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5 恥と悦ー3

「ちょっと、まだぁ?」


「も、もうちょい…」


「早くしてよ。皆を待たせる事になっちゃうじゃない」


 そしてあっという間に学祭当日を迎える事に。特別に貸してもらった野球部の部室で悪戦苦闘。


 男子はここで着替えるように予め決められていた。女子は隣のソフトボール部の部室を使用。


 校内には既に一般の人間が歩いており大盛り上がり。グラウンドは数多くの人で溢れかえっていた。


「このっ……ファスナー固いな」


「いつまで手間取ってんのよ。雅人が制服貸してくんないと私も着替えらんないでしょうが!」


「ぎゃーーっ!? な、なに勝手に入って来てるのさ!」


 暗い室内に陽の光が飛び込んでくる。待ちきれなかった妹がジャージ姿で中に侵入してきたせいで。


「ほら貸して。こうやって閉め……んのよ!」


「お、おぉ。サンキュー」


「相変わらず不器用なんだから。さっさとウィッグ被る被る」


「……ねぇ、本当にこれ付けないとダメ?」


「ダメっ、この日の為にわざわざお小遣いからお金出して買ったんだから」


「はぁ…」


 反論意見はすぐに黙殺。簡単な化粧を施され、更に背中を覆い隠す長さのカツラを頭に装着する羽目になった。


「おぉ~、私に瓜二つで美人」


「よく自分でそういう事言えるよね」


「んじゃ次は私が着替えてくるから。そこで待っててね」


「へいへい…」


 彼女が渡した制服を持って隣の部室へと入っていく。その姿を見送りながら自身の出で立ちを吟味した。


「……何、コレ」


 事情を知らない人からしたらただの変質者にしか見えない。もしくは不審者か。


 来場予定の両親には事前に見せておいたのでさほど恥ずかしさはない。もし問題があるとするならそれは不特定多数の人にこのマヌケな格好を晒してしまうという点だった。



「お待たせ~」


「うわぁ、似合わない」


「るっさいなぁ。女子なんだから仕方ないでしょうが」


「髪の毛切りなよ、バッサリと。僕と同じ長さにしなって」


「嫌よ、そんなの。またこの長さまで戻すのに何ヶ月もかかっちゃうじゃない」


「人にはヅラを被せてきたクセに…」


 しばらくすると男子の制服に身を包んだ華恋が現れる。ご機嫌な様子で。


「ね、ねぇ……周りの視線が気になるんだけど」


「最初だけ最初だけ。すぐに慣れるわよ」


「本当かな…」


 2人して騒がしいグラウンドを移動。自意識過剰なのかもしれないがジロジロと突き刺さる視線が痛かった。


「うわぁ…」


 それから混雑した校内を歩いて教室へ。大盛況という訳ではないが、それなりにお客さんは入っているらしい。


 普段、顔を合わせているクラスメート達がスカートを穿いて接客している。男装した女子は男女問わず人気だが、女装した男子は大笑いされていた。


「赤井くん、こっちこっち」


「あ、うん」


 スカート姿の丸山くんに手招きされる。伝票代わりのメモ帳とボールペンを受け取った後は業務に入った。


「……い、いらっしゃいませぇ」


 接客方法についてはバイトで培った経験で把握しているので問題ない。肝心なのは覚悟の量。溢れてくる羞恥心と格闘しなくてはならなかった。


「赤井、丸山、もう少し声張り上げてよっ! やる気あんの?」


「は、はいっ! すいません!」


 不甲斐ない態度を見かねた女子からお叱りの言葉が飛んでくる。お客さんには聞こえない大きさの声で。


「だからこんな出し物、嫌だったのに…」


 開始早々逃げ出したい気持ちに駆られた。姿を消してしまいたい衝動に。


「本当ですか? ありがとうございま~す、ふふっ」


 華恋の方を見ると大学生と思しき女性3人組の相手をノリノリで務めている。接客業を経験した事があるというのも大きいが、何より本人の明るい性格がその割合を占めているのだろう。


「はぁ…」


 女子は羨ましい。相手の性別に関係なく受けが良いのだから。それに比べて男子は悲惨。素の性格を出せば呆れられ、女子になりきれば笑われ。まさに公開処刑だった。



「じゃ、じゃあ後はよろしく」


「お疲れ様」


「大変だけど頑張ってね…」


「バイバイ…」


 それから1時間近くが経過した頃、一足先に解放される友人を廊下で見送る。かつてない程に疲労しきっていた丸山くんを。


「お~い」


「げっ!?」


 立ち去る彼と入れ違いに見知った人物を発見。両親を引き連れて来た女子生徒が大きく手を振っていた。


「お母さん達連れて来たよ……って、まーくんだよね?」


「……そうだよ。情けない兄さんですよ」


「遠くから見たら華恋さんにしか見えないんだけど。本当にまーくん?」


「いやいや、この声聞いたら分かるでしょ?」


 どうやら本気で間違えているらしい。彼女の頭を見ると仮装用のアイテムが存在していた。


「それ何?」


「猫ミミ。可愛いでしょ?」


「どうして猫ミミ……香織のクラスって何やってるんだっけ?」


「お化け屋敷。私は猫娘役だよ」


「全然怖くなさそうだ」


 背が低いので驚かされても動揺しない自信がある。むしろほっこりしてしまうかもしれない。


 わざわざ遊びに来てくれた家族を店の中へと案内。3人に気付いた華恋も照れくさそうにしていた。


「はい、お水」


 やや乱暴にグラスをテーブルに並べる。身内なのでタメ口で。


「オススメのメニューはどれですか?」


「知らない」


「じゃあ何が一番売れてますか?」


「分からない」


「ではこの中ならどれが好きですか?」


「全部嫌い」


「すいませ~ん。この店員さん、さっきから態度悪いんですけどぉ」


 質問に対してぞんざいな返答を連発。するとふんぞり返った香織が他の従業員に文句をつけ始めた。


「あぁ、ごめんなさい。この人、照れ屋さんなんで」


「さっきから何を聞いても適当に返してくるんですけど」


「指導が足りてなかったみたいですね。本当に申し訳ないです」


「接客態度最悪じゃないですか? せっかくパパとママを連れてきたのに気分が悪いです」


「すいません。ほら、アナタも謝って」


「いてっ!?」


 近付いてきた華恋に無理やり頭を下げさせられる。視線を横にズラすと笑いを堪えようとしている両親の姿を発見。


「お客様に対してはタメ口を控えてください。いかなる時も敬語でお願いしますよ」


「だって恥ずかしいし…」


「恥ずかしくても我慢する! 私達はお客様から貴重なお金を頂いて利益を出しているんですから」


「へ~い…」


 謝罪が終わった後は説教タイムに突入。本物の飲食店のように叱られてしまった。


「ではホットコーヒーとアメリカンとオレンジジュースで良いですね」


「お願いしま~す」


 注文品をメモ帳に記す。そのままキッチンとして使わせてもらっている隣の教室へと退散した。


「……くそっ」


 他のお客さんやクラスメートのいる前で恥をかかされるなんて。稚気満載の怒りが発生していた。


「ほっ」


 コーヒーメーカーの前で奮闘するクラスメートにメモ用紙を渡すと奥へ進む。休憩所にもなっている物置へと入った。


「あのさ、オレンジジュースのオーダー入ったんだけど自分でやって良いかな?」


「ん?」


「今、来てるの家族なんだよね」


「あぁ、良いよ。瓶がそこに入ってるから」


「サンキュー」


 たまに喋る男子生徒に進入の許可を貰う。細長いグラス一杯に氷を入れるとオリジナルドリンクを作成開始。


「ひひひひひ…」


 ガムシロやら牛乳やらを少量ずつ投入していった。ついでに醤油やソース等の調味料も。


「はい、お待たせしました」


「ありがと……って何これ? 私が頼んだのオレンジジュースなんだけど」


「はい。オレンジジュースですよ」


「いやいや、これどう見てもドブの水だよね…」


 香織が疑いの眼差しでグラスの中身を凝視している。墨汁のように黒く、枯れ果てた植物のように茶色い液体を。


「当店特製のオレンジジュースです。見た目は悪いですが味は格別ですよ」


「……本当に?」


「本当に」


「マジで?」


「マジで」


「神に誓っても?」


「すいません。偶像崇拝はしない派です」


 悪びれる事なく嘘発言を連発。一言だけ『残したら罰金です』と告げてテーブルを後にした。


「グェッホッ、ゲホゲホゲホーーッ!?」


 しばらくすると苦しそうな声が教室内に響き渡る。むせている人間の呼吸が。


「だ、大丈夫!?」


「死ぬ…」


「香織ちゃん、しっかり!」


 異変に気付いた華恋がテーブルに接近。猫娘の背中を全力で擦り始めた。


「うむうむ」


 とりあえず1人分の作業を終える。姑息な手段での報復を。


「ありがとうございました~」


 家族が退店した後に華恋から再び説教を受ける羽目に。かなりのダメージを受けた香織は口から泡を吐いて気絶。死体のように引きずられて教室を後にした。


「あぁ、楽しかった」


 担当時間を終了させると意気揚々と教室を飛び出す。これで晴れて自由の身。あとは残りの時間を好きなように使うだけだった。

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