20 再会と再開ー3
「……ん~」
しかしその問い掛けに対する反応は唸るという行為。否定を強調した動作だった。
「ねぇ、帰るの明日じゃダメ?」
「え? どうして?」
「明日ね、この街でお祭りがあるの。一緒に行きたいなぁと思って」
「お祭り…」
焦っていると彼女が全くの見当違いな意見を持ち出してくる。外出のお誘いを。どうやら夏定番のイベントが開催されるらしい。海上に花火も上がる大掛かりな催しなんだとか。
「ね、良いでしょ? せっかくだから行こうよ」
「う~ん、祭りかぁ…」
嬉しい提案だが1つだけ問題があった。今夜の寝床。
「宿泊先がなぁ…」
「あぁ、ちなみにうちの親戚の家はダメ。狭いし寝る場所ないし」
「まぁホテル泊まれば良いんだけどさ。元からそのつもりだったから」
「ならそれで良いじゃん。どこかで待ち合わせしてお祭り行こ」
「いや、でも花火って夜からなんでしょ? 見て帰ったらかなり遅い時間になっちゃう」
「あ、そっか」
ただでさえ移動に時間がかかるというのに混雑した電車に乗らなくてはならない。しかも在来線では終電までに自宅に辿り着けるかも怪しかった。
「1泊分ならお金あるんだけど」
「さすがに2泊はキツい?」
「うん…」
「ならどうしよう……お祭り行きたいのになぁ」
「ダメ元で頼んでみようかな。丸山くんに」
「ん?」
財政難だがせっかくのお願い事は成就させてあげたい。こんなチャンスはめったに無いのだから。
友人に連絡して事情を説明すると話が流暢に進行。今日と明日の2日間、実家に泊めてくれる事になった。
「やった、ラッキー」
「誰に連絡したの?」
「丸山くん。ほら、うちのクラスのさ」
「あぁ、はいはい。あの眼鏡の子ね。この辺に住んでるの?」
「うん。実家がこの街にあるんだよ。昨日も華恋を捜し回るのにいろいろ協力してくれたんだよね」
「へぇ」
運良く寝場所の確保に成功する。家族の人達に反対されるかもという不安要素は残っているが。ついでに一足先に帰ってしまった颯太達にも華恋が見つかった事を報告。地元にいる香織や智沙にもメッセージを送っておいた。
「お祭りかぁ。楽しみだなぁ」
「私とデート出来るから?」
「……そだね。旅行を台無しにしちゃった償いも含めてのデートかな」
「ししし…」
夕陽をバックに笑い合う。先程までの真面目な雰囲気を吹き飛ばすかのように。
「ねぇ、雅人」
「ん?」
「アンタにね、見せたい物があるんだ」
「見せたい物…」
「物っていうか、場所っていうか。とにかく付いて来てよ」
「ちょっ……待って待って」
会話中に華恋が体の向きを変更。道路に向かって歩き出したので慌てて後を追いかけた。
「どこに行くんだろう…」
もしかしたらお世話になっている親戚の家に連れて行くつもりなのかもしれない。紹介を兼ねた挨拶とか。
心の中でその光景をイメージして緊張する。激しい人見知りが発動していた。
「そういえば昨日から私を捜してたって言ってたけど、いつこの街に来てたの?」
「昨日だよ。昨夜はホテルに泊まったんだ」
「雅人1人で?」
「いや、颯太も一緒に。あと紫緒さんも」
「あぁ、あのお馬鹿コンビか」
「お馬鹿…」
傾斜が緩やかな坂道を上って行く。案内人を先頭に前後に並んで。
「3人でホテル泊まったの? 随分と楽しそうな真似してたんじゃない」
「ちょっとした修学旅行みたいでワクワクしたかな。ベッドに寝そべってお喋りとか」
「私のいない所で楽しんでくれちゃって……羨ましい」
「誰かさんが黙って家出なんかするからじゃないか。本当なら今頃は旅行に行ってたハズなのに」
「うっさいうっさい、バーーカ!」
会話は思ったより流暢に進行。もしかしたら嫌われているんじゃないかと不安だったので安堵した。
「んむっ、んむっ…」
道中に設置されていた自販機で水分補給する。気が休まった事で鞄の重さが体に堪えた。
「ところでどこに行くの? その場所遠いの?」
「……もう少しで着くから」
歩きながら目的を尋ねるが曖昧な台詞だけが返ってくる。ハッキリしない対応が。
「あれ?」
そうこうしているうちにあるスポットに到着。海を見渡せる墓地へと辿り着いた。
「ね、ねぇ。こんな所に何しに来たのさ」
「ん…」
呼び止める為に話しかけるがスルーされてしまう。再び険悪な仲に戻ったかのように。
「……どうしたの?」
「ここ。雅人を連れて来たかった場所」
「え?」
しばらくすると動かしていた足の動作が停止。その横には汚れ1つ見当たらない綺麗な石があった。お供え物のミカンが並べられた墓石が。
「誰のお墓か分かる?」
「さぁ。故人に知り合いはいないからなぁ」
自分はこの街に丸山くん以外の知人はいない。厳密に言えばこの中に入っていそうな人を知らない。
けれどその考えが出来たのは墓石に書かれた名前を見る前までの話。聞き慣れた名字と華恋のテンションの低さが脳裏に1人の人物を思い浮かばせた。
「……お母さん」
自然と口に出してしまう。自分達2人に共通する今は亡き人物の存在を。
呟いた声に隣に立つ人物は何も答えてはくれない。でも恐らくこの予想は当たっていると理解出来た。ここは18年前、雅人と華恋という2人の人間を生み出してくれた母親の眠っている場所だった。
「ビックリした? 突然こんな所に連れて来たから」
「まぁ、うん。驚いた」
「私もここ来るの久しぶりなんだ。1年ぶり。といってもそれは数日前の話で、昨日も一昨日も来てはいたんだけどさ」
「もしかしてこの街に遊びに来たのって…」
「そっ、墓参りに来たのよ」
「……そうだったんだ」
2人して凝視する。綺麗に彫られた白鷺瞳という名前に。
「もっと早くにアンタもここに連れて来なくちゃいけないなぁとは思ってたんだけどね」
「初めて聞かされたよ。母さんのお墓がある場所」
「内緒にしてたからね。なるべくなら連れて来たくなかったもん」
「どうしてさ?」
「だって雅人をここに連れて来たら嫌でも意識しちゃうじゃん。私達が兄妹なんだって事を」
「……そっか」
「アンタにとっても母親なんだなぁって。私のお母さんは」
「うん…」
心の中で今ここに眠っている人が母親という実感はない。彼女と違って共に生活した記憶がないから。けど理解は出来た。自分を産んでくれたのは間違いなくこの人なんだと。
「やっぱり怒った?」
「何が?」
「だから私がずっとお母さんの存在を黙ってた事よ」
「……どうだろ。別に怒ったりはしないかな」
不思議と嫌な気分にはならない。むしろ淋しさだけが湧き上がってきていた。
「お母さんってミカン好きだったの?」
「いや、特にそういう事は無かったけど」
「ならどうしてここに置かれてるのさ。しかも3つも」
「だってお供え物といえばミカンかなぁと思って。定番じゃん?」
「いい加減な娘だ…」
すぐ側で笑っている母親の顔を想像する。声も仕草も分からないが優しそうに微笑んでいる表情を。
「雅人もお参りしてく? せっかくだし」
「そうだね。そうしよう」
「あ~あ、本当は別々が良かったんだけどなぁ…」
「そんな事言ったって仕方ないじゃないか。文句言わない」
「でも別々に生まれてたら私達は出逢ってなかったのかなぁとか考えちゃったり」
「そうか。そしたら華恋に理不尽な暴力を振るわれる事もなかった訳か」
語る相方の言葉に対して皮肉を投下。その瞬間にゲンコツがスネに飛んで来た。
「あたっ!?」
「一言余計」
「痛いなぁ……暴力禁止令はどこにいったのさ」
「何言ってんのよ。んなもんとっくに解禁したに決まってんでしょうが」
「どうして勝手にルール変更してるんですかねぇ…」
神聖な場所で兄妹喧嘩を繰り広げる。醜い争いを。
「お母さん、助けて。華恋が暴力振るってくる」
「ちょっと! 変な事言わないでよ!」
「このミカン食べて良い? 昼間に歩き回ってたからお腹空いちゃった」
「良いんじゃない? 暑さで腐ってるかもしれないけど」
「……や、やっぱやめとこうかな」
供えられていたオレンジ色の物体に注目。手を伸ばしたがすぐに元に戻した。
「罰当たりな兄貴」
「す、すんません…」
償いをするように屈んで両手を合わせる。地面に片膝を突いて。
「……ん」
届かない場所から見守ってくれているかもしれない。歪な形で繋がっている兄妹を。非現実的だが今だけは死後の世界を信じられた。




