3 条件と宣戦布告ー2
「ダメですか? もしかして何か用事ありましたか?」
「用事……あったような無かったような」
「別に今度の休みじゃなくても良いですよ。夏休み明けでも構わないですし」
「えっへへ…」
答えは既に出ているから考える必要はない。問題はそれを伝える方法。彼女が納得してくれて、尚且つ怪しまれない返事の仕方をしなければならなかった。
「ただ夏休みの方がお互いの予定は組みやすいですよね。学校が始まってしまえば土日祝日以外は難しくなってしまいますから」
「そ、そうね」
「私達2人が同時にバイト休めるかも分からないしなぁ。やっぱり行くなら二学期前が理想的かも」
「もうすぐ終わりかぁ……夏休み」
意識を逸らすように頭上を見上げる。澄み切った空気が星を綺麗に瞬かせている空間を。
「……ん」
こういう場合、華恋ならどうやって断るだろうか。バイト先の同僚に誘われて、しかも相手は異性。その場で拒否しなくてはならない状況に立たされたとしたら。
『私、好きな人がいるからアナタとは遊びに行けません』
なんとなくそう言いそうな気がした。目論見も打算もない意見をストレートに。
「あ、あのさ…」
「はい?」
「実は内緒にしてたんだけど、好きな人がいるんだよね」
「え?」
感情に素直な部分は見習うべきなのかもしれない。不器用でワガママで身勝手だけど、決して好きになった相手を裏切るような真似だけはしないから。
「……な、何ですか。いきなり」
「いや、だから好きな人がいて2人っきりで遊びに行く事は出来ないっていうか…」
「好きな人…」
冷静さを意識した口調で言葉を紡いでいく。馬脚を現さないように気を付けて。
「それは……初耳でした」
「だよね。誰かに話したの初めてだし」
「急ですね。今までそんな素振り見せなかったのに」
「まぁ、うん。恥ずかしいから誰にも言えなかったんだよ」
「最近の話ですよね? 学校の方ですか?」
「え? か、かな?」
「だったら私の知らない人ですか…」
学校の知り合いというのは嘘ではない。それにこう言っておけば彼女には相手を知る術がなかった。
「なんか騙しちゃったみたいでゴメンね」
「いえ、大丈夫です」
「そういう訳だからタワーには行けないっていうか…」
「仕方ないですね。フラれちゃったって事ですから」
「フラれ…」
謝罪の言葉に対して憂いのある笑みが返ってくる。自虐的な呟きも。
「ちなみに告白的なものはもうしたんですか?」
「え~と……どうだったかな」
「まだしてないんですね。先輩、そういう事に関しては消極的そうだからなぁ」
「あっはは…」
もう済ましてるなんて言えやしない。しかも相手からも了承済みだなんて。
「あの…」
「ん? な、何かな?」
「その人って、やっぱり同い年の方なんですか?」
「だね。同級生だよ」
それから相手の女性に対する問い掛けがいくつか飛んできた。見た目や性格についての疑問が。中でも彼女が特に意識したのが容姿に関する話題だった。
「やっぱり男性ってスタイルが良い女性の方が好みなんですね」
「皆が皆そうとは言い切れないんじゃないかな。中には幼児体系が好みって人もいるだろうし」
「それ危ない気がします。世間一般でいうロリコン…」
「うぐっ!?」
胸に何かが突き刺さる。鋭くて鈍い何かが。
「どんな相手を好きになるかはその人の自由だと思いますが、小さな子供に手を出す奴だけは絶対に許せません」
「こ、子供って見た目が幼くても中身は大人だったりするよね。意外と」
「そうですか? 私は子供は中身も子供だと思いますけど」
「たまにいるじゃん。大人と変わらない化粧してる小学生や中学生が」
「……化粧ほとんどしない女子高生ならここにいますけども」
「ゴ、ゴメンナサイ…」
会話がよく分からない方へと転がっていった。いつも通りのコントみたいなやり取りへと。
アイスを食べ終えるとゴミをまとめて捨てる。2人で駅まで歩き始めた。
「ちょっぴり残念です。ずっと楽しみにしてましたから」
「ゴメンね。元々はこっちから声をかけたのに」
「いえ。過ぎた話を蒸し返したのは私の方ですし」
「いつかさ、素敵な男性が現れたら誘ってみると良いよ。一緒に展望台に行きませんかって」
「……そんな事しません。私はこの人と行きたかったんですから」
「だ、だからそれは無理でして…」
「はぁ…」
隣からシャツを引っ張られる。逃がさない意志を示すかのように。
「先輩にこんな愚痴ぶつけるのもおかしいですけど今これでも結構落ち込んでるんですよ」
「それは見たら分かります…」
「慰めようとあれこれ画策してくれるのはありがたいんですが、もし本当に私の事を思ってくれるならソッとしておいてください」
「ラ、ラジャー」
余計な励ましは却って傷付いてしまうらしい。その理屈は痛い程に理解出来た。
「じゃあ、また」
「……さようなら」
駅へとやって来た後はロータリーで解散する。けれど別れた相方はサドルに跨がらないままトボトボと歩いていた。
「大丈夫かな…」
小さな背中からは覇気がまるで感じらない。不審者に追いかけられたらあっさりと捕まってしまうだろう。
とはいえ自分には出来る事もなく。自宅まで見送りたい衝動を抑えて電車へと乗り込んだ。
「ただいまぁ…」
「ん?」
帰宅するとバッタリ遭遇する。トイレから出てきた華恋と。
「……ふんっ!」
しかし挨拶に対する返事は無し。彼女はドアを思い切り閉めたかと思えば口をへの字に変えて立ち去ってしまった。
「まだ怒ってるのか…」
どうやら機嫌を取り戻してくれていないらしい。話をする事さえ許してくれない。
「はぁ…」
甘えてくる時は声も仕草も可愛いのに。不機嫌な時は生意気な子供ぐらい憎たらしい。いっそ今度は自分の方が家出してやろうか。そんな妄想を繰り広げながら、この日はインスタントラーメンで空腹を凌いだ。




