7 受取人と差出人ー1
「うぉりゃあっ!! お前らまた明日な、うぉりゃあっ!!」
夕方の教室で担任が大声で叫ぶ。1日の授業の終了を知らせる言葉を。自由を得た生徒達は小屋から飛び出す鳩の群れのように教室を出ていった。
「……っしと」
机の中身を全て鞄に移す。忘れ物が無いか引き出しの中を確認しながら。
「ん…」
作業を完了させた後はゆっくりと起立。同時に恐る恐る体の向きを半回転させた。
「うわっ!?」
人が勢い良く目の前を通過していく。失礼な事に持っていた鞄を机にぶつけて。しかしその人物は一言も謝る事なく廊下へと出て行ってしまった。
「ビ、ビックリした…」
突然のトラブルに怯える。妹の悪質な嫌がらせに。
「はぁ…」
もう今までに何度彼女と喧嘩をしたか分からない。些細な口論も含めれば2桁。そのほとんどが嫉妬を含んだ意地の張り合いだった。
また今回だって2、3日でほとぼりが冷めると分かっている。ただ仲直りしたとしても解決していないのも事実だった。
「赤井くん、今日バイト休み?」
「ん? そうだよ。今、帰ろうかと思ってたところ」
「なら一緒に出ようぜ。ゲーセンでも行って遊ぼうや」
「あ、うん。分かった」
鬼頭くんに誘われたので寄り道する事に。2人並んで廊下に出た。
「あそこのゲーセンで良い?」
「どこでも良いよ。あ、でもなるべくならクイズゲームがある所が良いかな」
「OK。チャリを駅前に停めて電車に乗るのもアリか」
「他に誰か誘う? 丸山くんとか」
「う~ん……俺、アイツ苦手なんだよな」
「そ、そうなんだ」
「でも赤井くんが誘いたいってんなら声かけても良いよ」
「え~と…」
そんな事を言われたら誘える訳がない。彼らの仲が微妙なのは前から知っていたが改めて聞かされると複雑な気分になった。
「と、とりあえず今日は2人でいっか」
「そだな。じゃあ行くか」
下駄箱で靴に履き替える。駐輪場で自転車を回収すると校舎脇の道を歩いた。
「あれ? 何でお前ここにいんの?」
「バイトが休みだから遊びに来ただけ。まだ帰ってなくて良かった」
「そうなんだ。俺達待ってたの?」
「それ以外に誰がいるっていうのよ」
校門付近までやって来た所で赤い制服を着た女子生徒と遭遇する。友人の妹と。
「どうして待ち伏せしてたの? 急用?」
「待ち伏せっていうと言葉が悪い。せめて待ち合わせにして」
「だって事前に約束してないじゃん」
「そうだね。連絡したけど返事来なかったし」
「あ…」
彼女の言葉に反応してスマホを確認。数件のメッセージが届いていた。
「ご、ごめん。今、気付いたよ」
「いえ…」
「ん?」
すぐに謝る。状況を理解していない鬼頭くんを間に挟んで。
「お前、これから暇なの?」
「まぁ……お兄ちゃん達はどこか行くところだったの?」
「ゲーセンにな。暇なら一緒に行くか?」
「そだね。たまには付き合ってあげようかな」
予想外の仲間が1人追加。自転車を押す後輩を加えて3人で歩き出した。
「そういえば妹さんは…」
「え?」
「一緒じゃないんですか?」
振り返った優奈ちゃんと目が合う。触れられたくない話題を尋ねられながら。
「え~と、先に帰っちゃって」
「そういや昼休みも別々に過ごしてたよね? なんかあったの?」
「あったっていうか…」
「またトラブってるんですね」
「……うっ」
「え? 赤井くん達、喧嘩してんの?」
「ま、まぁ…」
あっさりと見破られてしまった。今の自分達の現状を。
「妹さんがワガママ言ってきたんですか?」
「う~ん、どうだろ…」
「おい、白鷺さんがワガママ振り撒くハズないだろ。適当な事を言うな」
「はぁ? 何言ってんのバカ兄ぃ。あの人そんな真面目じゃないからね」
「ふざけんなよ、お前。白鷺さんの事なんか大して知りもしないクセに。デタラメ言うなや!」
「知ってるよ。住所も連絡先も」
「はぁ!?」
「いつの間に…」
鬼頭くんと反応が被る。驚きのリアクションが。
知らないうちに彼女達はお互いにやり取りする間柄になっていたらしい。それは決して仲の良い友達ではなく恋敵としての繋がりだが。
「どうしてお前が白鷺さんの連絡先知ってんだよ。俺ですらまだ教えてもらってないのに」
「同じ妹同士だからって理由。あと趣味とか合うから」
「あぁ、なるほど」
「いやいや…」
適当な言い分に鬼頭くんがアッサリ納得。彼は恵まれた見た目とは対照的に天然な部分があった。
「先輩も大変ですね。自分勝手な妹さんに振り回されっぱなしで」
「まぁ前よりは慣れちゃったかな。大変だけど」
「白鷺さんの要求なら大歓迎だわ。俺が赤井くんの立場なら喜んで受け入れるね」
「何コイツ。キモイ、バカ兄ぃ」
「でも優奈も可愛い妹だけどな。背は小さいし女らしくないけど、だからこそ守り甲斐があるっていうか」
「あんまりこっち寄ってこないで、キモ兄ぃ」
「たまにこうして懐いてくるから嫌いになれないんだよな。どんなに邪険に扱われても」
「ちょっと一発鈍器か何かで殴っていい? ヘンタイ兄ぃ」
シスコン自慢をしている兄を妹が罵っている。毒舌な口調で。
相変わらず彼らは喧嘩ばかり。けれどその間には嫌悪感を剥き出しにした壁が感じられなかった。
「ん…」
もし自分と華恋が最初から家族だったなら目の前の2人のように過ごしていたのかもしれない。今のような歪な関係ではなく程よい距離を保ちながら。
どちらが正解かは不明。ただ羨望の眼差しを向けている心境は理解出来た。




