4 猛暑と土下座ー3
「いたいた」
近所の公園にやって来ると標的を見つける。噴水型の水道に顔を突っ込んでいるツインテールを。
「お~い、外の水飲むのやめなよ。体に悪いって」
「ん? あれ、雅人くんじゃん。もしかして追いかけて来てくれたの?」
「ぬるくなかった? あんまり飲まない方が良いんだけどな。こういう場所のは…」
「だって喉乾いたんだもん。あーーっ、美味しい」
「はぁ…」
心配するだけ無駄だったらしい。暑さから避難するように近くのベンチに腰掛けた。
「おい、お前。俺達が水飲むんだからどけよ」
「ん?」
ケータイを弄っていると入れ違いに小学生と思われる男子達が彼女を囲む。ヤンチャそうな集団が。
「ここは俺達の陣地だし。知らない奴が無断で入ってくるなよ」
「誰よ、アンタ達…」
「誰でもいいだろ。とにかくこの水道は俺達の物なんだから許可なく使うな」
「何言ってんの? バカじゃないの?」
いきなり話しかけてきたかと思えば身勝手な発言を連発。どこからどう見ても無法者の思考回路だった。
「……む」
粋がっている悪ガキの集まりなのだろう。少し離れた場所には彼らの物と思われる自転車もあった。
「邪魔だからどけって言ってんだろ!」
「きゃっ!?」
「あっ!」
助けるべきか悩んでいると状況が変化する。集団の1人がすみれの肩を突き飛ばして攻撃してきた。
「いっ、たぁ…」
「さっさと家に帰れよ、ブ~ス」
「ははは!」
バランスを崩した事で背中から地面に転倒する羽目に。彼らは苦しんでいる被害者を見下ろしながら笑い始めた。
「仕方ないな…」
子供同士の争いに保護者が口出しするのは大人気ないだろう。とはいえこれは一方的なイジメ。見てみぬフリをする方がどうかしていた。
「君達、いい加減に…」
「テメェら、ふざけんなコラァァァッ!!」
「へ?」
だが割り込むより先に激しい罵声が公園内に響き渡る。地面に這いつくばっていた隣人の声が。
「誰を突き飛ばしたと思ってんだ。女子だぞ!」
「う、うわーーっ!?」
「どうして水道の水を飲んでただけで嫌がらせされなくちゃならん。おかしいだろが!」
「なんだ、この女!」
「全員この場で皆殺しにしたる!!」
「ぎゃあぁあぁぁぁっ!!?」
彼女は落ちていたサッカーボールを拾って連中にぶつけだした。更に怯んだ背中に向かって跳び蹴り。
髪の毛を引っ張ったり水道の水をかけたり。一方的な制裁を喰らわせ始めてしまった。
「す、すいませんでしたぁ!」
「ふうぅ…」
そしてその激しい攻防も僅か数十秒で終了してしまう。男子グループが半ベソ状態で走り去った事で。
「じゃあサッカーやろうか」
「は?」
「待たせちゃってゴメンね。変な奴らが突然邪魔してきちゃってさ」
「いや、別にこっちは迷惑してないから構わないけど」
「でも見てたんなら助けてくれても良かったのに。頼りにならないパートナーだなぁ」
「……君、とても逞しいね」
うちの妹に近しい物を感じた。男相手に一歩も怯まない部分を特に。
それから2人して日陰部分に移動。暑さを堪えて球技をやり始めた。
「ほ~ら」
「うわっ、こんな球とれないって」
「あぁ、ごめんごめん。強く蹴りすぎちゃった」
飛んでいったボールを彼女が避ける。頭を抱えながら。
「サッカーって手は使って良いんだっけ?」
「ダメ。キーパー以外はね」
「どうして使ったらダメなの?」
「そりゃ持って走ったらラグビーになっちゃうもん」
「ドリブル形式でしか運べないようにすれば良いじゃん」
「それだとバスケになっちゃう」
「なら足だけしか使っちゃいけないルールにしよう」
「原点回帰だね」
仕方ないので子供の暇潰しに付き合ってあげる事に。そのつもりだったが途中から夢中になって遊んでいた。
「よ~し、いくよ」
「ち、ちょいタンマ。疲れた…」
「ハァ? もう? 早くない?」
「だってこの暑さだよ? 体力を奪われもするさ」
そして30分程が経過した頃にギブアップ宣言を出す。汗だくになった手を掲げて。
「なんか飲むの?」
「そだよ。口の中カラカラになっちゃった」
「じゃあ私コーラ。サイダーでも良いよ」
「誰が奢るって言ったのさよ、誰が」
許しをもらった後は近くに設置されていた自販機に移動。適当なジュースを2本購入した。
「ほい。これで良いの?」
「ありがと~。いつか3倍にして返すね」
「また適当な事を…」
2人して缶の穴に口を付ける。乾燥した喉に水分を流し込むように。
「んまーーっ!」
「さっきあれだけ水飲んでたのによく入るね」
「あぁ、だね。よく考えたらそんな喉乾いてなかったかも。あとあげる」
「いや、いらないから」
彼女が持っていた缶をすっと差し出してきた。失礼な事に飲みかけの状態で。
「どうして? 炭酸苦手なの?」
「飲めない事もないけど、あんまり好きではないかな」
「幼女と間接キス出来るんだからさ、ありがたく貰っておきなよ。ほらほら」
「いらないって! そういう趣味とか無いし」
中身の入った缶を押し付け合う。その攻防戦は相手の苦しむ表情で終止符が打たれた。
「うぐぐ…」
「さっきあんなに張り切って水飲むから。まだお腹苦しいんでしょ?」
「う、うん…」
「お?」
反論してくると思ったが大人しい。こちらが戸惑ってしまうぐらいに。
「もしかしてお腹痛いの?」
「……かも。なんかギュルギュル鳴ってる」
「大丈夫? トイレ行って来なよ。向こうにあるから」
「やだ。公園のは汚いもん」
「そんなワガママ言ってる場合じゃないし。お腹痛いんでしょ?」
「だってもし紙が無かったらどうすんのさ。困るじゃない」
「女子なんだからティッシュぐらい持ち歩いてなよ…」
どうやら腹痛を起こしてしまったらしい。50メートルほど先にある小さな建物を指差したが首を横に振ってきた。
「ここのトイレ使うのが嫌なら家に帰るしかないね」
「か、かもね。じゃあ後は任せた」
「仕方ないなぁ。ボールは持っていってあげるから早く行きなさい」
「ま、雅人くん…」
「ん?」
「おんぶ」
「はぁ?」
ボールを拾った瞬間、彼女が両手を伸ばして近付いてくる。ホラー映画に出てくるゾンビのようにフラフラと。
「やだよ。暑いし重いし」
「もう無理、我慢出来ない……助けて」
「こんな場所で勘弁してくれ」
「痛い。お腹がギュルギュル鳴ってるよぉ…」
「だから公園のトイレ行けばいいのに………ほらっ!」
突き放したい所だが今は意地を張っている場合ではない。屈み込んで背中を差し出した。
「うっわ、ベットリ…」
汗だくの体に人肌が密着する。お互いに体温が高まっているから異様に暑苦しい。
「おぶってあげるからボールは自分で持ちなよ」
「無理。まだ飲みかけのジュースがあるし…」
「あぁ、もう! ちょっとそれ貸して!」
彼女の手から無理やり缶を奪取。中身を空にしてからゴミ箱に叩き付けた。
「うっぷ……ほら、これなら両手空いたでしょ。ボール持って」
「うん…」
「走るからね。途中で落ちたとしても責任は持たないから」
「……が、頑張る」
「じゃあ行くよ。ほっ!」
立ち上がって勢いよく駆け出す。そのまま公園の出口に直行。公道に飛び出してガードレール沿いに歩道を走った。
「ハァッ、ハァッ…」
この場所なら近くにコンビニもある。しかしトイレを貸し出していたかどうかが分からない。家に帰る道とは若干ズレた方角にあったので、もし使用出来なかった場合はかなりのタイムロスとなった。
「う、うぅん…」
「しっかりして。大丈夫!?」
「……ヤバイ、吐きそう」
「うおぉぉいっ!」
背中にいる人物が弱音を漏らす。こんな状況で惨事を迎えられてはたまらない。
そして励ましの声をかけながらもどうにかして目的地へと到着。彼女の自宅ではなく、僅かに距離が近い自分の家へと飛び込んだ。
「そこのドアがトイレだから。早くダッシュ!」
「う、うん。ありがと」
「ぶはああぁぁっ!!」
靴を脱がないまま廊下に膝を突く。先にある扉を指差すと玄関マットの上に倒れ込んだ。
「ゼエッ、ゼエッ、ゼエッ…」
どうやらギリギリ間に合ったらしい。異常なまでの達成感を実感。
湿気のせいで室内は蒸し風呂状態に。ただその暑さが気にならないレベルで意識が朦朧としていた。




