5 恥と悦ー2
「香織も居残りさせられてたの?」
「先生ったら酷いんだよ! 女子は私1人しかいないのに男子と一緒に教室に残すんだから!」
「いや、それ普通だし…」
帰宅後、リビングで家族に出迎えられる。テレビを見ていた両親と、不機嫌な妹2人に。
どうやら宿題をやらずに夏休みを過ごしていたサボリ魔がもう1人いた事が判明。真面目に取り組んでいた行為がバカみたいに思えてきてしまった。
「そういや華恋は学祭の出し物考えた?」
「……んあ?」
「1人1個考えてきなさいって言われたじゃん」
途中で話し相手を切り替える。黙々とノートに英文を走らせている双子の妹に。
「何か良いアイデア思いついた?」
「……そうねぇ。処刑台とかで良いんじゃないかしら」
「あの……それただ単に先生達を消し去りたいだけだよね?」
「ひひひひひ…」
「うぇえ…」
彼女の目つきが怖い。怨み辛みを溢れさせたような表情を浮かべていた。
「冗談よ。メイド喫茶とかで良いんじゃない?」
「あぁ、華恋にピッタリだね」
「校内で堂々とコスプレ出来るなんて最高だし。皆でいろいろな格好したら楽しそうじゃん?」
「確かに」
毎年いくつかのクラスは開いている。ウケ狙いで。
しかし華恋のその提案は少し変わった形で実現する事に。翌日の学級活動で決まった出し物は頭を抱えたくなるような物だった。自分だけではなくクラスの男子全員にとって。
「ちくしょう! どうしてこんな変な出し物やらなくちゃならないんだ!」
「……っていう意見を女子の前で言えないのが僕達の悪い所だよね」
「本当にな」
昼下がりの中庭、ホウキを手に持ちながら各々愚痴をぶちまける。サボっている女子2人を横目に。
「はあぁ、鬱になるわぁ…」
「嫌だよね。楽しみだったイベントがだんだん怖くなってきたよ」
「俺も着る事になるのかな……なるんだよな。嫌だわぁ」
「あの2人がノリノリだったからそうなるんだろうね」
「こんな時ばかりやる気になりやがって…」
うちのクラスで決まった出し物。それはコスプレしての喫茶店。華恋の考えていたアイデアを別のクラスメートが提案したのだが、その内容が少々異なっていた。
着る衣装というのが学校の制服。普段、自分達が身につけている制服を男女で逆転させる事に。女子がズボンを穿き、男子がスカートを穿いての接客だった。
ただ全てのクラスメートが制服を入れ替える訳ではない。男女の数に差があるし、そもそも体のサイズが違うから。
なので参加するのは制服を男子に預けても良いという女子と、それを着れる男子だけ。衣類を借りる男子は有無を言わさず制服を女子に捧げる事を約束させられていた。
男子がやる気のない連中ばかりなのを良い事に女子が一方的に決定。簡単に見積もっても全体の3分の1は条件を満たしているらしい。
鬼頭くんも丸山くんも女装する事がほぼ確定していた。同じ班の女子2人が自分達の制服を貸し出すと学級活動中に提案してしまったので。
そして自分もスカートを穿く事がほぼ確定。制服を貸してくれる女子が同じ家に住んでいたからだ。
「ちょっと動かないでよ、うまく下ろせないじゃない!」
「やめてくれよ! 嫌だって言ってるじゃないか!」
「うるさい、黙れ。大人しく脱ぎなさいっての」
「ぎゃあぁあぁぁっ!!」
ずり落ちそうになるズボンを必死で押さえる。下半身にしがみついてくる華恋に全力で抵抗した。
「ちょろ~っとスカート穿くだけじゃない。それの何が嫌なのよ」
「嫌に決まってるじゃん。男がスカート姿になるんだよ? 違和感ありまくりじゃないが」
「んな事ないって。女装男子なんて今時珍しくもないし」
「いやいや、僕はそういう趣味とかないから」
帰宅してからずっとこんな調子。謎の攻防戦を展開。
すぐ近くでテレビを見ていた香織に助けを求めたが助けてくれなかった。むしろ大笑いしてくる始末。
「は、離してくれ。パンツが見える」
「だぁからさっさと脱げって言ってんでしょうが。男のクセに諦めが悪いわよ」
「その男のプライドを守りたいから抵抗してるんだよぉ…」
なぜこの平和な時代に追い剥ぎに合わねばならないのか。理解に苦しんでいるとソファに座っていたギャラリーが近付いてきた。
「華恋さん、私がまーくんを押さえとくからその間にズボン脱がしちゃって」
「ちょっ…」
「おっけぇ。任せてちょうだい」
相手側に援軍が加わる。彼女は背後から抱きついてきたかと思えばそのまま羽交い締めにしてきた。
「んじゃあ、まずはチャックを下ろして…」
「や、やめ…」
「なんかドキドキしてきちゃった。男子のズボン下げるの初めてかも、ウヘヘへ」
「華恋さん、口からヨダレ垂れてるよ」
「うおっと、ジュルル!」
「ああぁあぁぁっ!?」
大声で喚く。就寝中の両親に救いを求めるように。
さすがに下着姿を見られるのは恥ずかしいので自分で着替えるという条件で妥協。部屋に戻り着慣れない制服に袖を通した。
「……スースーする」
太ももに違和感が漂っている。スカートの下から入ってくる涼しい風のせいで。トランクスの周りに何も無いので妙な感覚が股下にまとわりついていた。
「う、うわあぁああぁっ!?」
階段までやって来ると足を滑らせ転落してしまう。いつものように背中や腰を強打しながらも体を引きずってリビングへ戻った。
「いでで……着てきたよ」
「お?」
「な、何さ」
「……ぷっ」
「ん?」
「わっははははは! おっかしぃ~」
目が合った瞬間に彼女達が声を荒げてハシャぎだす。こちらを指差しながら。
「ギャッハッハッハッ!」
「わ、笑わないでくれよ。2人が言うから着たのに!」
「お、おかしい……腹痛い」
「何者なんだ、この変態は!」
「やめてくれーーっ!」
よっぽどおかしいのか声を詰まらせて喋っていた。涙まで流しながら。
その後、2人は近所迷惑も考えず大笑い。響き渡る声が止んだのは香織にヘッドロックをかけた時だった。
「……ったく。いくら何でも笑いすぎだよ」
「ごめんごめん。だってあんまりにもおかしくって」
「だから着るの嫌だったのに。もう良いよね? 脱ぐよ?」
「ああ、ちょっと待った」
「ん?」
退散しようと振り返る。同時に背後から華恋が近付いてきた。
「ウィッグ付けてみよ、ウィッグ。おかしいのは髪型が男っぽいからよ」
「はぁ? 女装までさせたうえにカツラまで被せるつもり?」
「多分、雅人なら似合うと思うから。ちょっと待ってて、取ってくる」
彼女は隣をすり抜け廊下へ。しばらくすると怪しげな物体を持って戻ってきた。
「ここをこうして……っと」
「顔に毛がまとわりついて気持ち悪いんだが」
「我慢我慢。はい、出来た」
頭に被り物を乗せられる。ピンク色の現実離れしたカツラを。
「……ん。これで良いの?」
「へぇ」
「な、何?」
「……可愛い」
「は?」
顔の周りを覆っていた前髪を横へと移動。視界が開けると真面目な表情をしている2人と目が合った。
「ヤバい、コレ。想像以上かも」
「何が?」
「意外とアリじゃね?」
「だよね、だよね。私もそう思う」
「だから何が!?」
焦りながら口にした問いかけはスルーされてしまう。存在自体は認識されているのに。
「普通に立ってみて。背筋を伸ばしてピンと」
「やだよ、面倒くさい。もう脱いでいいよね?」
「ダメ! 勝手に脱ごうとすんな。ほら立ってこっち向いて」
「ちょ……何するのさ」
逃げ出そうとした瞬間に肩を掴まれ固定。無理やり腕や手の位置を動かされた。
「ん~、胸がスカスカなのが残念だなぁ」
「何か入れてみる? タオル丸めて中に入れたらボーンってなるよ」
「そうね。じゃあパッド代わりに入れてみようかしら」
「やだよっ!!」
「化粧してみる? きっと可愛くなれるわよ、雅人なら」
「もう本当に勘弁して…」
泣き出したくなるぐらい辛い。両親にこの現場を見られたら何と言われるやら。
「ぐへへ、お嬢ちゃん。ちょっとその華奢な足を見せてくれや」
「いやああぁっ、やめてぇ!」
「あぁ……やっぱり中身は男だわ。毛深い」
「あ、当たり前だし。スネ毛なんか男子なら誰でも生えてるわい」
「カミソリで剃っていい? ツルツルにしたらこのゴツゴツした足でもそれなりにはなるかも」
「本当にやめてください…」
続けてスカートの裾を捲られる。痴漢のようなイヤらしい手つきで。
騒ぎすぎると寝ている両親を起こしてしまうという理由で品評会はお開きに。鬱陶しいウィッグや制服を脱ぐと普段着に戻った。
「女装する男子と男装する女子は接客。それ以外は裏方と客引きにまわってね~」
それから放課後の時間を使って少しずつ出し物の打ち合わせを進行。基本的に女子が仕切り、男子は指示に従うだけ。
クラスの男女比は半々のハズなのに女子の勢いが圧倒的。勢力図は完全に男子が制圧されている形だった。




