7 受取人と差出人ー3
「……え」
翌日、休み時間に引き出しの奥を漁る。見覚えのない封筒を見つけたので。
入口にはタヌキをモチーフとしたキャラクターシールが存在。更には赤井雅人様という丁寧な宛名も書かれていた。
「な、何でこんな物が机に…」
慌てて封を開ける。中を覗くと三つ折りにされている便箋を発見。
「七瀬…」
それは予想していた通りラブレターだった。筆圧が弱く、いかにも女子が書いたと思われるような丸文字での文面。七瀬と名乗る人物は簡単な自己紹介と、また手紙を出す事だけを一方的に記していた。
「う~ん…」
記憶を頼りに該当する人物を炙り出す。だがまるで思い浮かばない。
「イタズラかなぁ…」
うちのクラスにも昨日のヤンキー集団のようなグループが存在。丸山くんがたまにからかわれたりしていた。
もしこれが何者かの嫌がらせなら自分のリアクションを見て楽しんでいるハズ。考えたくはないが監視されている状況だった。
「どうしよう…」
知り合いに相談してみるべきかもしれない。とはいえ誰に打ち明ければ良いのか不明。
「こわっ…」
恐る恐る後ろに振り返ると目があう。眉間にシワを寄せている華恋と。
彼女にだけは絶対に見つかる訳にはいかない。この日は1日中平静を装って過ごした。
『もし友達になってくれるならここにメッセージ送ってください』
そして翌日にも謎の人物からの手紙が届く事に。しかも今度は行動の条件付きで。まずはネットで繋がって親しくなりたいという考えなのだろう。現代風の悪くない付き合い方だとは思った。
「はぁ…」
溜め息をつきながら手紙を鞄の中に仕舞い込む。もう前日のような動揺はしていない。差出人が誰なのか分かってしまったからだ。
「……ふんっ」
首から上だけを動かして振り返る。離れた席の人物を見る為に。まさかイタズラを仕掛けてきた犯人がこんな身近にいたなんて。危うく引っかかってしまうところだった。
「しかしまたリアルに作り込んだものだ…」
もしこの手紙に浮かれてメッセージを送っていたらブチ切れていたのだろう。以前の幼女拉致未遂の時のように。
ギリギリの状態で体裁を守れた事に安堵する。ワザと気付いていないフリをしてやろうと心の中で誓った。
「これ邪魔だなぁ…」
けれど帰宅後にその考えがぶれる。机の上に置かれていたお土産のバッグが原因で。
せめて飛び出していく時に持っていってくれたら良かったのに。喧嘩した日から置き去りになっていた。
「たのもぉ~」
包丁で刺しに来られても困るので渡しに行く事を決意。階段を下りて客間へと移動した。
「今って良い?」
「な、何よ。ノックも無しに入ってきて」
「これ。プレゼントしたのに置いてくからスペース取っちゃってさ。わざわざ持ってきてあげた」
「……あ」
襖を開けた瞬間に壁にもたれかかっている部屋主を発見する。その場所に向かってバッグを投げた。
「わっ……とと」
「ナイスキャッチ」
「投げるな、バカ! 顔に当たっちゃったじゃん!」
「忘れてった方が悪い。それじゃ確かに渡したから」
「あっ…」
「ん?」
「な、何でもない…」
退出しようと振り返る。同時に後ろから小さな声が聞こえてきた。
「……別に怒ってないから。この前の事も手紙の事も」
「え?」
「ただ自重はしてほしい。積極的に言い寄られたらやっぱり困るよ。ましてや試されるなんてちょっとムカつく」
「な、なんの話…」
「こんなふざけた真似しなくても浮気なんかしないって。だから変な嫌がらせはやめてくれよ」
せっかくなので抱えていた不満をぶちまける。ポケットから取り出した封筒を見せつけながら。
「……何それ」
「何って、華恋が作ったイタズラ手紙じゃん」
「し、知らないよそんなの。なにイタズラ手紙って」
「この状況でまだごまかすつもり? まさか気付かれてないとでも思ってたの?」
「さっきから何言ってるの? 手紙って何の事? その封筒なんなのよ」
「はぁ…」
呆れるように溜め息をついた。腰に手を当てて。
「だ、誰かに手紙貰ったの。誰!?」
「え?」
「女子からなの、その手紙!」
「ちょ、ちょっと待って。これ華恋が書いたんじゃないの?」
「違う! 私、そんなの書いてない!」
「嘘…」
立ち上がった彼女が勢い良く接近。鬼気迫る表情で問い詰めてきた。
「貸して」
「あっ!?」
続けて封筒を奪い取っていく。本人の意思を無視して強引に。
「ま、またどうせ騙す為に仕込んだんでしょ? 前に颯太にも同じイタズラやった事あるもんね」
「……ん」
「言っとくけどこんな文面じゃ騙されないからね。作り話ってのが見え見え」
「む…」
「あの……聞いてる?」
話しかける言葉はことごとくスルー。対話相手は目の前の便箋に釘付けになっていた。今日、手に入れた2枚目の封筒に。
「……これどこにあったの?」
「え? 机の中に入ってた。机っていっても学校のね」
「本人に会ったの? 直接渡されたとか」
「いやいや、会ってないし。もし会ってたなら華恋の仕業だと疑うもんか」
「それもそうか…」
この一連の言動も演技だとしたら真に迫っている。だが薄々彼女が嘘をついていないのではないかと考え始めていた。
「本当に華恋じゃないんだよね? これ書いたの」
「だからそうだって言ってるじゃん。私、そのアプリ使ってないし」
「だから華恋かもと疑ったんだよ。既に登録してたら別のアカウントが使えないでしょ?」
「筆跡だって違うし、そもそも私の仕業ならこうやってバレた時点で白状してるわよ」
「……そうなんだよね。うん」
ならやっぱり彼女はこの件に何も関与していない。無関係であり無実。
「じゃあ……これは誰が書いたんだろう」
考えられる可能性は2つ。華恋以外の人物からのイタズラか、もしくは本物か。
「はぁ…」
翌日の机の中は空っぽだった。昨日記載したサイトでのメッセージ待ちなのだろう。例えこれが嫌がらせだったとしても。
「ややこしいなぁ…」
無視し続けるのが一番だとは思っている。誰かがからかっているとしたら相手にしないのがベスト。もし本物の告白だとしても華恋の事があるから受け入れる訳にはいかない。ただ昨夜の彼女の言動が頭の中の考えに迷いを植え付けていた。
『……好きにすれば』
どう対処すればいいかを尋ねてみた末に突き付けられた一言。怒りを含ませた冷淡な口調での台詞。その言葉の真意は分からない。今までの華恋なら間違いなく動揺して激怒してくるハズだから。
「メッセージで断ろうかな…」
相手が匿名ならスルーの一沢。ただこの女の子は自分の名前を名乗っている。こんなシチュエーションで無視したら勇気を振り絞った行為を踏みにじる気がしていた。
「う~ん…」
更にメッセージを送る前にもう1つしなくてはいけない作業がある。この差出人の七瀬という人物が本当に存在しているのかという事。
自慢じゃないが同級生の半分も顔を記憶していない。女子となれば尚更曖昧。
教室を回って確認しようと思ったが他のクラスにはほとんど知り合いがいない。見ず知らずの集団に突撃して存在しているかも分からない人物の有無を尋ねる度胸が無かった。




