7 同居人と転校生ー2
「あの、私は先に職員室に行かないといけないみたいなんです」
「そうなんですか。場所は分かりますか?」
「あ、はい。土曜日に来たので大丈夫です」
校門付近までやって来ると居候と別れる。お互いに目線を合わせないようにしながら。
「ねぇ、華恋さんと何かあったの?」
「特には」
「いい加減、女の子と喋る事に慣れなよぉ。ずっと無口だったじゃん」
「……そうだね。ちょっと頑張ってみようかな」
どうやら人見知りを発動していたと勘違いされているらしい。ただ今だけはそう思われている方が都合が良かった。
階段で妹と別れると真っ直ぐに教室へ。クラスメート達の隙間を縫って席へと座った。
「知ってる? 今日、転校生来るって」
「マジかよ。男子? 女子?」
「女子らしいよ。すげー美人って羽島が言ってた」
「やったぜ。ラッキーだな」
「げっ…」
鞄の中身を取り出していると辺りから男子生徒の会話が聞こえてくる。芳しくない内容の情報が。
「雅人。お前、知ってるか?」
「え? 君、誰?」
「ふざけんなっ! 俺だよ、俺!」
続けて珍しく遅刻せずに登校していた颯太が接近。彼の頭は酷い寝癖でボサボサだった。
「聞いて驚くなよ。実はな…」
「……もう知ってるって」
「女子の下着を発見したんだよ!」
「あぁ、うん……え?」
「朝、教室に来たら床にパンツが落っこちててさ。拾って鞄の中に仕舞ってやったぜ」
「拾ったりしちゃダメじゃないか…」
落胆していると見当違いの話題を振られる。犯罪行為の報告を。
「誰のなんだろう。クラスのアイドル、下川さんかな」
「それ、本人困ってるだろうから早く返してあげた方がいいよ」
「あぁ、後で持ち主探してみるわ。しかし可愛い柄でたまらんぜ、デヘヘ」
「……スケベ」
適当に会話をした後、友人は自分の席へ退散。これでもかというぐらいに鼻の下を伸ばしていた。
「はぁ…」
1人になると再び同居人の事で頭を悩ませる。まさか同じクラスに配置されるなんて。学校にいる間ぐらいは顔を合わせたくなかったのに。
恐らく母親から事情を聞いた学校側が調整してくれたのだろう。先生達には申し訳ないが余計な配慮でしかない。
だが落ち込んでいる自分を余所に周りは転校生の話題で大盛り上がり。小学生と変わらないハイテンションがそこにはあった。
「うおりゃあっ!! お前ら席に着け、うおりゃあっ!!」
しばらくすると担任が訳の分からない掛け声と共に現れる。すぐ後ろに見覚えのある人物を引き連れながら。
「……げっ」
視線がぶつかりそうになったので慌てて逸らした。俯くように机や床の方へと。
「うおりゃあっ!! みんな喜べ。今日は転校生がいるぞ、うおりゃあっ!!」
「やっふーーっ!」
先生の発言にクラスメートが声を出して騒ぎ始める。教室全体が一気にお祭り状態へと変化した。
「うおりゃあっ、うおりゃあっ!! 静かにせんか、うおりゃあっ!! あんまり騒ぐと自己紹介が出来ないだろ、うおりゃあっ!!」
場を収める為、担任が訳の分からない掛け声と共に持っていた名簿を叩く。その音で教室内は少しずつ鎮静化。そして完全に静まったタイミングで転校生が黒板の方に振り向いた。
「ん…」
教室内にチョークを擦る音が響き渡る。毎日耳に入れている聞き慣れた音が。
「初めまして、白鷺華恋と申します。今日から皆さんと一緒にこの教室で勉強をする事になりました。よ、よろしくお願いします」
名前を書き終わると彼女が小声で自己紹介。控え目な文字をバックに一礼した。
「え、えっと…」
だが直後にとった反応は戸惑うという事。迷子になった子供のように挙動不審。
「え? あ、はい」
気まずい空気を打ち破るように先生が彼女に近付く。肩に手を添えてソッと何かを耳打ちしながら。
同時に教室内の静寂が少しずつ消滅。品定めするようにクラスメート達が内緒話をスタートした。
「じゃあ、席は木下の隣な」
再び騒がしくなった場で先生が最後尾の席を指差す。そこには先程、下着を拾った事を自慢気に語っていた男子生徒がいた。
「ん? え?」
「よろしくお願いします」
「あ、あぁ……よろしく」
転校生が彼の元へと歩み寄る。満面の笑みを浮かべて。
「良かった。本当に良かった…」
どうやら隣同士という最悪な事態は防げたらしい。心の底から神様に感謝した。
「一番後ろの席だけど黒板見える?」
「はい、大丈夫です。目はそんなに悪くないので」
「へぇ。俺も視力には自信あるんだよ」
「そうなんですか。健康的で良い事だと思います」
「いやぁ、ハッハッハッ」
友人と転校生が親しげに言葉を交わしている。片方は作り笑顔全開で、もう片方は情けなくなるぐらいのニヤケ面で。
「幸せ者…」
注意しようと思ったが出来ない。様々な要素が邪魔をしてきた。
それから休み時間になるとクラスメート達が教室の一角に群がる事に。もちろんそれは話題の転校生の席。最初は颯太と数人の男子が。時間を置くとクラスメート達が男女関係なく周りに集まっていた。
「へぶしっ!」
耳鳴りを発生させそうなクシャミを炸裂させる。誰もいない方角を向きながら。
「雅人」
「へ?」
「アンタは行かなくて良いの? あの転校生の子の所に」
ティッシュを取り出していると後ろから名前を呼ばれた。ショートヘアの女子生徒に。
「別に良いかなぁ」
「格好つけちゃって。そんなにミーハーだと思われるのが嫌なの?」
「うん」
「あ、そっか。アンタにはかおちゃんがいるもんねぇ」
「香織なら今朝、天寿を全うして死んだよ」
「……おい」
彼女が向かいの空席に座る。本人には無許可で。
「でもさ、凄い子来ちゃったわよね。うちのクラス」
「え? どういう事?」
「だってメチャクチャ美人じゃない」
「え~、そうかな」
「アンタ、男のクセに何とも思わないの? 女のアタシから見ても普通じゃないわよ」
「まぁ…」
互いに顔を急接近。周りに聞こえないように密談を開始した。
「ふ~ん……アンタ、本当に興味ないみたいなのね」
「うぃす」
「余裕ぶってんのか、それともただ単に顔がタイプじゃないだけなのか」
「ど、どっちでしょうかね…」
まさか言い出せるハズもない。一緒の家に住んでいて、ご飯まで作ってもらっている仲だなんて。
「……はぁ。颯太は楽しそうで良いけど、アタシはツイてないなぁ」
「ん? 何かあったの?」
「この時期、体育で汗かくからさぁ。替えの下着持ってきたの」
「へぇ」
「そしたらどっかに落っことしちゃった」
「えっ!?」
友人の発した台詞に心臓が大きく鼓動する。思い切り心当たりがあった。
「もし見つけたら教えて。ちなみに下の方」
「りょ、了解しました」
「あと言わなくても分かってると思うけど変な事に使ったら殺すから。OK?」
「はいいぃぃっ! 重々承知しております!」
彼女が物騒な発言を最後に退散。全身をガチガチに震わせながらその背中を見送った。
「颯太ぁ…」
まさか持ち主がこんな身近にいたなんて。意外すぎるのと運の無さすぎを痛感した。




