20 再会と再開ー8
「お前、昨日の奴だろ!」
「は? どしたの、いきなり」
「こいつ、コンビニでケンジといる時に喧嘩売ってきたんだよ。絶対そうだ!」
金髪男が興奮する。そのリアクションで予想が合っていると確信した。
「喧嘩? そんな風に見えないじゃん、そいつ」
「あと1人いたんだよ。3人でチャリ倒してきたりしたんだって」
「ふ~ん、ムカつくじゃん」
「うっ…」
状況は芳しくない。むしろ最悪といっても言いレベル。
「テメェ、昨日はよくもやってくれたな」
「いや、あの…」
「殴っちゃえ。グーパン、グーパン」
戸惑っていると男が歩み寄って来る。女からの無責任なヤジ付きで。
「くそっ…」
やはり走って逃げ出すしかないのだろうか。けれど隣を見て逃走作戦が不可能な事に気付いた。
「ね、ねぇ……この人達なんなの?」
状況を把握していない華恋が怯えている。その姿は運動に不向きな格好。更には前日のトラブルとも関係が無い。運悪く紫緒さんと勘違いされていた。
「……華恋」
「え?」
小さな声で名前を呼ぶ。カップルには聞こえない声量で。
幸いな事に昨日と違い男は1人しかいない。別れて逃げればどちらかは確実に助かるだろう。
だがそんな事をすれば華恋が捕まってしまう可能性が高い。自分だけが助かり彼女が乱暴される状況なんか死んでもごめんだった。
「後ろに向かって走って。そこから広い道に出られるみたいだし」
「え? でも…」
「大丈夫。逃げる時間ぐらい何とか稼いでみせるから」
漫画やアニメで何度も耳にした事がある台詞を吐く。背後を指差しながら。
「ダ、ダメだよそんなの。雅人を置いていくなんて」
「平気だって。すぐに逃げ出すから」
「無理だってば。そんなの出来ないよぉ…」
しかし提案を拒むように彼女が接近。シャツを力強く握り締めてきた。
口では強がっているものの本当は怖い。足が竦んで動けないし、声だって震えている。
殴られる事への恐怖症は増幅するばかり。颯太や紫緒さんがいてくれたらと、そんな事ばかり考えていた。
「祭り会場に戻れば人がたくさんいるじゃん」
「……雅人」
「だからお願い」
彼女が助けを呼べば騒ぎを聞きつけてきた人達が助けに来てくれる。それまで耐えれば良い。
「おいおい、テメェらさっきから何ゴチャゴチャ喋ってんだ!」
作戦会議を開いている間にも金髪男は接近。ハッキリと顔のパーツが認識出来る位置まで近付いていた。
今さら謝ったところで事態は収集なんかしないだろう。意味があるとは思えないが睨み付けて威圧。敵意剥き出しなのはこちらも同じだった。
「頼むよ、華恋…」
祈りを込めるように呟く。やってる事は格好いいが、この後に殴られる事を想像したら情けなかった。
「いってっ!?」
「クソガキが粋がってんじゃねぇぞ。こんな場所に女連れ込んで」
「雅人っ!?」
説得している最中に金髪男の攻撃が顔に命中する。鼻に軽く拳を当てられただけ。それなのに悶絶するほど痛かった。
「だ、大丈夫!?」
「あぐぅ…」
華恋が心配して下から顔を覗き込んでくる。助けを呼んできてほしいと伝えたばかりなのに。けれど彼女が逃げ出さなかった事に安堵している自分がいた。
「今までに殴られた事なんかないだろ、お前」
「……え」
「痛いか? 痛いよな。けど今からもっと痛い思いする事になるからな」
「うわっ!?」
鼻を押さえていると今度は髪の毛を乱暴に掴まれる。前日の行動を再現するように。
「ちょっと離しなさいよ、このバカ!」
「うるせ、ブス! 引っ込んでろ!」
「きゃっ!?」
咄嗟に華恋が間に介入。しかし腕力の差か軽く振り払われてしまった。
「……いったぁ」
「あっ!」
バランスを崩した彼女が地面に尻餅を突く。浴衣が捲れた状態で。
「こんっのっ!」
「いって!?」
カッとなって男の元に突撃。頭突きを喰らわせる為に胴体へとタックルした。
「離せ、クソガキぃ!」
「うっ、ぐっ…」
「コラァッ!!」
頭上から何度も振り下ろされる拳が痛い。泣き出してしまいそうなレベルで。
ただダメージ以上に感じていたのは怒り。大切な家族に暴力を振るってきた行為が許せなかった。
「暑苦しいんだよ、離せボケェ!」
「げっほ!?」
腕に噛み付こうと考えていると下腹部に膝蹴りを入れられる。無理やり引き剥がされ地面へと倒れた。
「つうぅ…」
視界がグルグルと回る。絶叫マシンに乗っているかのように。もはや平衡感覚は崩壊。更には耳鳴りの影響で自身の体勢さえ把握出来なかった。
「何しとんじゃ、ゴルアアァァッ!!」
「え?」
立ち上がろうとしているとどこからか叫び声が響いてくる。助っ人を連想させる力強い声が。
「あたっ!?」
「私の雅人に何しとんじゃああぁぁぁ!!」
「い、いって! いっでっ」
「調子乗っとんのはどっちだっ! お前だろうが、あぁん!?」
頭上を見上げた瞬間に視界に飛び込んできたのは浴衣の袖を振り回している華恋の姿。無謀にも男に襲いかかっていた。
「な、何やってるのさ。早く逃げてっ!」
いくら男勝りな性格だからといっても本物の男に適う訳がない。地力が違いすぎるのだから。
制止の声をあげたが同時にある物を発見。彼女は両手に何かを装備していた。
「……げ、下駄?」
自身の履き物を握り締めている。当然だが裸足の状態で。
「このっ、このおっ!」
「がっ……ってぇ!」
「殺すぞ、クソヤンキーがぁ!」
頭を押さえてうずくまる金髪。そんな男に容赦なく殴りかかる妹。その光景は異質でしかない。どう考えても立場が逆転していた。
「あぁ!?」
「ひいいぃぃぃぃ!」
彼女はついでに連れの女も睨みつける。その鋭い眼光に女性は凄まじい勢いで後退り。
「す、すいませんすいません」
「許すか、ボケェッ!!」
「あがっ!?」
そして痛みに耐えられなかったのか男がとうとう助けを乞う懇願を開始。けれどそれで華恋の攻撃が止まる事は無かった。
「も、もういいって!」
「え?」
「早く、こっち!」
「あ、ちょっ…」
後ろから妹の手を掴む。これ以上やったらどちらが悪人か分からないから。
華奢な腕を強引に引っ張りその場を離脱。後ろには振り返らず一目散で山を下った。
「ハァッ、ハァッ…」
しばらくすると人が溢れた場所に辿り着く。騒がしい空間に。背後を確認してみたが追跡者はいない。どうやら無事に逃げ切れたようだった。
「た、助かった…」
膝に手を突いて何度も深呼吸を繰り返す。喉がカラカラ。乾ききった口の中に水分を流し込みたい気分だった。
「……大丈夫だった?」
「ゼエッ、ゼエッ…」
続けて同じく苦しそうに呼吸をしている相方に声をかける。両手に下駄を装着したまま肩で息をしている華恋に。
まさかあんな大胆な行動に出るなんて。驚きと称賛の感情が心の奥から湧き出していた。
「助かったよ、ありがとう…」
同時に僅かな恐怖感も存在。仕方なかった状況とはいえあの態度の変わりよう。怯えていた女性の気持ちも痛いほど理解出来た。
「うおっと!?」
「うえぇ~ん、怖かったよぉ!」
「……そ、そうですか」
「やだやだやだぁ! もう泣きそう!」
「つまり泣いてはいないのね…」
呼吸を正常に戻した彼女が勢いよく抱き付いてくる。シャツに何度も顔を擦りつけるように。
「んっ…」
この弱々しい言動は本物だろうか。そう疑わずにはいられない程、精神は疑心暗鬼に陥っていた。
「はぁ…」
華恋に助けられた出来事は幸運でしかない。恋人同士になれた事も。
しかし改めて思い返すと疑問が大量発生。自分はとんでもない女を好きになってしまったんだと静かに悟った。




