1 白昼夢と自己顕示欲ー3
「うぇぇ、眠たい…」
翌朝、口に手を当てて大きな欠伸を出す。瞼を何度も擦りながら。
「楽しみだわぁ。公共の場で堂々とコスプレ出来るなんて素晴らしいわね」
「今年も荷物たくさんあるね。ロッカーに預けるの?」
「そうよ~。悪いけどまた財布やケータイ持っててくれない?」
「へいへい」
キャリーバッグを引いている相方の隣をのんびりと歩行。朝は関節技をかけて起こされたので体中の節々が痛かった。
「香織には声かけないの? 連れて行ったら喜ぶと思うんだけど」
「う~ん、一緒に行きたい気もするけど…」
「けど?」
「雅人と2人で行きたかったから」
「……あ、そう」
あえて声をかけなかったらしい。せっかく共有出来る趣味なんだからもったいない気もした。
「もしかしたら向こうの会場で鉢合わせしたりして」
「うっ…」
「颯太も来るかな。去年みたいに出くわすかもしれないね」
「ね、ねぇ。何とかなんない? アイツどうにかして会場に来ないように操作出来ないの?」
「はぁ?」
隣から服の袖をグイグイと引っ張られる。意味不明な頼み事と共に。
「操作ってどうやってさ?」
「だからメールか電話でどこか別の場所に誘導とか…」
「会場に来ないでくれって? 不自然すぎるよ」
「……それもそうか」
どこか別の場所に呼び出せば会場へ来ないようにする事は可能だ。しかし自分は行けないから待ちぼうけさせてしまうだけになる。
そもそも彼はそこまで嫌がらせされるほど悪い行いはしていない。会いたくないなら遭遇しないように祈るしかないだろう。
「人、多いなぁ…」
電車に乗って去年と同じ会場へとやって来る。1年前の記憶を辿るように並んで歩いた。
「じゃあ着替えて来るからここで待ってて」
「うい~」
「可愛い女の子を見かけても付いていったらダメだよ。分かった?」
「はいはい」
「あと私と離れ離れになるのが淋しいからって中に入ってきたらダメだからね? そんな事したら警備員の人に捕まっちゃう」
「……分かったから早く着替えてきなよ」
留守番をさせられる子供みたいな注意を受ける。更衣室の中に消えていく彼女を手を振って見送り。
「はぁ…」
去年同様、様々な衣装に身を包んだ人達をそこら中を歩いていた。しかし直視は出来ない。
見られる為にコスプレをしているのに注目してはいけない気持ちになってしまう。よく分からない罪悪感が湧き出していた。
「お待たせ~」
「ちょ……それ何、それ!」
「え? どしたの?」
そして15分ほど待たされた後、全身黒の衣装に身を包んだ華恋が姿を現す。ただし予想を遥かに上回る露出仕様で。
「胸、足っ!」
「ん?」
「さらけ出しすぎ!」
「あはは、やっぱりそう思う?」
大きく開いた胸元とパンツが見えそうなレベルの超ミニスカ衣装。激しく叱責したがあっけらかんとした態度だけが返ってきた。
「マズいよ、その格好は。イメクラじゃないか!」
「違うってば、ちゃんとしたコスプレ衣装だもん。ゲームの」
「大差ないって。露出しすぎだよ」
「カメラ持ってる男の子に撮影とかされちゃうのかなぁ。恥ずかしいなぁ」
「……それ嫌すぎるんですが」
自分の恋人が他の男に性的な目で見られるなんて我慢が出来ない。例え純粋な意志で撮影を頼んで来たとしてもジェラシーを感じるに決まっている。
「いやぁ、参ったなぁ」
「くっ…」
そんな気持ちを知ってか知らずか目の前には反省の色が見えない笑顔が存在。まるで嫉妬してほしくて意図的に行動しているような表情だった。
「じゃあ、これ。今年もお願い」
「へいへい…」
差し出されたポーチを受け取る。不満を抱きながらも会場内へと移動した。
周りには派手な色合いの服を着た人が数多くいる。普通なら彼らの方に視線を移してしまう所だろう。だが自分の意識は隣を歩いている淫乱女の方に奪われていた。
「フ~ンフフ~ン、フ~ン」
本人は呑気に鼻歌を歌っている。聞き覚えのあるような無いような何かのテーマを。
「ねぇねぇ、これどう? 似合う?」
「ん? 可愛いんじゃない」
「へっへ~。誉められちゃった」
「あのさ、もう少しどうにかならなかったの? 地味じゃなくても良いから露出を控えめにした衣装とか」
「何々、もしかして不安になっちゃったの? 雅人は心配性だなぁ」
「だって普通は文句の一つもつけたくなるって。こんな格好を見せられたら」
彼女がニヤついた顔で下から覗き込んできた。やはりからかっているらしい。コスプレを楽しむ為にここまで足を運んだハズなのに趣旨が変わっていた。




