6 抑止と峻拒ー4
「おぉ、着いた着いた」
それからダラダラと歩き続けて目的地へとやって来る。たくさんの女子がいる空間に。入口には学校名と文化祭を大々的にアピールする看板を発見。せっかくなので皆で記念撮影をした。
「5人お願いします」
「はい」
財布から招待状を取り出す。枚数を確認した後は受付にいる生徒に提出した。
「こ、これは!?」
「え? 何かまずかったですか?」
「いえ、大丈夫です」
「………」
本当にこんな紙切れで鉄壁を越えられるのか。そう不安に駆られていたがあっさりと進入に成功した。
「うおおぉおぉぉ、すげーーっ!! 女子ばっかだ!!」
颯太が奇声を発する。赤い制服を着た女子の群れを見て。
予想していたよりも男女比率の差が凄い。来場者のほとんどは女性だった。
「うひぃ…」
場違い感がヤバい。来てはいけない場所に足を踏み入れてしまった気分だった。
「……先輩」
「え?」
辺りの視線を気にしていると声をかけられる。聞き覚えのある優しくて暗い声に。
「あっ、優奈ちゃん」
「よく来てくださいました。お待ちしてましたよ」
「ま、魔女?」
振り向いた先には招待状をくれた後輩が存在。ただ彼女は全身黒の衣装に身を包んでおり別人に変貌していた。
「はい、魔女です。今日の為に頑張ってミシンで作ってみました」
「へぇ、そうなんだ。凄いね」
「というのは冗談で本当は雑貨屋さんで買ってきました。手作りではありません。私、裁縫とか嫌いなんで」
「あ、そう…」
よく分からないボケが炸裂する。ツッこむべきか判断が難しいジョークが。
「あら、可愛い」
「うわぁ、ハロウィンだぁ」
続けて同行していた女性陣が後輩の周りへ。突発的な品評会が始まってしまった。
「ちょっ…」
「この肩に乗ってる猫は人形なの?」
「はい。首に巻き付けるタイプのヌイグルミなんです」
「へぇ、ならこの杖は本物なのかしら?」
「あ、あの……本物とはどういう意味でしょうか」
智沙と香織が黒い衣装をベタベタと触りまくる。遠慮の無いおばちゃんのように。
「いいなぁ。私も着てみたい」
「あれ?」
「うん」
「さすがに高校生の服を小学生が着る訳には……と思ったけど体のサイズはそこまで違わないか」
女性陣の中で唯一馴れ合いに加わらないすみれと会話を開始。頭の中で性悪な魔女を思い浮かべた。
「と、とりあえず皆さん。本日は我が校の文化祭まで足を運んでいただいてありがとうございます」
「いえいえ」
「厳しそうなイメージの学校ですが、柔軟な性格の生徒が多いので楽しんでいってください」
「は~い」
「私はご一緒出来ませんが、もし道に迷ったり困った事があれば腕章を付けている生徒に尋ねてください。文化祭の実行役員なのでいろいろ教えてくれますので」
「イエッサー!」
大まかな出し物の配置や、お勧めのイベントなんかを教えてもらう。優奈ちゃんは同行出来ないらしいので名残惜しいが別れて奥へ。
「ん~、どれどれ」
「おい。俺にも見せてくれよ」
入口で貰ったパンフレットに皆で注目。遠足のしおりを彷彿とさせる用紙を広げた。
「体育館でコンサートと演劇やるみたいよ」
「誰が出るの? 芸能人?」
「バァ~カ、この学校の生徒がやるに決まってんでしょうが」
「脱出ゲームってのあるよ。楽しそう」
「本当だ。なら後で行ってみよっか」
それぞれが気になる出し物に足を運んでみようという流れに。自分は特にこれといった希望が無かったのでひたすら後ろから付いていく事にした。
「ちょっと、アタシのフランクフルトかじったの誰!?」
「モグモグ……さぁ、俺はモグモグ知らないな、モグ」
「貴様かぁーーっ!!」
「ぐあっ!?」
チャレンジ式のゲームで楽しんだり、唐揚げやらお好み焼きを食べて空腹をしのいだり。自分達の学祭では皆バラバラに行動していたので全てが有意義だった。
「どしたの? さっきから元気なくない?」
「う、うぅん。大丈夫…」
「ん?」
約1名だけ暗い顔をしているメンバーを見つける。厳密に言えば作り笑顔を振りまいている子供を。
「気分悪いなら言いなよ。倒れてからだといろいろ困るし」
「別に平気。ちょっと食べ過ぎちゃったのかも、あはは…」
「本当かな…」
もしかしたら緊張しているのかもしれない。知らない人達に囲まれているので。
「どこか行きたい場所ない? ここ見たいってリクエストは」
「特には無いかな。雅人くん達が行きたい場所に付いて行くから大丈夫だよ」
「すみれの気になる出し物あったらそっち行くよ。お金の事は心配しなくて良いから」
「本当に平気。だからあんまり気を遣わないで」
「ふ~ん…」
口では強気だが要所要所に陰りが存在。明らかに普段と比べてテンションが低かった。
「これ可愛い~」
「こっちのとお揃いみたいだよ。リボンの色が違うんだね」
校内を散策中に優奈ちゃんのクラスを訪れる。生徒の私物が多数並ぶバザーへと。
出入りが厳しい割に出店品の制限は緩いらしい。手作りの人形やネックレスが売られており集客力は高かった。
「お兄さんお兄さん。何か買っていかない?」
「え、え~と…」
「彼女にプレゼントしたら喜ばれるよ。このヌイグルミとかさ」
「彼女…」
熱心に物色している智沙と香織から離れて歩く。その途中でサングラスとマスクを装着した女子生徒が接近。
「う~ん…」
お土産ぐらい買っていくべきかもしれない。小物類を前に屈み込んだ。
「これなんかどう? モザイクが消せる装置」
「それはちょっと…」
「ならこっちは? 嫌いな相手に不幸をお見舞い出来る呪いのソルジャー人形」
「特に恨みを持ってる相手はいないので」
「ん~、だったらこの超回復促進プロテイン下剤はどうだ!?」
「……何、ここ」
怪しげな商品ばかり売られている。不気味に動くロボットに、紫色をした怪しい液体等が。
新品同様のバッグが売られていたのでそれを購入。お金を渡すと女子生徒からサムズアップを向けられてしまった。
「すみれは欲しい物ないの?」
「む~」
「1個だけなら買ってあげるよ。好きなの選んで良いから」
「む~、む~」
ついでに連れにも声をかける。並べられているクマの人形をずっと凝視している同行者に。
「これが欲しいの?」
「お姉ちゃんが好きなんだよね、こういうの。たくさん集めてるから」
「へぇ、ならお土産にどれか1つ買ってく?」
「んん~、でも私も欲しいしなぁ」
「あぁ。それで悩んでたのね」
自分の分かお姉ちゃんの分かで迷っているのだろう。何とも可愛らしい悩みだった。
「いいよ、なら2人分買っていこう。特別に大サービスだ」
「え、良いの!?」
「せっかくここまで来たんだからね。選別は任せる」
「ならコレとコレとコレと、それからコレと」
「ちょ……いくつ買う気なのさ!」
なるべく綺麗そうなのを選んで購入。赤と黄色のリボンを付けた色違いのヌイグルミを。お金を渡すと再び女子生徒からサムズアップを向けられてしまった。
「ありがとうね、雅人くん。きっとお姉ちゃん喜ぶよ」
「いつか返しておくれよ。社会人になったら」
「大丈夫大丈夫。そのうち10倍にして返すから」
「また適当な事を…」
熊の人形を10倍返してもらっても嬉しくない。迷惑なだけ。ただ彼女の顔には少しだけ笑顔が戻っていた。
「あの2人いつまで粘るんだよ。もう20分はここにいるぞ」
「本当だね。ずっと見てて飽きないのかな」
買い物を済ませた後は廊下で待機していた颯太の所へと戻ってくる。まだ教室で物色を続けている女子2人を横目に。
「ん? 何か買ったの?」
「うん。この子へのプレゼントと華恋へのお土産を」
「エッヘヘ。人形買ってもらいました」
「へぇ、良かったね」
颯太の伸ばした手が小さな体に移動。そのまま頭を優しく撫でた。
「はあぁ……しかし待ってるだけってのは退屈だなぁ」
「確かに」
「そういえば恵美ちゃんはどこにいんだよ。さっきの校門にいた子とは違うクラスなのか?」
「……あ」
会話の流れでもう1人の後輩の存在を思い出す。この学校に在籍している生徒を。目の前の教室を見回してみたがそれらしき姿を発見する事は出来なかった。
「トイレかな…」
ひょっとしたらどこかで宣伝係をやっているのかもしれない。入口にいた魔女同様にコスプレをして。
「だああぁあぁぁーーっ!! もう我慢出来ん!」
「何々? どうしたの?」
「雅人。俺、別行動とるわ」
「へ?」
「ここであの2人待ってるの退屈だからどっかその辺フラフラしてくる。終わったら連絡してくれ」
「ちょっ…」
購入物を確認していると痺れを切らした友人が立ち上がる。彼は制止の声も聞かず人混みの中に突撃していった。
「えぇ…」
自分も付いて行くべきかもしれない。しかし迷っているうちに見失ってしまったので諦めた。
「……どうしよう。僕達もどっか行く?」
「どこに?」
「どっかその辺ブラ~っと」
「仕方ない。付き合ってあげますかね」
「別に無理しなくてもここに残っててくれて良いよ」
退屈そうにしているお供に声をかける。香織達に『適当に散歩してくる』とだけ伝えてその場を離れた。




