1 白昼夢と自己顕示欲ー1
目の前に長い廊下が飛び込んでくる。白い壁に白い床、同一色のシンプルな世界が。
そしてその先には1つの扉が存在。この奇妙な空間に存在する唯一の出口だった。
「……んっ」
緊張感が止まらない。つい固唾を呑んでしまう程に。
覚悟を決めた後は扉の前へとやって来る。そのままノブを捻って奥へと進んだ。
「もうすぐだね…」
中に入ると声をかける。部屋にいるただ1人の人間に向かって。
彼女は鏡台の前にある椅子に静かに着席。まるで鏡の中にいる自分自身に何かを問いかけるように佇んでいた。
顔を見たいがレース状の布で覆われていて出来ない。この位置から分かるのは純白なドレスで着飾った後ろ姿だけ。
「ふぅ…」
狭い室内は廊下同様に無色透明に近い世界。窓の外には綺麗な瑠璃色の海が見える。さざ波を立てている穏やかな風も吹いていた。
「綺麗だよ…」
ヴェール捲ると素直な感想を口にする。照れくさくなるような最上級の誉め言葉を。
端正な顔、ハッキリとした目や口。いつもの印象と違うその面立ち。今までに見てきたどの彼女よりも目の前にいる女性は素敵で美しかった。
しかしその表情の中には喜び以外の感情も存在。悲しさや憂いを含んだ涙が。
「ん…」
今日という日を迎えるまでに様々な困難にぶち当たってきた。友人や後輩との決裂、家庭内崩壊を。思い返せば逃げ出したくなるぐらいの辛い出来事ばかり。
けれど今は違う。ずっと待ち望んでいた幸せをようやく手にする事が出来たのだから。
「行こう」
「……うん」
彼女がいてくれればそれで良い。他には何も望まない。例えその報いに不幸を背負う事になろうとも。
ウェディンググローブ越しに手を握ると部屋の外へ出る。これまでの自分達と決別するように並んで歩き出した。
「うわあぁああぁぁぁっ!!」
悲鳴を上げながら目を覚ます。勢い良く起こした上半身と共に。発したけたたましい声に自分で驚いてしまった。
「……あ」
額から流れる汗を拭いながら辺りを見回す。見慣れたカレンダーにタンス、学習机を。そこで初めて夢なんだと気付いた。先程まで体感していた出来事が現実ではないのだと。
「朝っぱらからなんて物を見せるんだ…」
出口の無い迷路をさまよっていたような気分。自然と動いていた手がリアルの感触を確かめるように頬をなぞっていた。
いくら夢だとしても許せる物とそうでない物がある。今朝のはどう考えても後者でしかない。
何ゆえこんな深刻な内容のビジョンを見せられなければならないのか。その原因は隣に目を移した瞬間に判明した。
「……いつの間に」
すぐ横でスヤスヤと寝息を立てている人物がいる。長くてボサボサな髪が顔にまとわりついている女性が。何故か一階にいるハズの華恋が気持ち良さそうに眠っていた。
「む、にゃあ……へへっ」
口元を綻ばせて笑い出す。きっと幸せな夢の世界を堪能しているのだろう。
「はぁ…」
昨夜、彼女と一緒に寝た記憶はない。夜中に寝ぼけてこの部屋までやって来たか、オネショをしたから避難して来たか。
華恋の思考を考えればすぐに答えは分かった。ワザとに決まっている。淋しがり屋で甘えん坊な性格に呆れつつも嫌な気分にはならなかった。
「夢……か」
今までにも何度か不思議な世界を見た覚えがある。公園で母親と遊んでいる記憶や、行った事のない街の海岸沿いを歩いている夢を。そしてその中ではいつも隣に華恋がいた。人生の半分以上を別々に過ごしてきた家族が。
「よっと」
体を動かして壁に近付く。ベッドの上に身を預けたままカーテンをスライドさせた。
「綺麗だなぁ…」
窓から射し込む日差しが眩しい。その奥には汚れ1つ無い白い壁が存在。先月建ったばかりの一軒家だった。
「ふぁ~あ、眠…」
朝方だというのに日が昇るのが早い。季節はまだまだ夏だった。




