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4 猛暑と土下座ー4

「あ~、しんど…」


「ふいぃ、助かっちゃった」


「もう良いの? お腹の痛みは治まった?」


「う~ん……まだ痛いかも」


「忠告を無視するから…」


 洗面所で顔を洗っているとトイレから出てきた人物と遭遇する。腹部を手で押さえた子供と。


「ああいう場所の水はもう口にしたらダメだよ。どうしても飲みたかったら、しばらく流してからにしなさい」


「……分かった。あぁ、苦しかった」


「大丈夫? 病院に行かなくてもいい?」


「平気。ただ動けないからしばらくここで寝かせて」


「仕方ないなぁ。元気になったら帰りなよ」


 彼女がフラついた足取りでソファへ移動。本来なら追い返したい所だが可哀想なので滞在許可を出した。


「う~ん、う~ん…」


「まだ痛い?」


「グワ~ッて感じ。こうズーンみたいな」


「擬音を使われても分からないよ。そんなに痛いならまたトイレ行ってきなって」


「そうする…」


 小さな体がゆっくりと起き上がる。芝居ではなく本当に苦しんでいる様子。しばらくして戻ってくると先程よりも表情がゲッソリとしていた。


「大丈夫?」


「……しにそう。助けて」


「残念ながら回復呪文は使えないんだ。耐えるしかあるまい」


「あぁあ…」


 彼女がソファにへたり込む。座るというより倒れる形で。


「痛いのここ?」


「もうちょっと下。あぁ、その辺」


「下っ腹か」


 伸ばした手を腹部に移動。失礼とは知りながらも服の上から擦った。


「触って痛くない?」


「大丈夫。ちょっと楽になったかも」


「ならもうやらなくて良い?」


「ダメぇ、もっと擦って」


 会話が出来る程度には元気らしい。もし声も出せない程に重症なら有無を言わさず病院に連れて行かなくてはならないから。


「ねぇ…」


「ん?」


「アイス食べたい」


「あのさぁ、お腹が痛いって苦しんでる時にどうして冷やすような真似をするのさ」


「だって暑いんだもん」


「冷房付けてあるから我慢しなさい。直に涼しくなってくるし」


「でもぉ…」


 要望を強気な態度で一蹴。同時にテーブルに置かれていた団扇を手に取った。


「ほら、これで良い?」


「涼しい~。もっとやって」


「お腹は出さない。冷やすとまた悪化するよ」


 流れる汗を吹き飛ばす勢いで扇ぐ。ウナギを焼く職人にでもなった気分で。


「ふいぃ……だいぶ楽になってきたかも」


「まだお腹痛い?」


「ん~、微妙…」


「もう自分で擦りなよ。腕が痺れてきた」


「やだやだ、もっとやってぇ」


「本当に限界なんだってば」


 先程よりも彼女の顔に生気が戻ってきていた。反対に自身の腕が限界に。手首を掴まれた状態で綱引きをしているとドアを開ける音が聞こえてきた。


「ただいま……って何やってんのアンタ!」


「げっ!」


 視線が合うなり敵意剥き出しの目で睨みつけてくる。両手にスーパーの袋をブラ下げた華恋が。


「ち、違うんですコレは。人助けというか、自然発生的にこういう流れになってしまって!」


「はぁ?」


「お願いします、信じてください。何も悪い事はしてないんです!」


「ちょ、ちょっと。何テンパってんのよ、いきなり…」


「神に誓ってもいい。私は無実だっ!」


 助けを乞うように全力の弁明を開始。脳内に前回のトラウマがまざまざと蘇ってきた。


 再びあんな理不尽な暴力を振るわれてはたまらない。事情を理解してもらおうと必死で語り続けた。



「ん~、つまりその子が公園の水を飲んでお腹を壊したからうちに連れて来たと。そういう訳ね」


「は、はい。その通りでございます」


「まぁ、おうちの人が誰もいない家に1人だけで置いておくのは危険だもんね。雅人もよく頑張ってここまで運んで来たじゃない」


「あ、ありがとうございます!」


 どうやら状況を正しく把握してくれた様子。しかも労いの言葉付き。


「まだお腹痛い?」


「大丈夫。ただちょっとチクチクするかも」


「無理はしなくて良いからね。我慢出来なかったらちゃんとトイレに行くんたよ」


「……ありがと、お姉ちゃん」


 華恋が病人に視線を合わせて屈み込む。そして母親のように優しい口調で語りかけ始めた。


「へぇ…」


 彼女の意外な一面を見た気がする。いつもは暴力的か猫被りな性格しか知らないから。その新鮮な光景に少しばかり意識を奪われた。


「ちょっと、雅人。ボケっと突っ立ってないで買ってきた食材、冷蔵庫に仕舞ってよ」


「あ、うん」


「卵も入ってるからね。割らないように気をつけてよ」


「了解しました」


 テーブルの上に置いてあった袋に手をかける。慎重に持ち上げるとキッチンへ運んだ。


「この辺り? もうちょっと下かな?」


「……そこら辺。もう少し横」


「ゴメンね、ちょっとだけ服に手を突っ込むから」


 先程、自分がしていた行動を華恋が実行している。腹部を撫でる作業を。


「あっ、お肉は冷凍庫に入れといて。凍らせておくから」


「へ~い」


「冷凍と冷蔵の食品間違えないでよ」


「ういうい」


 看病をしながらも指示は怠らない。部活動の顧問のように。


 もしかしたら華恋は妹ではなく姉御肌なのかもしれない。優しそうな様子を眺めながらそんな事を考えていた。

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