4 猛暑と土下座ー1
「……あつい」
白シャツに短パン。全身汗だくの状態でベッドに寝転がる。
窓からはささやかな空気が流れていたが心許ない。真夏の暑さを吹き飛ばすにはあまりにも脆弱な風だった。
「まだ終わらないのかな…」
いつもなら動いているクーラーも今日は停止中。一階にあるテレビも冷蔵庫も。その原因は急な工事の為の停電。おかげで自宅の中は地獄のような空間と化していた。
「……ん?」
アイスでも食べようかと考えていると階下から音が聞こえてくる。玄関のドアをノックする音が。
「ムリムリ…」
対応したいが体を起こす気力が湧いてこない。もはや脳や全身の機能が完全に停止していた。
「頼むから諦めてください…」
しかしこちらの意見を無視するように同じ音が響き渡る。二度目の催促が。
宅配便か郵便物の配達かもしれない。華恋や香織が頻繁に通販やオークションを利用していた。
「またか…」
階下にいる家族も居留守を決行しているのか音が鳴りやまない。対応する気配が見えない。
「……何なんだ、一体」
ついにはリズムを刻むように連打。これは母親と無駄話をしに来た近所のおばちゃんパターンだろうか。
騒がしい騒音を遮る為に耳を塞ぐ。それでも歓迎していない訪問者は容赦なくノックを続けた。
「くそっ…」
たまらずベッドから起き上がる。舌打ちをしながら。
この不快感を解消する為には訪問者を迎え撃つしかない。階段を下りた後は苛立ちをぶつけるように玄関の扉を開けた。
「何ですかぁ!?」
「あっ、雅人くん」
「げっ!」
ドアの前にいた人物を見て思わず吹き出す。立っていたのが隣の家の悪ガキだったので。
「ちょ、ちょっと! どうして閉めちゃうの!」
「しっしっ、早く家に帰りなさい。お母さん達が心配してるから」
「お母さん今、仕事でいないよ。今日は用事があって来たんだってば」
「用事? なにさ」
「一緒にサッカーやろ」
「帰れ」
見なかった事にして退散を決意。扉を閉めようとすると彼女が脇に抱え込んでいた緑色のボールを突き出してきた。
「え~。一緒にやろうよ、サッカー」
「どうしてこの暑さの中そんな自殺行為に手を貸さなくちゃならないのさ」
「だって暇なんでしょ? なら良いじゃん」
「暇じゃないし、暇だとしてもサッカーやる理由はどこにも存在しちゃいない。さぁ早く帰るんだ」
「ちょ、ちょっと…」
体を180度回転させて無理やり追い返す。ある程度玄関から離れたのを見計らって扉を閉めた。
「……ふいぃぃ」
額から流れる汗を拭う。訪問者を追い払えた事に一安心しながら。
「危ない危ない」
なるべくなら彼女とは関わりたくない。例え小さな子供だとしても。
礼儀正しい子だと思っていたのに、タメ口で話しかけてくるわ図々しい態度をとるわ。とんだ猫被りの悪ガキだった。
「雅人のバカ~」
「ん?」
鍵を閉めたタイミングでドアの向こう側から憎たらしい声が聞こえてくる。だがどれだけ叫ぼうとも対応さえしなければ直接的な被害を被る事はない。
「ふふふ」
勝ち誇った気分で廊下を移動。小娘の思惑通りにいかなせなかった事が自分の中で密かに優越感に浸れる出来事になっていた。
「あれ? 誰もいないじゃん」
リビングへとやって来るが家族の姿が見当たらず。どうやら全員外出してしまったらしい。
1人我慢大会を開いていた事に落胆しながらキッチンに寄って水分補給。停電のせいで飲み物が温くなっていた。




