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5 恥と悦ー4

「……あ」


 しかし廊下を歩いている最中である異変に気付く。周りの人達の視線を集めてしまっている状況に。


「あれ? どうしたの、赤井くん。もう終わったハズだよね?」


「華恋いる? 制服返してもらいたいんだけど」


「白鷺さん? あの子ならまだ接客してるよ。あと1時間は頑張ってもらう予定だから」


「そんな…」


 教室へと引き返して呼び込みを担当していた女子に接近。けれど彼女から返ってきた答えは絶望的なものだった。


「どうしよう…」


 どうやらまだしばらくは女装を維持しなくてはならないらしい。とりあえずこの場に留まっていては邪魔になってしまうので大人しく退散した。


「そうだ。丸山くん…」


 着替える事が不可能ならせめて誰かの側にいたい。鬼頭くんは自分と入れ違いで働く予定だったハズ。一足先に自由を得た友人を探す事にした。


 他のクラスの展示物は全てスルー。イベントが始まって何時間も経過していたが、学校内を包む熱気は未だに冷めやらぬままだった。


「あっ、華恋師匠!」


「ん?」


「ういっす、ういっす」


「げっ! 紫緒さん!」


 人が溢れるグラウンドを歩く。その途中で見覚えのある女性グループと遭遇してしまった。


「ヤ、ヤバい…」


「やっぱり師匠だ。こんちゃっす」


「……ども」


 顔を隠そうと思ったが覆える物がない。更に人が多すぎて走る事すら困難。どうしようか迷っている間に彼女達がすぐ側まで近付いて来てしまった。


「こんな所で会うなんて偶然っすね。ちょうど今から師匠達のクラスに行こうかと思ってたんですよ」


「へ、へぇ…」


「なんか先輩達男子が女装してるらしいじゃないですか。見るの超楽しみなんすよ」


「あ、そうなんだ」


 声でバレないよう曖昧な返答で頷く。どうやら双子の妹と勘違いしているらしい。


 楽しみも何も本人が目の前にいる訳で。とはいえ恥ずかしいので打ち明ける訳にもいかなかった。


「……どうも」


 紫緒さんの隣にいる優奈ちゃんとも挨拶を交わす。その後ろにはメガネをかけた面識の無い人物も存在。


「師匠、さっきから様子が変ですよ。もしかして口の中に何か入れてますか?」


「ん…」


「あぁ、やっぱり。食事中でしたか。それは悪かったっす」


「へへへ…」


 質問に対して首を縦や横に振って答えた。あまり声を出すと勘づかれてしまう可能性があるから。


「ならとりあえず先輩と優奈の兄ちゃん見てきます」


「う、うん…」


「また後で会えたら会いましょうね、師匠」


「……バイバイ」


 元気良く手を振る紫緒さん達を見送る。彼女は最後の最後まで華恋だと勘違いしていた。


「ふぅ…」


 だが優奈ちゃんには気付かれていたかもしれない。終始こちらを睨んでいたので。


 その後、何とか野球部の部室へと戻って来る事に成功。鍵付きの鞄の中から財布とスマホを回収すると再び屋外へと飛び出した。


「これで良し……っと」


 文章を作って送信する。このメッセージに気付いてくれたら丸山くんと合流すれば良い。女装は恥ずかしいが1人でいるより幾分かは気が楽だから。


「あっ、華恋さん!」


「ん?」


 上履きに履き替えて校内を移動。その途中で聞き覚えのある声の人物が近付いて来た。


「颯太…」


 運悪くまた知り合いに遭遇。振り向いた先にいたのはパーティーグッズを身に纏った友人だった。


「華恋さん、1人っすか? 雅人は?」


「え、えと…」


「もしかして自由行動になったけど一緒に歩き回る人がいないとか。そうなんでしょ?」


「……エッヘヘ」


 彼も華恋と勘違いしている様子。紫緒さん同様に。


「俺のクラスはレース大会やってるんですよ。ほら、去年もやった」


「あ、あぁ……アレね」


「凄ぇ人が集まって盛り上がってますよ。まぁ集まってるの野郎ばっかなんすけどね」


「はは…」


 正体がバレないように愛想笑いで対応。目線もなるべく合わせないように心掛けた。


「いやぁ、俺も自由時間だったなら華恋さんに付き合ってあげるんだけどな。俺、総合司会者だからなぁ」


「それは残念です…」


「にしても雅人は何やってるんだよ。華恋さんを1人残して」


「えっと…」


 ここにいると言えないのが辛い。すぐ目の前にいるのだと。


「え、え……え!?」


「んん…」


「ちょっと、いきなりどうしたんすかっ!」


「……すいません。気分が悪くなってしまって」


「えぇ!? それは大変だ。急いで救急車を…」


 倒れ込む形で友人にもたれかかる。そのまま耳元で小さく囁いた。


「あっ、大丈夫です。そこまで酷くはないから」


「けど…」


「ただもう少しだけこのままでいさせてください。お願いします」


「か、華恋さんっ!!」


 興奮しているからか彼が言葉にならないような声を出す。上擦った叫び声を。


「ごめんなさい。颯太さんにこんな迷惑をかけてしまって…」


「何を言うんですか。こんな事ぐらいどうって事ないですよ!」


「ありがとうございます。優しいんですね」


「いや、そんな…」


「どうしよう。こんなに優しくされたら、私…」


「へ? へっ!?」


 その様子を見て追撃の台詞を呟いた。人差し指で胸板をなぞりながら。


「もうずっと我慢してた気持ちを抑え切れないかも」


「あ、あの…」


「今まで内緒にしてきたけど実は…」


「か、かかか華恋さん!? 一体、何をおっしゃるおつもりで!?」


「ずっと颯太さんの事が気になってたっていうか、憧れてたっていうか」


「お、あ……があ、あっ」


 事態が次々と進展してきく。予想を遥かに上回るコント具合に。


「……っと」


「へ?」


 欺く快感を堪能すると密着していた体を分離。距離を置くように半歩退いた。


「す、すいません。どうかしてたみたいです」


「いや、そんな。全然構わないっすよ」


「つい自分の気持ちをバラしちゃうところでした。ごめんなさい」


「華恋さんの気持ち…」


「今のは忘れてください。もう大丈夫ですから。それじゃ」


「あっ!?」


 会釈程度に頭を下げる。後ろに振り返った後は駆け足でその場を退散した。


「くくくくく…」


 もう笑いを堪えるのが限界だった。芝居を続けるのも。


 だがたまにはこんな冗談もいいだろう。これで華恋にも無事に仕返しが出来た。


「ん、んんっ……オホン」


 口に手を当てて咳払いする。周りからの視線をごまかす為に。廊下で1人声を出していた行為が仇となっていた。


「あっ! アンタ、こんな所で何やってんの!」


「ん?」


 狼狽えている最中にまたしても聞き覚えのある声が飛んでくる。発信元の方に振り向くと手にポテトを持っている女子生徒を見つけた。


「またか…」


 どうやら再び知り合いに遭遇したらしい。まるでゲームのエンディングのような展開だった。


「あっ、智沙じゃない。偶然だね」


「変な奴がいると思ったらアンタだったのか。ビックリしたぁ」


「わ、私もビックリしたかな。まさか顔見知りに見られてたなんて」


「盛り上がってるわよね~、学祭。あ、ポテト食べる?」


「……ありがと」


 華恋を演じて笑顔を振りまく。差し出された細長いジャガイモを摘みながら。


「しっかし人多すぎよね、もう少し規制してほしいわ。これじゃ廊下歩けないじゃない」


「そ、そうね。確かに混雑しすぎかも」


「お店が繁盛するのは良いけど、これだとスリとか痴漢が発生してもおかしくないわよ」


「あぁ、分かる分かる」


「ナンパ目的で来てる奴もいるしさ。勘弁してほしいわぁ」


「あっはは…」


 適当に相槌を打って話に同調。彼女の周りを見るが誰もおらず1人で散策しているようだった。


「んで、どうして雅人は女装なんかしてるわけ?」


「……へ?」


 指に付着した塩を舐めているとその動きが止まる。耳に入ってきた台詞に動揺を受けて。


「どこで手に入れたか知らないけど女子の制服を着ちゃってさ。しかも華恋そっくりの髪型までしちゃって」


「え、え…」


「あと化粧してない? ちょっとよく見せてよ」


「うわっ!?」


 彼女が顔を急接近。息がかかる距離まで近付いて来た。


「ん~、やっぱり口紅してる。頬もピンクっぽいし」


「こ、これはだね…」


「まさか雅人にこんな趣味があったなんて……ショックだわぁ」


「うぐっ!」


「悔しいけどアタシより可愛いじゃん。せっかくだから記念に一枚撮っといてあげる」


 続けてポケットからスマホを取り出す。そのまま本人に無許可での撮影会を開始した。


「……い」


「ん?」


「嫌ああぁぁぁぁぁぁっ!!」


「あっ、ちょっと!?」


 振り返って走り出す。その場から逃げ出すように


 まさか気付かれていたなんて。調子に乗って恥の上塗りをしてしまった。

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