21 おかえりと始まりー4
「あ、次の駅で降りるよ」
電車とバスに揺られながら目的地を目指す。去年、香織と遊びに来てケンカした場所を。
「んーーっ、良い天気だぁ……ってか暑っ!!」
しばらくすると人で賑わう施設に到着。バスから一歩降りた瞬間に智沙がノリツッコミともとれる台詞を叫んだ。
「元気だなぁ…」
元々この計画は失恋して落ち込んでいた彼女を励ます為のもの。けれど本人はその素振りを全く見せていない。完全に吹っ切れたのかもしれない。
おおざっぱな性格に似合わない一世一代の告白は自分達だけの秘密。恋をしていた事も見事に玉砕した事も全部ひっくるめて胸の中に仕舞っておこう。そう1人で勝手に心の中で誓っていた。
「……あ、どうも」
「小さくて可愛いですね。触っても良いですか?」
「え? いや、あの……はぁ」
香織と優奈ちゃんが並んでお喋りをしている。同い年同士の組み合わせコンビが。
この2人は今日が初対面。だがそこには大きな隔たりが無い。お互いに頭を撫でまくっていた。
「なぁ、雅人。あの小さい子誰だよ?」
「バイト先の後輩だよ。昨日、言わなかったっけ?」
ペットボトルに口をつけていると颯太が隣に近付いて来る。周りに聞こえないように耳打ちしながら。
「あの子がそうなのか。最初、小学生かと思っちゃったぜ」
「それ本人の前で言わないでね。結構気にしてるみたいだし」
「了解。大きくなったら美人になりそうなタイプだな」
「……頼むから変な真似はしないでおくれよ」
頭の中である光景を思い浮かべた。友人が光源氏計画を実行している姿を。
とはいえ彼女は既に高校2年生。これから体が成長する確率はほぼゼロに近い。大人の女性への階段を既に上り終えてしまった状態だった。
「先輩、先輩」
「ん?」
「今日、男女比率悪くないすか?」
「あ~、そういえばそうだね」
「先輩がイケメンを連れて来てくれると思って楽しみにやって来たのに。うちのワクトキ返してくださいよ!」
「君は合コン感覚で参加したのかい?」
颯太と入れ違いに紫緒さんが話しかけてくる。露骨な仏頂面を浮かべながら。
「仕方ないなぁ。先輩で我慢しておきますか」
「嬉しくない妥協やめてくれよ。僕じゃなくても颯太がいるじゃないか」
「モッサリ先輩は友達としてなら良いんですけど、男としての魅力が壊滅的に無いので」
「……電車の中であんなに楽しそうにお喋りしていたというのに」
「あ、チョコバー食べます? うちの食べかけっすけど」
「い、いらないよ。自分で食べなって」
顔の前に差し出されたお菓子を全力で拒否。暑さのせいでドロドロに溶けていた。
「うん…」
心の中で小さく頷く。皆が上手くコミュニケーションをとってくれていたのが嬉しくて。
全員が顔見知りという訳ではないし、年齢や学校もバラバラ。だから少々不安ではあった。
しかしよく考えたら自分以外は人見知りしないタイプばかり。なのでそこまで心配する必要は無かったのかもしれない。親しげに会話している友人達を見ながらそう確信していた。
「人が多いからね、はぐれないように皆気をつけてよ」
「は~い」
智沙が先頭に立って皆を仕切っている。引率の先生のように。
「あっつ…」
夏休みだからか園内には数多くの来場者が存在。先日の夏祭りを彷彿とさせる混雑具合だった。
ただその弊害を堪えてでも来る価値がこの場所にはある。それはあちこちに設置された施設ではなく、ここでしか作れない思い出の数々。
周りを見れば皆が猛暑を吹き飛ばしてしまそうな笑顔だった。約1名を除いては。
「さっきから怒ってる感じがするんだけど気のせい?」
「……べっつにぃ~」
隣を歩く人物に声をかける。不機嫌感満載の妹に。その理由は何となく察知。初めてのテーマパークなのにデートとして来られなかった事に彼女は苛立っていた。
「あんまり変な顔するのやめようよ。せっかくの外出なのに楽しめなくなっちゃう」
「それは分かってるんだけどさぁ…」
「口を尖らせてアヒルみたいだ。いや、どちらかというとタコかな」
「おうおう。あんまり変な発言すっと、この尖った口でチューすんぞ」
「こ、この場所では勘弁…」
手を振りながら後退する。人にぶつかないように気を付けて。
「はぁ~あ、どうせなら2人で来たかったなぁ」
「たまには良いじゃん。こうやって大人数で遊びに行くのも」
「そうだけどさぁ。せっかく付き合い始めたのに何か…」
「不満?」
「……うん」
問い掛けに対して彼女の表情が変化。ハムスターのように頬を膨らませた。
「ねぇ。私達って本当に付き合ってんの?」
「ん? 形式上はそういう事になってるんじゃない。一応、告白はした訳だし」
「それにしちゃあ扱い酷くない? 彼女より他の友達を優先するなんて」
「いやいや、優先はしてないじゃないか。こうして華恋も誘ってるんだし」
「でも私が一番って訳じゃないでしょ? 智沙やバカ男と横一線扱いじゃない」
「あの……もしや常に自分が特別扱いされてないと気が済まないタイプ?」
「当たり前じゃん。いつだって雅人の一番でいないと納得しないよ、私は」
「それちょっと怖いんですが…」
相変わらず面倒くさい理屈で生きている。融通の利かないワガママな性格で。
「はぁ…」
今の自分には華恋以上に優先する物はこの世に存在していない。だがその気持ちを口でも行動でも伝えていないから不満なのだろう。彼女はしっかりとした確信が欲しいのだ。自分が愛されているという証が。
「華恋」
「……何よ」
思えば随分と遠回りしてしまった気がする。出逢ってから1年以上。その間に告白して、別れて、再会して、そしてまた告白して。
歪な関係だった。そしてそれはこれからも変わらない。生まれ変わりでもしない限り永遠に。
その運命を恨んだりもした。けど今は感謝している。もし別々の場所に誕生していたのなら、きっと自分達は巡り会っていなかったのだから。
「ん…」
「……っ!?」
覗き見るように華恋の口元に顔を近付ける。そのまま潤んでいる唇に向かって優しく触れた。
「え、え……なに急に!」
「ごめん。こうでもしないと納得してくれない気がして」
「ビックリしたじゃない! 不意打ちすぎ!」
「悪かった悪かった。謝るから怒らないでくれ」
予想に反して慌てふためくリアクションが返ってくる。頬を真っ赤に染める反応が。
「とりあえず納得してくれた? 華恋の事が一番大事だって」
「ま、まぁ……うん。好きでいてくれてるんだなぁっていうのは伝わった」
「なら良かった」
心の中には照れ臭さが充満。ついでに清々しい達成感も。
「良い思い出が出来たかな。雅人とのファーストキス…」
「え? 華恋からしてきた事は何度かあるから初めてではないよね?」
「うぅん、初めてだよ。今までのは全部練習だから」
「……凄い自分勝手な理屈」
「えへへ…」
彼女が人差し指を口元に移動。今のやり取りを想起するように何度も触れていた。
「んっ…」
これから先の人生を考えると怖くなる。家族だけではなく目の前を歩いている大切な人達との繋がりが途切れてしまうのではないかと。
それでも今この時だけは楽しもうと決めていた。現実逃避ではなく未来に進む為の決断として。
「雅人」
「なに?」
「大好きだよ」
「……ありがと」
「しししし…」
考え事をしていると目の前に手を差し出される。心の底から笑っている笑顔と共に。
「うん…」
二度と離したくはない。この胸に抱いた感情も温もりも。
空を見上げれば青々しい世界が存在。夏の成長を実感しながら大好きな人の手を握り締めた。




