7 受取人と差出人ー4
「ふぁ~あ…」
そして結局、何も進展しないまま翌週を迎える事に。華恋とは相変わらず険悪な関係が継続中。日常的な会話は交わすが以前のようにお互いの部屋に行き来する事がなくなっていた。
「……隣、良いですか?」
「え?」
学食で1人淋しく焼きそばをすすっていると声をかけられる。長い髪の見知らぬ女子生徒に。
「あっ……ど、どうぞ」
「ありがとうございます」
椅子を持って位置を少し移動。食器が乗ったトレイも横にズラした。
「いただきます」
女子生徒が箸を持ちながら礼儀正しい挨拶をする。美味しそうなフライ定食を前に。
「えぇ…」
辺りを見回せばここ以外にも空席がチラホラ点在。何故わざわざ男の横を選んだのかが謎だった。
「そんなに離れなくても大丈夫ですよ。私、左利きですから」
「え?」
「それともここに座ったのが迷惑でしたか? だったらごめんなさい…」
「いや、そんな…」
腕と腕がぶつからないように更に距離を置く。その瞬間に再び彼女が言葉を発信。遠慮がちな意見をすぐさま手を振って否定した。
「学食はよく利用するんですか?」
「え~と、気が向いた時に」
「ここのご飯美味しいですもんね。私は頻繁に利用してますよ。たまに出る回鍋肉定食が大好きなんです」
「は、はぁ…」
「あと焼き鯖とか。トンカツは油っこいからちょっと苦手かな」
「……そうですか」
食事を始めてからも会話は止まらない。女子生徒は独り言のように次々と言葉を連投。
食べながらなのによくも言葉が詰まらないなと感心してしまう。何より名前も知らない相手に平気で私事をさらけ出せるのが凄かった。
「ふぅ、美味しかった。ご馳走様」
しばらくすると目の前の器が空になる。結局、間髪入れずに話しかけてくるので彼女が食べ終わるまで待つ羽目に。
「お水いります?」
「いや、大丈夫です。もう教室に戻るんで」
「そうですか。なら私も退散しようかな」
2人して立ち上がり食器を返却。騒がしい食堂を後にした。
「あ~、満足満足。お腹膨れちゃった」
「えっと……君、何年生?」
「ん? 3年」
「あ、なら同級生なんだ」
「そっ、赤井くんと一緒」
「え!?」
流れで女子生徒と並んで歩く。直射日光が眩しい廊下を。
「な、何で…」
「さぁ、どうして名前を知ってるんでしょう。少し考えてみようか」
話しかけた瞬間に彼女と視線が衝突。その表情は不気味な程に笑顔だった。
「……ひょっとして手紙の子?」
「あっ、やっぱり分かった? なぁ~んだ。ちゃんと届いてたんだ」
「やっぱり君が…」
「安心した。もしかして見てくれてないんじゃないかと不安だったんだよね」
「……ん」
「赤井くんはさ、七瀬って子知ってる?」
「へ? いや、それは…」
恥ずかしい話だが目の前を歩いている人物に見覚えがない。声も仕草も。
「勘違いしてそうだから言っておくけど私は七瀬じゃないよ」
「え? どういう事?」
「友達」
「はい?」
「私とその差出人の七瀬って子は友達。代わりに確かめにきたの」
「僕がちゃんとあの手紙を読んだかどうかを?」
「うん、そう。いつまで経っても音沙汰ないから気になって話しかけに来ちゃいました」
女子生徒が緊張感を微塵も感じさせない口調で喋り続ける。歩く足の動きを止めて。
「な、なんで君が確認しに来たの? 普通なら本人が来るハズじゃ…」
「ん~と……あの子、内気な性格でさ。直接相手に声をかける事も出来ないようなタイプなんだよね」
「僕に?」
「そうそう。で、赤井くんに振られたんだって落ち込んじゃったから『まだ分からないじゃん』って言って確かめにきたの」
「……なるほど」
「もしかしたら手紙が届いてない可能性もあるでしょ? でもまさか読んだ上でスルーしてたとはなぁ」
「うっ…」
彼女の言葉が胸にダメージを生成。少しだけ悪人になった気がした。
「念の為に聞いておくんだけどダメだったって事で……良いんだよね?」
「ま、まぁ…」
「やっぱり振られてましたか。ちなみに七瀬の事は知ってる?」
「ちょっと分かんないです」
「目が小さくてショートの子。背も低くてさ」
「え~と…」
焦りをごまかすように後頭部を掻く。名前を聞いても思い浮かばないのだから身体的特徴を並べられても分かる訳がなかった。
「前にね、赤井くんに助けられた事があるの。電車にぶつかりそうになった時に後ろから手を引いてくれたんだってさ」
「まったく記憶に無いです」
「そうかもね。アナタにとってはただの名も知らぬ女子生徒なんだから」
「は、はぁ…」
「けどその子にとっては救世主に見えたらしいわよ。ピンチに颯爽と現れて助けてくれた王子様に」
「王子様…」
そんな人助けをした覚えがない。知らず知らずのうちに七瀬さんとやらを助け出していたか。もしくは人違いをされている可能性もあった。
「ちなみにダメだった理由は聞いても構わない?」
「へ?」
「七瀬って子に見覚えがないのよね? なら振った理由ってやっぱり…」
「あの…」
「既にお付き合いされてる方がいるとか…」
「ち、違います! そういう人は別にいませんから」
「そうなんだ。それ聞けてちょっとだけ安心」
咄嗟に嘘をついてしまう。華恋の存在をごまかす為に。
「じゃあ絶対にダメって訳ではないんですよね? ただ単に面倒くさかったからとかかな?」
「……そんな感じです」
「ふ~ん、なら希望を捨てるなって励ましておこう」
「いや、あんまり期待させるのは良くないと思います」
「何故ですか? 友達なんだから少しでも良い情報を持ち帰ってあげたいんですけど」
「そ、それは…」
真実を告げたいが出来ない。そんな事をしたら2人揃って差別の対象にされる恐れがあった。
「別に付き合ってあげてとまでは言いません。ただアナタと仲良くしたがってる子がいるという事で納得してもらえませんか?」
「どういう事? あの記載されてた連絡先にメッセージを送れって事?」
「そうですね。あの子の事を何も知らないみたいだから友達から始めてみてはどうでしょう?」
「友達…」
それぐらいなら構わないかもしれない。直接本人に会わなければ。けど友達としてやり取りをしたとしても最終的には告白されてしまう。ならやはり接触自体しない方が良いのだろう。
「ごめん。それも無理……です」
「あらら、真面目さんなんですね。それとも硬派なのかしら」
「いろいろ訳があって友達からも難しいっていうか…」
「もしや心に決めた人がいると?」
「はい…」
片思いしてるという設定で固定した。これなら付き合っている人物を探られないし、華恋と並んで歩いていても仲の良い親戚同士ぐらいの認識で終わるハズだから。
「……そうですか。それは悪い事をしてしまいました」
「いえ、これぐらい平気です」
「ん~、でもおかしいなぁ。アナタのお友達に聞いたら好きな人はいないって答えたのに」
「え? 誰がそんな事を?」
「赤井くんのクラスメートの鬼頭くんです。お2人は仲が良かったですよね?」
「鬼頭くんか…」
以前に彼と恋愛絡みの話題になった時に好きな人の存在を否定した記憶がある。自分と華恋が双子だと知っている数少ない人物なので。下手に関係を勘ぐられては困るのでそう答えていた。
「お友達には言ってないけど本当は好きな人がいるって事ですか?」
「……そうです。恥ずかしいから内緒にしてました」
「へぇ。なら私が初めてその情報を聞いた人間って事ですかね?」
「ま、まぁ…」
返事を聞いた女子生徒が薄ら笑いを浮かべる。その表情には明らかな他意が存在。まるで獲物が罠にかかるのをジッと待っている捕食者のような顔だった。
「あっ、ちなみに私の名前は小田桐って言います。小田桐茜」
「小田桐さん…」
「じゃあまた会いましょうね。硬派な王子様」
女子生徒が取り出した生徒手帳と共に名を名乗る。意味深な言葉を残したかと思えばスカートを翻しながら走り去ってしまった。




