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5 恥と悦ー6

「雅人くんは自分の教室にいなくて良いの?」


「もう出番は終わったから。後は終わるまで自由なのさ」


「へぇ。でもならどうしてまだその服着てるの?」


「ん? これ華恋の制服なんだよ。向こうはまだ働いてる最中」


 簡単に事情を説明する。妹と中身を入れ替えている為に着替えられないという状況を。


「華恋お姉さんって美人だよね。うちのお姉ちゃんと大違い」


「すみれのお姉ちゃんって怖いの?」


「ぜ~んぜん。私よりオッチョコチョイだし」


「そうなんだ。けど可愛らしい感じの人だったよね」


「ところがどっこい。超天然なバカだよ?」


「酷い妹だ…」


 まともに顔を見た事も会話した経験もない。ただおおらかな雰囲気を纏っていた点だけは記憶の片隅に残っていた。


「お姉ちゃんと華恋お姉さんを交換してほしいなぁ」


「やめときなって。そんな良い奴じゃないから」


「どうして? 綺麗だし優しいし完璧じゃない」


「それプラスワガママで暴力的だよ? しかも腹黒で毒舌」


「嘘だぁ。だってこの前、私がお腹痛くなった時だって親切に看病してくれたじゃん」


「あれはたまたまだよ。本心では『焼いて食うぞガキンチョ』って考えてたんだって」


「ひ、人喰い族なの? 華恋お姉さんって…」


 普段の仕返しとばかりに情報を暴露する。有ること無いこと思いつく限り適当に。


「……それで壁を殴りすぎて拳を痛めちゃったんだよ」


「うわぁ、可哀想」


「ただその現場をたまたまボクシングジムの会長が見ててね。それでスカウトされてさ」


「すげええぇぇぇ!」


「なのにスパーリング相手を殴り殺して全てがパァ。ストレートが上半身を貫通しちゃったんだ」


「こわぁい…」


 誇張に誇張を追加。話が途中から現実離れしていた。


「華恋の鞄の中には常にメリケンが忍ばせてあって、気に入らない相手にはそれを使ってキツい一発をお見舞いする訳よ」


「メリケンって何?」


「ん? メリケンってのは喧嘩の時に手にはめる金属の武器で…」


 両手を使ったジェスチャーで表現する。その途中で腕に影が発生した。


「げっ!」


「あっ、お姉さんこんにちは」


「こんにちは…」


 人の気配を感じたので振り返る。そこにいたのはクラスメートの男子。正確には男子生徒の制服を着た女子生徒だった。


「さっきから電話してんのに全然出ないし、捜し出すのに苦労したわよ……ったく」


「あ、ゴメン。気付かなかった」


 指摘を受けてスマホを確認する。着信が4件もきていた事が判明した。


「2人で何してたの? こんな所で」


「えっと、この子がお姉ちゃんとはぐれちゃったみたいで。それで今まで付き合ってた」


「そうなんだ。お姉ちゃんの連絡先って分かる?」


「あ、はい。もう少ししたら迎えに来てくれるって言ってました」


「そっか。なら良かった」


 状況を簡単に説明。事実とは若干ズレているが問題ないレベルだろう。


 その後、妹と制服を交換して元通りに。汗でベタついた化粧も水で洗い落とした。


「ふぅ、ようやく落ち着いた」


「結構似合ってたじゃん。また機会があったら着てみようね~」


「……丁重にお断りさせていただきます」


 変な目で見られるとか勘弁。二度と女装なんかしないと心の中で固く誓った。


「あっ、お姉ちゃんからメッセージきた」


「何だって?」


「今、終わったって。迎えに行くから場所教えてってさ」


「運動部の部室前にいるって返せばいいよ。じゃあ、もう付き添わなくても良いね」


「ん、ありがとう。バイバ~イ」


「バイバイ」


 黄色いポーチの中から軽快なメロディーが鳴り出す。どうやら待ち合わせ相手から連絡が来たらしい。


 彼女のお姉さん達と鉢合わせしないようにその場から移動。別に顔を合わせてはいけない理由は無いのだが、何となく邪魔になる気がして立ち去った。


「あの子のお姉ちゃんもこの学校の生徒なの?」


「らしいよ。1年生だってさ」


「へぇ、奇遇だわね。家も隣で学校まで同じだなんて」


「華恋はこれからどうする? 僕は丸山くんと一緒に颯太のクラスに行くけど」


「えぇ~、一緒に見て回ろうよぉ」


 制服の裾を掴まれ引っ張られる。離れたくない意思を訴えかけるように。


「いや、友達と廻りなよ。せっかくのイベントなんだし」


「せっかくのイベントだから2人で見て廻りたいんじゃん。だって今年で最後なんだよ?」


「……まぁ確かに」


 来年の今頃はこの場所にはいないかもしれない。外来として足を運んでいる可能性はあるが、少なくとも生徒として参加出来るリミットは今日だった。


「なら一緒に見て廻ろっか」


「やった!」


「ちょ…」


 返事の直後に彼女が急接近。体当たりする勢いで抱き付いてきた。


「にっひひぃ~、デートデート」


「さ、さすがにここで腕繋ぐのはやめない?」


「良いじゃん、どうせ知り合いには見られてないんだし。それにこんだけ人たくさんいたら会う事なんかないって」


「いやぁ、分からないと思うよ…」


 さすがにその考えには同意出来ない。先程まで遭遇しまくりだったから。引き離そうと試みたが諦めてくれないのでそのままの状態で歩き始めた。


「そういやお腹空いてない? お昼ご飯、まだでしょ」


「空いた空いた~。ペコペコだから何か食べたい」


「ならまずは腹拵えだね」


「あっ、ちなみにさっきあの子としてた会話は盗み聞きしてたから」


「ひえっ!?」


「帰ったら覚えてなさいよ。くひひひひ…」


 不気味な笑顔を向けられる。悪い魔女を彷彿とさせる表情を。


「か、帰ったら一緒にお風呂入ろっか。背中流してあげるよ」


「マジで!?」


「うん。たまには良いかなぁと」


「……なら許してあげようかな。さっきの事も」


「そりゃどうも…」


 心の中で小さくガッツポーズ。なんやかんやで彼女の扱いにも慣れてきた。


 もちろん適当に理由をつけてバックれる予定。本当に実行しては倫理的にマズイので。


「よ~し、じゃあ行きますか。お兄ちゃん?」


「お化け屋敷?」


「……そういう事を言うのやめなさいよ。泣くわよ?」


「冗談。さっきもう行ったからいいや」


 2人並んで校内を散策。家族や友人達に見つからないように警戒しながら。


 たくさん恥はかかされたがそれらを全て含めて楽しい。1年後の今日、隣にはいない華恋と最後の文化祭を過ごした。

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