6 抑止と峻拒ー2
「じゃあいくよ。誰が負けても恨みっこ無しだから」
「うおぉ、緊張するぅ」
そして当日、妹2人とお互いを見つめる形で向かい合う。それぞれ利き手を懐に隠して。
「ジャ~ンケ~ン」
「ほいっ!」
決まった掛け声と共に手を前方に移動。握り拳を作っている自分と香織に対し、華恋だけが人差し指と中指を立てていた。
「……あ」
場が一瞬だけ凍結する。動画の一時停止のように。
「なら居残りするのは華恋って事で」
「え、え…」
「いつ来るか分からないけど来たら宜しく」
「えーーっ!!?」
昨夜のご飯時、母親から1つの命令が下された。業者の人が警報機の点検に来るから誰か家に残っていてほしいと。
この辺りの住宅を順番に廻ってくるから正確な時間は分からない。ただ運悪くその日付が文化祭の日と被ってしまったのだ。
「しかしまさかこんな日に点検作業とは」
「タイミング悪すぎだよね。せめて1週間ズラしてくれれば良かったのに」
「うん。しかも父さんも母さんもいない日とか」
学祭決定組は外出の準備を開始。いつもより少しだけオシャレな服に身を包み、最低限の手荷物を装備した。
「……っと、これは忘れないようにしないと」
財布の中に保管していた用紙を確認する。これが無いと文字通り門前払いを喰らってしまうので。
「それじゃあ行ってくるね」
「うぅ…」
「何かお土産いる? 買ってくるかは分からないけど」
「……本当に行っちゃうの?」
「へ? そりゃ行かない理由がないんだし」
支度を終えると再びリビングへと帰還。そこには泣きそうな表情を浮かべている敗者がいた。
「私も行きたい。雅人たちと一緒にお祭り行きたい」
「いやいや、無理だって。華恋はジャンケンに負けたじゃん」
「点検なんて無視しちゃえば良いよ。どうせ異常なんか無いんだからさ」
「そういう問題じゃないんだってば。異常が無い事を確認してもらう為の点検なんだから」
「でも家に残ってたら学祭行けないじゃん。私も行く」
「ズルいよ。負けた人が残るってジャンケンする前に決めたじゃないか。誰が負けても恨みっこなしだって」
彼女が駄々をこね始める。聞き分けのない子供のように。
「だって行きたいんだもん!」
「ワガママ言わないでくれよ。最低でも誰か1人が残ってないといけない。そして華恋が勝負に負けた。それが事実」
「そんなこと言われても…」
「恨むなら自分の運の無さを恨みなよ。それとも香織を残らせて2人で学祭に行く?」
「そ、それは…」
揃って視線を横にズラした。話し合いを無言で聞いていたギャラリーの方に。
「やっぱり華恋が留守番するしかないね」
「……うぅ」
彼女が何を言いたいかは分かっている。どうせ行けないのなら一緒に残ってほしいのだろう。
しかしそれだとメンバーが香織、智沙、颯太の3人に。ほとんど面識がない人物ばかりを向かわせるのは招待状をくれた後輩に悪いのでさすがに無理だった。
「というわけで居残り宜しく」
「じゃ、じゃあ行ってくるね。華恋さん、ごめんなさい」
振り返って玄関へと歩き出す。厳しい台詞を突きつけながら。
「うわあぁあぁぁぁぁっ!!」
「ちょ……何するのさ!」
「行っちゃやだああぁぁあぁあっ、置いてかないでええぇぇっ!」
「離してくれぇっ! くっ付くなぁ!」
その瞬間に背後から凄まじいタックルが炸裂。華恋が取り乱した様子で抱き付いてきた。
「雅人おおぉぉぉっ!」
「やめてくれよ、歩きにくい」
「私も一緒に行ぐううぅぅぅ、置いてけぼりはやだあああぁぁ!!」
「ぎゃあぁーーっ!? 服がっ!」
外出用のシャツがタオルへと変貌する。涙を拭うアイテムへと。
「悪いけど先に出てて。後から行くから」
「わ、分かった…」
こんな所で躓くわけにはいかない。とりあえず目を丸くしていた香織を一足先に逃がした。
「あのさぁ、子供じゃないんだから泣き喚くのやめようよ」
「だって、だっでぇぇ…」
「別に2人っきりで密会する訳じゃないんだから良いでしょ? 皆で余所の学校に遊びに行くだけだってば」
「私も連れて行って。ダメなら一緒に残って」
「だから…」
説得の言葉を聞き入れてくれない。強情な性格を考えたら当然なのだが。
「悪い」
「え?」
このままでは埒が明かないと判断。実力行使に出る為に無防備な脇腹へ手を伸ばした。
「ちょ、ちょっと…」
「確か敏感だったもんね。特にこの辺りとか」
「やめっ…」
「ほっ」
「く、くすぐった……ダメダメダメっ!」
「そっちが無駄な抵抗するからだよ」
「そこは本当に……くくく」
「なら早く諦めてくれ」
指先を激しく動かす。鍵盤を打鍵するように何度も。
「あっははははっ、やめてってば。触んないでよ!」
「しつこいなぁ」
「あ……んんっ」
「早くしないと遅刻して智沙に怒られちゃう」
「んはぁっ、ハァッ…」
「こんの…」
「ちょ、そこはダメぇ…」
脇腹からお腹にかけて激しくタッチ。目の前にある体はクネクネと動いていた。
「んんっ、んっ…」
「あ、あれ?」
だが途中で異変に気付く。鷲掴みにしている肉が柔らかすぎる点に。イメージより脂肪が多い。しかも微妙に心地良かった。
「ちょっとぉ……いきなり何なのよぉ」
「え? え? へ?」
「……っはあっ、はぁ」
「うわぁーーっ! ご、ごめん」
反射的に飛び退いてしまう。全力でセクハラしていた事実を知って。
「んんっ、んっ…」
「すいません、すいません」
「ハァッ、ハァッ、ハァッ…」
「申し訳ない」
屈んで様子を確認。同時に胸を触ってしまった事を謝罪した。
「……ば、バカぁ」
「ゴメン、てっきりお腹をつまんでたのだとばかり」
「い、いきなり何て事するのよ。やるならちゃんと言ってからに、しなさいよ……んっ」
「いや、別にそういうつもりで触った訳じゃないから…」
決してやましい気持ちで触れたのではない。不慮の事故。
今なら振りほどいて逃げる事も容易いだろう。けれどそうすると支えを失った体は倒れてしまう。それほどまでに対戦相手はフラフラになっていた。
「とりあえずソファに…」
「んんっ!」
「うわっ!?」
脇に手を回して玄関とは逆方向を目指す。その途中で彼女が顔に急接近。
「……もっと、触ってぇ」
「へ?」
キスしてきたかと思えば耳元で小さく囁いた。有り得ない内容の台詞を。
「さ、触りたいんでしょ? 私の体。ならもっと触っても良いよ」
「いや、あの…」
「大丈夫。覚悟は出来てるから」
「えぇ…」
どうやら予想以上に敏感だったらしい。その表情は熱を出した時のように真っ赤だった。
「……んはぁっ、ハァッ」
「華恋?」
「ま、雅人ぉ……大好きだよ」
「何々、どうしちゃったのさ…」
完全に暴走している。触れてはいけないスイッチを押した事で。
「は、早くしてよ…」
「ちょっ!」
困惑している間にも猛アピールがスタート。胸を体に押し付けてきた。
「ごめんっ!」
「キャッ!?」
「……あ」
「いっつぅ…」
腕を掴んで一歩退く。直後に目の前にある体が床に倒れた。
「悪い、帰って来たら謝るから!」
助けたいがこれ以上この場に留まっている訳にはいかない。大慌てで玄関に逃走した。
「うひぃ…」
外に出ても心臓がバクバクと鳴っている。ハッキリと意識出来るレベルで。




