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18 失踪と疾走ー6

「行ってきます」


 翌日になると自宅を出発する。数日分の着替えを詰めたバッグを持参して。


 店長に電話してしばらくバイトの欠勤を申請。捜索に協力してくれた颯太にも1人旅に出る事を告げた。


 丸山くんにも事情を説明すると地元を案内してくれる事に。知らない街を単独でウロつく事に不安があったから不幸中の幸い的展開。


 そしてあと1人、大事な話があると元後輩を呼び出した。海城高校近くの駅へと。


「ゴメンね、朝早くからこんな所に来てもらっちゃって」


「いえ、大丈夫です。私もこっちに用事ありましたから」


 2人して人気のない広場に佇む。夏休みだからか普段学生で賑わっている駅前は不気味なほど静かだった。


「今日も一段と暑いね。気温の記録また更新だってさ」


「ですね。汗ベットリです」


「熱中症で倒れないように気をつけないと」


「それで話って何ですか?」


「え~と…」


 彼女が片手で自転車を支えている。夏らしくワンピースという出で立ちで。


「前にさ、一緒に海かプールに行こうって言ってたでしょ?」


「はい。それが?」


「あれ、行けなくなっちゃった」


「え?」


「自分から言い出しておいて申し訳ないんだけど本当にゴメン!」


 重ね合わせた両手を目の前に移動。戸惑う反応を無視して謝った。


「大切な人がいるっていうか出来たっていうか」


「えと…」


「とりあえずその相手の子を大事にしたいから君とはもう2人っきりで遊んだり出来ない」


「……先輩?」


「身勝手な主張を振りかざしてごめんなさい」


 意識が大きく揺らいでいる。たゆたうロウソクの炎のように。


「あの…」


「は、はい?」


「それはもう二度と先輩と会えなくなるという事でしょうか」


「えっと、どうだろ…」


 朦朧としていると今度は話を黙って聞いていた後輩が言葉を発信。その口調は不気味なぐらいスローペースだった。


「遊びに行く約束がダメになってしまったというのは分かりました。つまりそれは振られてしまったという事ですかね」


「振られた…」


「……私はどうすれば良いでしょうか」


「ゴメンなさい…」


 謝る事しか出来ない。ただ頭を下げ続ける事しか。


「好きな人がいるって事で良いんですよね?」


「ま、まぁ…」


「そしてその人の為に私とはもう会えないと、そういう訳ですか」


「……はい」


 それはまるで別れ話でもしている恋人のようなやり取り。知らない人が聞いたら痴話喧嘩と思われそうな内容だった。


「もし私がその約束を拒んだらどうなりますか」


「え? 会うのやめるのを否定するって事?」


「はい。無理やり先輩に近付いたら」


「う~ん……ひたすら頭を下げ続けるかな。すいませんって」


 彼女の存在は怖くないが周りは恐ろしい。ブラコンの妹とシスコンのお兄さんは。


「やっぱり優しいですね、先輩は。お人好しすぎます」


「そんな事はないと思うけど。むしろ自分勝手な気が」


「普通は追い返すと思いますよ。好きな人がいるのに別の女が迫って来たら」


「それはそうかもしれないけど…」


 どうやら今の言葉は嘘だった様子。駆け引きを含んだ確認作業だった。


「もう良いです。私の事は放っておいて行ってください」


「え?」


「先輩の気持ちは分かりましたから。謝ってもらわなくて結構です」


「は、はぁ…」


「粘ったら迷惑ですもんね。これ以上嫌われるのも御免だし」


「べ、別に嫌いになった訳ではないのだが」


 戸惑っていると状況が大きく変化する。理想的な流れへと。


「はぁ……こんな事ならあんな話、受けるんじゃなかった」


「え? 何の事?」


「今は先輩に関係ないです。いいからさっさと私の前から消えてください」


「うわっ!?」


 続けて邪魔者を追っ払うような蹴りが飛んできた。当たるハズの無い攻撃が。


「早く行ってください。私、この後に大声で泣く予定ですから」


「え、えぇ!?」


「というのは冗談です。さすがにこれぐらいの事では取り乱したりしませんよ」


「いやいや…」


 その言葉が嘘か本当かは分からない。ただ傷付けてしまった点だけは事実だった。


「ほれ、早く」


「じゃ、じゃあね…」


「……さよなら、先輩」


 頭を下げてその場を離脱。申し訳ない気持ちはあったがいつまでも残っている訳にもいかないから。


 去り際に少しだけ後ろに振り向く。小さな体は優しい微笑みと共に手を振ってくれていた。


「ごめん…」


 もうこれで二度とあの子と会う事はない。傷付けてしまった事を謝る事も詫びる事も。それは自分の選択した人生の代償。何かを得る為に何かを失わなくてはならない瞬間だった。




「ふぅ…」


 駅から改札をくぐると電車へと乗り込む。チャージしたICカードを使って。


「雅人っ!」


「ん?」


 そして乗り換えの為に一度ホームへ移動。時刻表を確認していると誰かに名前を呼ばれた。


「え? 君、誰?」


「ふざけんなっ! 俺だよ、俺!」


「颯太じゃないか。それに紫緒さんも」


「ギリギリ間に合ったか。見つかって良かったぜ」


「ど、どうしてここにいるの? しかも2人揃って」


 振り向いた先に珍しい組み合わせの人物達が存在している。昨日も顔を合わせた友人と、バイト中のハズの後輩が。


「華恋さん捜しに行くんだろ? 俺も行くよ」


「えぇ! だって場所遠いよ?」


「構わん。華恋さんに会う為なら例え火の中、水の中!」


「そ、そう…」


 どうやら電車に乗って先回りしていたらしい。優奈ちゃんに別れを告げている間にここまでやって来たのだろう。


「うちも行きますぜ、先輩」


「な、何言ってるの。ていうかどうして颯太と一緒にいるわけ?」


「いえ、この人が勝手にうちの後をついて来たただけです」


「ふざけんな、おいっ!」


 紫緒さんの肩には大きめのショルダーバッグが存在。近所に外出するには多すぎる荷物量だった。


「ていうか君、今日バイトでしょ。どうしてここに来ちゃってるの?」 


「なに言ってんすか! 師匠がいなくなったってのに呑気に働いてる場合じゃないっすよ」


「それにしてもわざわざこんな所まで来てくれるなんて…」


「先輩が休んだらうちの労働量が増えるじゃないっすか!」


「君にはいろんな意味でガッカリだよ…」


 外泊する気満々の状態で足を運んだ様子。彼女にもしばらく欠勤して熱海に行く事を告げていたので。


「来てくれたのは嬉しいけどさ、2人揃って休んだら皆に負担かけちゃう」


「大丈夫です。強力なピンチヒッターに代理を頼んでおきましたから」


「ピンチヒッター?」


「はい。だからお店の方は心配いらないっす」


 その発言は疑わしい。けれど同罪の人間にこれ以上追求する権利はなかった。


「はぁ……仕方ないなぁ」


 ここで2人を追い返す理由は無い。それに人捜しをするなら仲間が多いほど助かるのも事実。


「しかしまさかこんな所まで付いて来るなんて…」


「熱海って観光客がいっぱいいるんだろ?」


「ま、まぁ…」


「なら水着を着た可愛い子達もたくさんいる訳だな、ヌフフ」


「は?」


「上半身裸のイケメンも大勢いるに違いない、ゲヘヘ」


「……やっぱり帰ってくれないかな、君達」


 動機が不純すぎる。呆れるのを通り越して笑ってしまいそうなぐらいに。


 経緯はどうあれ妹捜索に新たな仲間が加わる事に。やって来た電車に3人で乗り込んだ。

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