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21 おかえりと始まりー2

「……どうしてまた顔を合わせちゃうかなぁ。もう二度と会わないみたいな事を言ったのに」


 バイトの暇な時間、隣に立っている同僚に声をかける。背の低い女の子に。


「そんなの私に聞かれても。先輩が勝手にそう解釈しただけじゃないですか」


「もしかしてこの数日間、ほぼ毎日働いてらっしゃったんですか?」


「えぇ、そうですよ。何でもバイト学生が急に連休をとってしまったとかで」


「す、すいません…」


 続けて頭の位置を下に移動。申し訳ない気持ちを精一杯に込めて謝った。


「はぁ…」


 店長からは予想通り愚痴文句のような説教を受けた。ただしクビという事態は回避。それは恩赦ではなく新しく入ってきてくれた新人の子のおかげだった。


「む…」


 どうやら紫緒さんに誘われてまたこの店で働く事になったらしい。優奈ちゃんが復帰してくれたので自分のいない間もお店は通常通りに回っていた。


「あの、やっぱり迷惑でした?」


「ふぇ? 何が?」


「だから私がまたこのお店で働く事になった事…」


「いや、そんな事はないんじゃないですかね…」


 萎縮していると今度は彼女の方が俯いてしまう。申し訳なさそうに。


「……先輩が辞めろっていうならそうします。私の顔なんか見たくないっていうなら」


「いやいや、そんな事は絶対に言わないから! 人手も足りないんだし残っておくれよ」


「じゃあ人手が足りてきたら頃合いを見計らって辞めますね」


「そ、それもちょっと…」


 やはり負い目を感じているらしい。彼女の口からはワザとであろう意地悪な発言が飛び出した。


 とはいえここで強気な態度を出して機嫌を損ねられても困る。必死な弁明を繰り返して何とか軌道修正を図った。


「……分かりました。先輩がそこまで言うのなら続けます」


「それは良かった」


「ただ正直な気持ちを言わせてもらえば後悔はしています」


「またこの店で働き始めた事?」


「はい。先輩にはもう会えないって言われたし、一度辞めてしまってるから格好悪いし」


「そんなの気にしなくて良いって。店長も優奈ちゃんが戻って来てくれた事を喜んでたぐらいだからさ」


 恐らく全てのパート、バイト従業員を含めた中で一番有能なのは瑞穂さんか彼女だろう。店長が諸手を挙げて再採用した決断にも納得出来た。


「ありがとうございます。でも先輩と顔を合わせるのだけはちょっと」


「そ、そんなに見たくないですか……この顔が」


「はい、とっても」


「えぇ…」


 本気で言ってるのか冗談なのかは分からない。ただ気まずい空気が漂っている事だけは理解出来た。


「前にさ、大切な人がいるからもう会えないって言ったの覚えてる?」


「はい?」


「あれ、妹の事なんだよね」


「妹…」


 仕方ないのでここ数日に起きた出来事を打ち明ける。華恋の家出から始まった一連のエピソードを。告白や交際の件に関しては伏せて説明。言い訳を繰り広げるように会話を進めた。


「……というわけで、ここ数日はバイトを休んでいました」


「そうだったんですか。私はてっきり好きな女の子を追いかけてたんだとばかり」


「いや、え~と…」


 好きな女の子を捜しに行ったのは事実。けれどそれを口にする訳にはいかない。


「妹さんを捜しにわざわざバイトを休むなんてよっぽどの心配性なんですね。先輩は」


「そ、そうなのよ。メンタル弱くて」


「なら私がこれから先輩と会っても何も問題はないんですね。良かった」


「いや、それは…」


 問題ない事はない。むしろ大問題だった。


 別の女性と密会してる現場を華恋に目撃されたら半殺しにされてしまうだろう。そして再び家出をして破局。気を遣って下した決断が余計に状況を悪化させてしまっていた。


「あの、聞いてほしい話があるんだけど!」


「はい? 何ですか?」


「実は僕、超が付くぐらいのシスコンなんだよね!」


「は、はぁ?」


「ずっと隠してたんだけど妹の事が大好きで大好きで、もう力いっぱい抱き締めてやりたいぐらいに愛してるんだよ」


「え、え…」


「今回の家出の件で気付いたんだ。もう妹以外の女の子を可愛がる事は出来ないって。だからゴメン! 2人っきりでプール行く話は無かった事に」


 咄嗟に思い付いた理屈を振りかざす。大袈裟な動作も付け加えながら。


 華恋との関係をバラす訳にはいかない。かといって目の前にいる後輩と遊びに行く訳にもいかない。それならば妹大好きのシスコン変態兄貴でいる方がマシだった。


「……それ何の冗談ですか」


「冗談じゃないんだよ。マジエピソード」


「だ、だって前はそんな素振り見せてなかったじゃないですか。いつも引っ付いてきて鬱陶しいとか言ってたし」


「うぐっ…」


「確かに仲が良いなぁとは思ってましたけど、だからってそんな…」


 しかし話の流れは期待とは違う方向へと向いてしまう。面倒な事情聴取へと。


「や、やっぱり信じられないですか?」


「当たり前です。先輩はそういう人間じゃないと思ってたのに。私と遊びに行くのが嫌だから嘘をついてるとしか思えない…」


「ち、違うってば! 別にそういうつもりじゃ…」


「なら私とどこか遊びに行ってくれても良いじゃないですか。どうして拒むんですか」


「それはその…」


 思考回路の混乱がますます進行。シスコン説は否定されるし、デートの件は諦めてくれないし。かといってここで素直に要望に応じる訳にもいかなかった。


「……分かりました。では一緒にどこかに出掛けましょう」


「本当ですか!?」


「今度の休みの日で良いかな? 詳しい場所や時間については後日連絡するって事で」


「はい。楽しみにしていますね」


「えへへ…」


 必死で考え出した作戦を口にする。ボロが出ないように気を付けながら。


 ようは2人きりの状況を作らなければ良かった。華恋以外の女の子と密接になる展開を。

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