9 対峙と対決ー2
「お待たせしました。遅くなってすいません」
「……別に待ってませんから」
翌日、学食で1人の女子生徒と遭遇する。この場所へと訪れるよう指示してきた本人と。
「あら優しいんですね。まさかそんな言葉をかけられるとは思ってませんでした」
「え~と…」
「……で、どうしてアナタまでいるんですか」
ぶつかった彼女の視線がすぐに隣に移行。そこには教室から付いて来た妹が座っていた。
「そりゃあ私達は一心同体、一蓮托生の関係ですから。食事だっていつも一緒なんです」
「あんまりしつこく付きまとってると嫌われますよ。アナタの大好きなお兄さんに」
「はいはい、ご忠告どうも。けどそれは絶対に有り得ないから。雅人が私を嫌いになるなんて考えられませ~ん」
「もう少し気を遣ってもらいたいものだわね。私と赤井くんは付き合い始めた恋人なんですよ?」
「はっ、脅迫して無理やり付き合わせたクセに何ほざいてんの? そんなムチャクチャな計画は私が邪魔しまくってやりますから」
女子2人がテーブルを挟んで一色触発。立ったままこちらを睨みつけている小田桐さんに対して華恋は目も合わせようとしていない。もくもくとご飯を口の中にかきこんでいた。
「……っとに」
場にイライラ感を表した舌打ちが響く。発信者はトレイをテーブルに叩き付けながら椅子に座った。
「ところで赤井くんは今日の放課後は暇ですか?」
「バイトがありますね。ちなみに明日も明後日も。今週はずっと忙しいです」
「じゃあ週末はどうでしょう。土曜日か日曜日のどちらかは時間空いてますか?」
「土日も用事があります。めちゃくちゃ忙しいです」
「嘘はいけませんね、嘘は。そういう意地悪するとバラしちゃいますよ? アナタのもう1人の妹さんに」
「そ、それは勘弁してください」
質問に対してぞんざいな返答を連発。その行動が仇となり脅しの言葉が飛んできた。
「なら正直に答えてください。いつが暇ですか?」
「……土曜日ならバイトも休みですけど」
「ではその日に一緒にお出かけしましょう。良いですよね?」
「えぇ…」
小田桐さんが満面の笑顔を向けてくる。恐怖さえ感じる表情を。
「お出かけってどこに…」
「赤井くんはどこか行きたい場所ありますか? ここが良いっていうリクエストとか」
「特にはないですね。なるべくなら自宅でゴロゴロしてたいです」
「それは不健康ですね。引きこもりはよくありませんよ」
「……あの、休日なんだから体を休めたいんですけど」
嘘偽りない本心さえ認めてもらえない。八方塞がりに陥っていた。
「デートの定番の映画館にします? それともカラオケやボーリングみたいなレジャー施設とか?」
「映画はちょっと。今は見たい作品ないですし」
「恋愛映画とか興味ないのかな? 男性はそういうの苦手なのかしら」
「あ、あの……カラオケやボーリングに行くなら大勢で行きませんか? 他の人も誘って。人数が多い方が盛り上がりますし」
「あなた、ナメてるんですか? これデートだって言ってるでしょ」
「すいません…」
叱責の言葉に怯む。口調や態度は上品だけど中身は華恋と同じらしい。
「雅人はアンタと2人っきりで出かけるのが嫌だって言ってんのよ。それぐらい分かれ、バァ~カ」
「……部外者は口を挟まないでください。これは私達2人の問題なんですから」
「うわぁ、こいつ嫌われてる事に全然気付いてない。痛すぎ」
「喧嘩売ってんですか? いい加減にしないと怒りますよ?」
「やだぁ、怖ぁい。お兄ちゃん助けて~」
隣にいた相方が箸の動きを止めて接近。泣き真似をしながらもたれかかってきた。
「赤井くんからも何か言って! この人、私の事バカにしてきます」
「さっきから口が悪いよ。あんまり乱暴な言葉使うの良くないって」
「バカって言っただけじゃん。そんなんで怒るこのバカ女がバカなのよ」
「こらっ!」
「いてっ!?」
人差し指を弾いてデコピン。お仕置きの意味を込めた攻撃を額に喰らわせた。
「つうぅ…」
「周りに他の生徒もたくさんいるんだからさ。もう少し自重しようよ」
「……分かってるわよ。だからってこんな事しなくても良いのに」
小声で会話を交わす。お互いに息がかかるぐらいの至近距離で。
「さすが赤井くんですね。ちゃんと私の事を守ってくれました」
「……妹がガラ悪かったんで注意しただけですよ。別に小田桐さんの為ではないです」
「恥ずかしがらなくても良いのに。あと私の事は名前で呼んでもらってもいいかしら?」
「へ? な、何でですか?」
「せっかく恋人同士になったの今まで通りじゃ他人行儀すぎるかなと思って。やっぱり付き合ってるのなら名前で呼び合わないと」
「名前……ですか」
「うん。これからは私もアナタの事は雅人くんって呼ぶようにするから」
油断していると彼女が新たな提案を持ちかけてきた。萎縮してしまうような意見を。
普段から颯太や智沙にもそう呼ばれてるから特に違和感は感じない。もし困る事があるとすれば自分も同じ事をしなくてはならないという点だった。
「……茜さんでしたっけ?」
「はい、そうです。なんなら呼び捨てでも構わないですよ?」
「そ、それはさすがに…」
「呼び捨てに抵抗あるなら可愛いアダ名でも付けてくれたら嬉しいかな」
「え~と…」
「最低メスブタ女で充分よ、アンタなんか」
躊躇っていると強烈な横槍が飛んでくる。数秒前の忠告を無下にする暴言が。
「……本当にガラの悪い女性なのね、アナタ。同じ女として軽蔑します」
「あらあら、それは光栄ですこと。アンタみたいな腐れ外道に尊敬されたら吐き気がするからね」
「口の減らない方。哀れすぎて涙も出ません」
「おい、私を勝手に悲劇のヒロインにすんなっ!」
「華恋!」
立ち上がった妹を慌てて制止。2人の間に漂うのは今にも取っ組み合いの喧嘩でもしそうな空気感だった。
「あまり話に割り込んでこないでください。先生や家族に秘密をバラされたいんですか?」
「ちょっ……内緒にするってアンタが言ったんじゃん。勝手に約束破んな!」
「それは態度次第です。妨害してくる邪魔者には消えてもらわないといけませんから」
「卑怯者……脅しを使わないと男1人振り向かせられないなんて」
「あと明日からは昼と放課後は雅人くんに付いて来ないでください。私が一緒に彼と過ごしますので」
「……やっぱ最低だわ、アンタ。出来る事なら今すぐこの場でブン殴ってやりたい」
「殴りたいならどうぞ。ここで暴れてくれたら私が手を下さずにアナタを退学に追い込めるから楽ですね」
「くっ…」
攻撃の言動はことごとくかわされ、むしろ不利になる状況で返される始末。どうやら明日からは付き添いも認めてはくれないらしい。
「とりあえずご飯食べよ…」
「うぅう…」
拳を震わせている華恋を宥めてこの場は何とか凌ぐ事に成功。せっかく仲直り出来たのに自分達の間には大きな壁が作られてしまった。簡単には乗り越える事が出来ない障壁が。
「はぁ…」
それから昼休みも放課後も小田桐さんと過ごす日課が続く事に。先日までと変わらないハズなのに楽しくない生活が。
誰にも相談出来ず、希望すら見いだす事が叶わない。無情にもただ時間だけが過ぎていった。




