9 対峙と対決ー1
「えぅああぁっ、うぁああっ…」
「泣くのやめようよ。また目が真っ赤に腫れ上がっちゃう」
「だって、だっでえぇ…」
ベッドに腰掛けながら優しく撫でる。腹回りに抱きついている華恋の頭を。
「言いたい事は分かってるって。だから無理して喋ろうとしなくていいからさ」
「なんで……なんで関係ない奴に否定されなくちゃなんないのよぉ。私達の関係を」
「それは仕方ないっていうか…」
「仕方なくないっ! おかしいのは全部あの女。私も雅人も悪い事なんかしてないもん!」
「悪いか悪くないかの問題じゃないんだよ。ただ小田桐さんの考え方が世間一般の意見なんだって」
「あんな奴の名前呼ぶなっ!」
「わ、分かったよ。ごめん…」
まるで引き裂かれた恋人みたいに悲しい別れ方をしたが帰る家は同じ。こうして顔は合わせるのは当然だった。
華恋と別れた後、小田桐さんと繁華街へ遊びに行く事に。初デートという名目で。
歩き回っている間に楽しんでいたのは彼女だけ。こちらは終始無気力状態。理不尽な条件さえ無かったらすぐにでも逃亡していただろう。
「あの女、絶対に許さないから…」
「……ちょっと酷いよね。人様の内情にズカズカと踏み込みすぎというか」
「ねぇ、本当に変な事はしてないの? キスとか」
「してないって。いくらなんでも知り合ったばかりの人間にそんな真似しないでしょ、普通の人は」
「分かんないよ。だってあの女、普通じゃないもん」
「まぁ、確かに」
今日はただ一緒に歩き回っただけで済んだが次は何を命令してくるか予想がつかない。ただ1つだけハッキリしているのはあまり芳しくない内容だという事。
「でもこれからどうするの? まさか本当にあの女と付き合うつもり?」
「付き合うっていうか、付き合ってるフリっていうか」
「絶っっっ対にキスとかしないでよね!? もししたら泣くから」
「いや、もう泣いてるじゃん」
「エッチな事とか論外。あんな奴とそういう事したら私、私…」
「だ、だから変な想像しないでおくれよ。いよいよそんな事になったら何をしてでも逃げ出すからさ」
「……必ずだよ。約束だからね」
お互いに立てた小指を前方に移動。子供の取り決めのように絡め合った。
「しかしどうしたものかな。僕達の関係を内緒にしてくれたとはいえ、こんなふざけた条件を受け入れ続けるわけにはいかないし」
「雅人があの女に嫌われれば良いんだよ。そうすれば向こうから勝手に離れていくから」
「嫌われるって具体的にはどんな風に?」
「大勢の人の前でスカート捲るとか」
「いやいや、小学生じゃないんだから」
そんな真似をしたら通報されてしまう。しかも卑猥な行為だから発案者本人もブチ切れ確定。
「じゃあグーパンチ。乱暴しまくって近付けないようにしましょう」
「華恋じゃないんだから暴力は無理だよ。もっと現実的な案でお願い」
「デートの待ち合わせに全裸で行くとかは?」
「その作戦だと途中で捕まってしまう」
「なら風貌を変えてみるとか。髪型をモヒカンにして鼻ピアス装着」
「……君は一体どうしたいのさ。敵なのか味方なのか分からないんだけど」
持ち出す提案がただの悪ふざけにしか聞こえない。真面目さが皆無だった。
「くっそぉ。私にミラクルホーリージャスティスパワーが使えたらなぁ」
「何、その怪しさ満載のパワー」
「はっ、そうか! 私が直接あの女を消してしまえば良いんだ」
何かを閃いた彼女が目を見開く。床に手を突くと勢い良く立ち上がった。
「どこ行くの?」
「キッチン。包丁取ってくる」
「うわあぁぁあ、待って待って! それだけはダメだって!」
「離してよっ! だってこうでもしないと雅人をあの女に盗られちゃう」
「やったら華恋が刑務所に入って離れ離れになっちゃうじゃないか。落ち着いてくれよ、頼むからっ!」
夜だというのに2人で大騒ぎ。下にいる両親の所にまで響きそうな大声で。結局、何の解決策も見いだせないまま時間だけが経過していった。




