにはなりたくありません。だから今から凄くワガママを言います」


「は、はぁ…」


 理解出来ない発言に軽くパニックに陥る。詳しく聞きたかったがすぐ側に小田桐さんがいる為、追及する事が出来なかった。


「クリスマスの夜に私とデートしてください。そして……私を正式な恋人と認めてください」

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