3 条件と宣戦布告ー1
「……いちちち」
バイト中の暇な時間帯。ヒリヒリする肌を左手で擦る。赤く腫れ上がった頬には絆創膏が貼られていた。
昨夜は華恋に暴力を振るわれすぎて散々な目に。香織や母さん達には笑われ、風呂に入ったら痛みに悲鳴をあげ、夜は恐怖とダメージで眠れなかった。
「どうしたんですか。神妙な顔をして?」
「いや、その……色々あって」
「もしかしてまた妹さんに暴力を振るわれたとか?」
「な、何で分かったの!?」
立ち尽くしていると片付けを済ませた同僚が話しかけてくる。面倒くさがり屋ではなく要領が良い方の後輩が。
「はぁ……やっぱり」
「君の中でいつの間にかうちの妹は狂暴キャラが定着していたのね」
「そりゃそうですよ。あんな豪快な性格の人、私の周りにいませんから」
「この前も腕相撲やったら負けちゃってさぁ。強い強い」
「あ、なら今度私とも勝負してみますか?」
「ん? 別に構わないけど」
「じゃあ負けた方が1枚ずつ脱いでいくというルールで良いですかね」
「……どういう対決なの?」
華恋とは昨夜から口を利いていない。不機嫌になりすぎて話しかけてもスルー対応の連続。会話も成り立たないから弁解の余地もない。つまり彼女の中で自分はまだ幼女に手を出した犯罪者のままだった。
「しっかしそんな酷い顔で接客したらお客さんに驚かれちゃいますよ?」
「あ~あ。せっかくのイケメンが台無しですわ、まったく」
「え? え!?」
「ちょっ……どうしてそんな大袈裟な反応するのさ」
「すいません。まさか先輩の口から面白くも何ともない冗談が出るとは思わなかったので」
「凄まじく泣きたくなってきたよ…」
本来なら怪我を理由に休んでいた所。けれど家にいたら華恋と共に過ごさなくてはならない。それならまだ働いていた方が幾分かマシだった。
店長には階段から落ちたというベタな言い訳を使用。ケンカを疑われたがとりあえずは信じてもらった。
「お疲れ様です。先輩」
「ん、お疲れ様」
労働後は2人で近くのコンビニに寄ってアイスを食べる。1日を頑張ったご褒美として。
「本当に大丈夫ですか? ちゃんと消毒しましたか?」
「平気平気。ヒリヒリするけど血は出てないし。それにいつもの事だから」
「怪我に慣れるのも考え物ですよ。暴力に耐えられるという事は、裏を返せば何も言い返せない人間になってるという証明ですから」
「確かに…」
忠告通りこんな境遇に耐性を持つのは良くない。とはいえ逆らう度胸を持ち合わせていなかった。
「でもどうしてそんな事態になったんです? よっぽど恨みを買う事をしないと、そこまで暴力振るわれないと思うんですけど」
「うっ、それは…」
「約束を破ってしまったとか。それか妹さんの大切にしている物を壊してしたとか」
「どっちも違うよ。まぁ、いろいろとありまして」
「気になるなぁ。知りたいなぁ。教えてほしいなぁ」
「ははは…」
小柄な体が下からチラチラと顔を覗き込んでくる。パック状のアイスに吸いつきながら。
「どうしても教えてはくれないんですか? 説明が長くなっても構わないんですけど」
「そんなに入り組んだ話ではないよ。ただ暴露するには私情に踏み込みすぎているというか」
「私には言えない内容って事ですか?」
「そ、そうそう。そんな感じ」
「なるほど。では直接妹さんに聞いてみますね」
「えぇ…」
さすがにそれは冗談だろう。2人の確執がまだ取り除かれていない事は知っていた。
「あのぉ、話変わるんですけど良いですか?」
「ん?」
「前に言ってた2人でタワーに行こうって約束、まだ有効ですかね?」
「え、え~と…」
「時効前なら今度の休みの日に行きたいんですけど」
「……マジですか」
唐突に外出の誘いを持ちかけられる。忘れかけていた提案を。




